RANK-14 『 家族の願い 』
山頂を前にリンカがケイトの足を止めさせた。
近くの茂みに勢いよく飛び込むと、しばらくして後から追ってきていた3人が駆け抜けていく。
「どうしたの?」
「山頂に2人、気配を感じました。敵かどうかは分かりませんが」
2人とはひょっとしたらマナミとスズカなのかもしれない。
冒険者の基本動作として、仲間とはぐれた時は高い場所を目指すというのがあるが、今回は落ち合う場所も決めてあるし、なによりマナミの側には要警護者がいる。
「急ぎましょうケイトさん」
妹がよっぽど心配なのだろう、ケイトの了承も得ないままに走り出す。
少し間隔をおいてあとに続くケイト。
「マナミ……」
マナミならケイトの考えを察してくれているはずだ。
リンカは冷静さを欠いて先走っているわけではない。
ちゃんとケイトが追い付ける速度をキープしている。
後から慎重に気配を抑えて追いかけるケイト、もう少しで頂上の様子が窺える所で、リンカに止められた。
「山頂にいた2人は無関係の人のようです。先に行った三人はいません」
「あの登頂者を間違えて追いかけたのが誤認と分かり離れたか? 山中を探している最中なのか? どちらにしても今のうちにマナミ達と合流する事を考えた方が良さそうね」
辺りに敵が潜んでいないか、他に人の気配がないかを、今一度確認して走り出す。
「ケイトさん、危ない!?」
少し見晴らしのいい場所に出た途端、いきなり攻撃を受けるとは思っていなかった。
「あれは私たちを追ってきていた3人ではありません。別動隊がいたようです。ここは私が抑えます。ケイトさんはスズカ達のところに急いで下さい」
3人の敵を前にリンカ1人を残していくのは不安が大きいが、今の時点で心配はマナミ達の方。
「それじゃあお願いするわ。あたしは全力で合流地点を目指すから」
速度を上げるケイトを見送って、リンカは逆方向に走り出す。
合流地点にある茂みの中、マナミとスズカは静かに息を沈めていた。
マナミが掛けた幻影の魔法で、ここまで襲撃は一切なし。
「来ました! ケイトさんです」
マナミはスズカが指差す方向を見る。
「あのサインは、このまま待機すればいいのね」
ケイトを追って来る影が三つ、その中にリンカの姿はない。
ケイトは大きな岩を背にして剣を構えた。
いつもの町では近頃、依頼のない日などに、リンカやゴウを相手に剣の修行をしている。
特にリンカからは忍者の独創的な剣術を教わり、戦い方を習った。
それで十分だとは思わないが、時間稼ぎはできる。
リンカが来るまでの間、持ち堪えればいい。
「それまでに1人くらいは減らしておかないと……」
ケイトは滅多に使わない呪文の詠唱を始め、剣に魔力を帯びさせる。
「マナミさん、いいんですか? ケイトさんに加勢しないで、相手は3人もいるんですよ」
「確かに絶体絶命って場面よね。だけどケイちゃんが魔法剣を使う時は近づいちゃダメなの」
マナミは祈るように手を組んで、しっかりと戦いの行方を見守る。
「ケイちゃんは魔法の制御が全くできないの。だから長い間使えないし、発動中は全力全開でしか戦えない」
炎を身に纏う剣を一閃、飛びかかってくる1人を焼き払う。
全身を炎に包まれ、転げ回る仲間に水の忍術を使うが、ケイトの魔法は強力で、完全鎮火に時間がかかり、死んではいないようだが、全身火傷を負い動ける状態ではない。
しかし奇襲が通用するのは一度きり。
相手は距離を取り、手にはケイトの知らない道具を持っている。
「リンカに見せてもらった中に、あんなのなかったなぁ……」
それは漁師が使うただの投網だったのだが、漁業を知らないケイトには、それも忍者の武器なのだろうという先入観が働いた。
見知らぬ武器に必要以上に気を取られすぎたのかも知れない。
魔力が尽き、ケイトの剣から炎が消えたのも、集中力を欠く要因になったのだろう。
一瞬のやり取りだった。
投げつけられる小刀、剣で弾いて前へ飛び出そうとしたところで、目の前いっぱいに拡がる網を、ケイトはかわす事ができなかった。
オモリの付いた網は、もがけばもがくほどに体に絡みつき、ついには転ばされてしまう。
動けないケイトに襲いかかろうとする敵が1人、突風に吹き飛ばされる。
ケイトが先ほど背にしていた岩に、頭から強く打ち付けられ、そのまま動かなくなる。
マナミの風の魔法で敵は1人となったが、そいつは縄に絡め取られたケイトののど元に刀を突きつけた。
「密書を渡せ、そうすればこの娘は放してやる」
