RANK-15 『 お仕事お願いします 』
「仕事?」
リンカの故郷から帰ってきてから4日が過ぎたお昼のこと、ケイトは町の中央あたりにある食堂で、ゴウの奢りのランチに舌鼓を打ちながら、話を聞いていた。
「ああ、手伝って欲しいんだよ」
「私に?」
「まぁな」
いつもはこんな含みを持たせた態度を一切とらない男の、お茶を濁したような口調を聞いて、持っていたフォークを置く。
「まさか、このランチが報酬とか言う気?」
出会いは最悪だったが、別に悪人というわけでもなく、話せばいつの間にか気の合う友人。
あれからそれなりの付き合いもしてきた、この男が口ごもるのを初めて見たケイトは、妙な勘を働かせる。
「ん、な訳ないだろ? ちゃんと世間一般的な報酬はあるさ。ただ冒険じゃあないから、冒険者ランクのポイントはちょっと少ないかもな……」
「ああ、要人警護とか?」
報酬額は割といいのだが、ポイントが低い仕事として一番に上げられるのが要人警護。
それでも猫探しと比べれば、ケイト達の普段では考えられないほどのポイントは入る。
「でもただのガーディアンなら、私みたいなランクの低い冒険者に仕事振ること無いわよね」
「いや、要人警護の仕事に間違いない。それもクライアントからの指名なんで、俺は外れることが出来なくてな」
この町に来て成果を上げた仕事の中で、かなりの権力者からの格別の信頼をゴウは手に入れている。
その噂は町中の者がするニュースとして拡がったくらいだから、その時の仕事の内容を聞いても驚く事はなかった。
「もう! いったい何なの? この際だからポイントが低いことは我慢するから、はっきりと言いなよ」
その要人がついでにケイトを名指しにしてきたはずはない。
仕事のパートナーとして、ケイトを選んだのはゴウ自身なのだ、と言うことは直ぐに分かった。
だけどいったい何を戸惑っているのか?
「ああ、もう! だから今度の仕事は屋敷での警護で、そこで催されるパーティーって言うのが、クライアントのご子息の婚約披露ダンスパーティーになるんだと。そんでもって俺にもダンパに参加するよう言われたのさ」
そう言えばそんなパーティーが催されると、マナミがおもしろそうに噂話をしていた事を思い出す。
「ふーん、で?」
「そこで俺にもダンスパートナーを伴って来るようにと、お達しがあったんだよ」
「へぇ~、あんたダンスなんて踊れるんだ? ……って、あれ?」
この話の流れで仕事を手伝えと言うことは。
「私にあんたのパートナーを勤めろっていうの!?」
そんな大物が開催するパーティーに、自分なんかを連れて行こうというのか?
「なんで私なのよ?」
「なんでって、こんな事頼める女友達が、他にいないからだよ」
「あ、そう言うこと」
別にケイトをわざわざ指名したわけではなく、他に当てがないから話を持ってきただけなのだ。
「それだったらマナミの方がいいんじゃない? あの子ならダンス経験もあるはずだし」
「いや、マナミには悪いけど、あの子と俺じゃあ、バランスが悪いだろ」
その辺もクライアントのことを気にしての人選なのだという。
「でも私ダンスなんて1ミリも踊れないよ」
「分かってるよ。だから頼んでるんじゃないか、後10日でそれなりに踊れるようになって欲しいんだよ」
10日で公の場で恥をかかない程度まで踊れるようになれと、どう見ても頼み事をしているような態度に見えないが、真剣さは伝わってくる。
けれどケイトが踊れないと言ったことに、即答で「分かってる」と返してきた事が気にくわない。
「だったら娼婦でも雇えば?」
「んな訳にいくかよ。なんか機嫌悪くなってないか? 頼むよ、助けてくれよ」
なんだか本気で困っている顔をされて、この頃は仲良くやっている同業者に、ケイトはこれ以上は無下な態度をとることも出来ない。
「分かったわよ。私なりに努力するけど、だけどちゃんと出来なかったとしても、知らないからね」
赤ら顔で頭を縦に振るケイトに、「サンキューな」と少々乱暴な礼を述べるとゴウは立ち上がる。
「それじゃあ行こうか!」
突然右の二の腕を捕まれ、驚くケイトは振り払おうとするが、全力で引っ張る力に抗うことが出来ない。
「行くってどこへ?」
「仕立屋だよ。当日着るドレスを誂えるんだ」
「えぇ~!?」
そう、ケイトは失念していた。
ダンスパーティーに参加すると言うことは、フォーマルウェアーに身を固めなければならないのと言うことだ。
その衣装はゴウ持ちで用意してくれると言っているのだが、ケイト的にはあまりにも急な展開に、パニックになった状態から回復する時間が欲しい。
「た、食べ終わるまで待ってよ」
「はぁ? 食べ終わったから話し始めたんだろ」
「ま、まだデザート……」
「もう三つも食っておいて、あと幾つ食ったら気が済むんだ? もういいだろ? 行くぞ!」
強引ともとれる男の力は尋常ではない。
もう逃げることも出来ず、あれよあれよと言ううちにお店に着き、採寸のためだと店員の女性に、個室に通されて衣類をはぎ取られ、サイズを書き留められてしまう。
「あ、あの」
「ああ、大丈夫ですよ。これらの個人情報の保護はキチンと行いますから」
もうこの時点でケイトの意志は二の次、三の次。
仕上がりは三日後と言われ、店を出たところで、ようやく開放される。
「はぁ~~~~……」
深いため息が自然と出てきた。
ここで立ちつくしていても仕方ない。
一度受けた仕事を簡単に破棄するのは、端くれであってもプロとして許されるものではない。
とは言え、簡単に切り替えることも出来ず、重い足取りで自室に戻るケイトを、満面に笑みを蓄えたマナミとリンカが出迎えてくれた。
「もしかしなくてもその顔は……」
「頑張ろうね、ケイちゃん」
包囲網は万全に調っていた。