男の声だった。
左手一本でケイトを抱え上げ、短刀は左胸の前にかざす。
「分かりました。お渡しします。その前に彼女を捉えている、その縄を解いて下さい」
「マナミ、ダメだよ」
「あっさり捕まっちゃうような人は黙ってなさい」
強い口調でケイトを黙らせて、マナミは敵に近づく。
「マ、マナミさん!?」
「ごめんなさいスズカさん。ですが、ここはお願いします」
「……いいですよ。書状を奪われた事は、早急に知らせれば、後はどうにかなるでしょうから」
交換条件はあっさり受け入れられ、ケイトから網が外される。
ただしケイトの剣は取り上げられる。
書状は岩の上に置いた。
マナミに飛ばされて伸びていた敵が目を覚まし、それを取りに行こうとする。
「そこまでです。その子を放して下さい」
書状はマナミの火系魔法が狙っている。
マナミはケイトの解放と同時に魔法を中断すると答えている。
ケイトは拘束を解かれ、ダッシュで岩に向かって走る。
走るケイトを取り押さえようと動いた男に、マナミは魔法を放った。
猛ダッシュのケイトはいつの間にか取り戻していた剣で斬りかかる。
しかし書状を手にした敵は素早く上へ飛んだ。
「あぶない!?」
スズカの叫びは、制止に繋がらない。
ケイトの頭へ向かって落ちてくる刃、マナミの魔法は呪文の詠唱も完了していない。
「……間に合いましたか」
ケイトへと飛んでくる凶器を弾いたのはリンカだった。
ケイトも自らの剣を頭上で振るうが、死角からの攻撃に、リンカがいなければ本当に捌けたかどうかは、一か八かの賭だった。
「グッドタイミングって言いたいけど、書状を奪われちゃったよ」
合流するリンカを見て、刺客達は退いた。
「スズカさん申し訳ありませんでした。私達のせいでお仕事は達成出来なかった」
「いいえ、いいんです。どうにかみんな無事でしたし。さぁ、ここから目的地はもう目と鼻の先です。急ぎましょう」
そうだ、敵に密書が奪われた事を知らせなければならない。
任務には失敗したが、まだこれで終わったわけではない。
その後は何の問題もなく目的地にたどり着き、スズカは速やかに事の顛末を報告しにいった。
「どうして私達ってこんなにツメが甘いんだろ。リンちゃんはちゃんと役目を果たしたのに」
「本当だね。私は敵に捕まるだなんて、大失態まで犯しちゃったしさ」
待っている間、茶店で反省会。
マナミは敵と遭遇した時に、2人に付いていけなかった事を悔やみ、役目を果たしたと言われたリンカも、敵の足止めに手間を取らされた事を詫びた。
敵はリンカと同じ“くの一”で実力もほぼ同じ、使う術式も似通っていたので苦戦したが、マナミから教わっていた精霊魔法を併用する事で黙らせる事ができた。
トドメを刺している間を惜しんで走ったが、結局書状を守れなかった。
落ち込んでいる時ほどお腹は減るもので、やけ食いだったのかも知れないが、3人は三度目の注文を済ませた。
「最低レベルの私達には、ちょっと荷が重かったみたいね。それはそうとリンカ」
「はい?」
「敵は4人って決めつけちゃってたけど、どうしてそう言い切れたの?」
「気配を感じたのが4人でした。大きな戦なら別ですが、こういった隠密行動は、少人数でこなすものです。そうしないと対称に近づく前に気づかれてしまいます。忍者の常識です」
「そうなんだ。今回もそのセオリー通りに攻めてきたってわけね」
お茶を啜りながらマナミが結論を口にした。
本当にみんなが無事で良かった。
「おまたせ。ハイこれ今回の報酬ね」
戻ってきたスズカが金貨をくれた。
それは最初に聞いていた額が満額入っていた。
「なんで?」
「だって、依頼は成功したんだから、約束の報酬は当然受け取る権利があるでしょ」
「せい、こう?」
「そうですね。今回の密命はあの書状には書かれていませんでした。全ては私の頭の中にあったのです。ですから私が無事にここまで来られた。だから依頼達成なんですよ」
昔から良く言う、敵を欺く為に、ケイト達は最初から騙されていたのだ。
「それにしてもあなた達は本当にいいチームですね」
ヤケ食いは、納得のいかない怒りに任せて、更にケイトの箸を進めさせた。
それを宥める役をリンカに任せ、マナミはスズカとの会話を続けた。
「あなた達は命の大切さを十分に理解していらっしゃるようです。これからもリンカの事をお願いします」
マナミ達ならきっとリンカを任せられる。
スズカは食事を済ませたら家に帰りましょうと、穏やかな笑顔をマナミに向
けて言った。