RANK-11 『 東方見聞録 』
今日は珍しくケイト達は、拠点を遠く離れた見知らぬ土地へ移動中。
ここはジパニアと言う島国で、あと数刻も歩けば、リンカが所属する組織のある里、クサハに到着する。
なぜ三人はこの地に赴いたのか? それは一昨日の昼に遡る。
その日は酒場に行って、いつも通りに冒険の斡旋を受けた。
しかしケイトとマナミが請け負えるレベルの仕事は、いつもの迷い猫の探索や、落とし物の探索程度だった。
これが遺失物調査だったりすれば、もう少しポイントもいいのだけど、そこまでの信頼を得るためにはもっと冒険者ランクを上げないといけない。
基本的にエミーリンが特別に照会してくれない限りは、ケイト達のパーティーはパワーバランスから言って、第五位の“チンクア”なら問題なく受けられるが、この町に拠点を置く冒険者、実はチンクアが一番多く、依頼書は取り合いになる事がよくある。
三人が顔を出したときに残っていた依頼書は、ケイトとマナミの二人向けの物だけだった。
それを受けるか否かを迷っていた時、後ろに立っていたリンカが二人に声を掛けた。
そう言えば、朝からずっと何かを言いたげだったことを、マナミは気にしていた。
「あの、もしよろしければ、十日ほど私にお時間を頂けませんか?」
リンカが自分の意見を述べるのは珍しい。
彼女はこの国に来て日も浅い。
いつも冒険を始めるまでは、大人しく二人に従っているのが当たり前だ。
「何するの?」
「はい、お二人に私の国に、里に来て頂きたいのです」
三人は近くのカフェに場所を移して話を続けた。
エミーリンには悪いが、あそこはあくまで酒場なので、正直言って三人には似つかわしくない。
酒場には仕事をもらうために行っているだけなのだ。
注文した飲み物がテーブルに運ばれる。
「私達が? なんか急な話だね」
ケイトとマナミはリンカに聞いた。
「はい、お二人にお世話になるようになったのが、ちょうど満月の日でした。それが欠けて、また満ちたのが昨日。近日中にお二人にはこうしてお願いするつもりでした」
リンカの今のランクは第四位のクアッテ。
ケイト達は知らないが、冒険者支援団体アドスでは忍者というだけで評価は高く、免状を持っているというだけでランクもそこそこ上げられる。
しかし彼女の故郷では忍者になったからと言って、すぐに一人前と認められるわけではない。
上官に従い、実地で経験値を上げるか、一般の冒険者と共に行動し、実績を上げるかで評価が上がっていく。
ところが忍者組織の中ではリンカは、最も下のランク“下忍”にも上げられていない。
「お二人にご一緒するようになって一月が過ぎましたので、里で下忍の認定を受ける資格を得ました。そこでお二方にもご一緒をいただき、承認を受けたいと思います」
リンカの里の諜報能力はずば抜けている。ケイトもマナミも知らないが、この宿場町の冒険者情報も、クサハの里には筒抜けになっている。
「ちょっとした手続きなんですが、仲間も一緒でないといけないので……」
「そう言うことだったら別にいいけど」
「うん、リンカが育ったところとか見たいし、その忍者って組織にも興味あるし」
「あっ、いいえ、私の生まれ故郷にはお連れできますが、組織の方には手続き所以外ご案内は出来ません」
隠密性を重視する団体だけに、その警戒の仕方も徹底している。
なのにどうして、こんなヨソ者を呼び込む様なシステムを取っているのか?
「それも諜報の一端なんですよ」
って、そんなことまで教えていいのか? リンカは別に何の気無しに話を続けている。
ケイトは突っ込まずに耳を傾ける。
「片道にしたら3,4日ってとこかしら? 確かそんなものだったと思うけど」
マナミは思い返した。以前リンカと初めて会った時の依頼と、その後受けた依頼の間が7日間。
あの時は一度は里に帰り着いたと聞いていたから、往復でそれだけの時間を必要とするという計算になる。
「じゃあ、飛竜船を使った方がいいって事?」
「ジパニア行きの船なら、交易港の街“ガイセン”から出ていたはずよ」
ガイセンはこの街から半日も歩けば着く、大きな貿易港のある街で、そこには飛竜船という航空便のある空港も存在した。
飛竜船は、文字通り飛竜によって客船を運ぶ飛空船である。
客船は数人の術者によって浮かび上げられ、世界を一日で一回りする飛竜が引っ張ることで、移動時間を大幅に短縮できる。
「三人分の運賃となると、かなり高額になるわね」
高速歩行が可能な竜の引く竜車や、海竜を動力とする海洋船などよりも運営の難しい飛竜船、それだけ運賃が高くなるのも仕方がない。
「はい、移動手段の方は、私が最近覚えた術を使おうと思ってまして……」
リンカが取り出したのは、何かの形に切り出した紙切れだった。
三人はリンカを先頭に町はずれにやってきた。
すでに出掛ける準備は出来ている。
これから一体リンカが何を行うのかは分からないが、彼女に依れば、これによって運賃は一銭も支払わなくて済むと言うことだから、これ以上の高条件はないことになる。
人通りが完全に途切れるほど山の中まで入り、そこに少し拓けた岩場を見つけて、その中心地辺りに三人は立った。
リンカは目を瞑り集中し始める。
「式神ねぇ、どんなのが出てくるんだろ」
「リンカの話を聞いているとゴーレムみたいな物らしいけど、私も錬金魔法の類は全く知らないし、これで何かが出てくるんなら興味深いわ」
わくわくするマナミと、不安が募るケイト、リンカの手元の紙切れが光り始める。
リンカはチャクラと呼んでいたが、根本的には魔力と全く同じ物で、それを練り込んだ物質に言霊を入れるのだという。
ゴーレムを作る際には、その素材に精霊を送り込むのと同じ原理だろう。
国が違う事で解釈の仕方が変わっているが、忍者と魔法使いは、やはり同じ物と考えられる様だ。
「なのにリンカは体術まで身につけているんだもんね。やっぱり私達とはレベルが違うと言うことか……」
それはランクをみれば明らか、二人はもっともっと、ポイントを効率よく稼ぐ方法はないかと頭を悩ませる。
「それではいきます」
準備が終わった様だ。
リンカは手にした紙切れを天高く投げはなった。
光り輝く紙切れは、煙を上げて四散した。
四散した紙切れはドンドンと拡がって、その中に巨大な影が現れる。
「これが式神、竜尾の百足です」
それは正に羽の生えた百足だった。
決して気持ちのいい姿形をしているわけではない。
いや悪寒しか感じない外観をしている。
「これに乗るの?」
結構こういった物に平気だったのはマナミだった。
しかしケイトを見れば顔面は蒼白になり、言葉を失っている。
「先程お聞きした飛竜ほどではありませんが、この百足でも三日もあれば世界を一周できますよ」
この世界では星は丸く、平らではないと知る者はいない。
が、こういった乗物があるために、地表に果てはなく、真っ直ぐに進めばいずれ同じ場所にたどり着く事実を知ってはいた。
「いやーっ!!」
これに乗れば一日あれば島国ジパニアに着くという。
ガイセンまで移動して飛竜船に乗る時間を考えれば、さほど差はない。
百足に乗ることに異存のないマナミは、さっさとその背に乗ろうとした。
そこにこの大きな喚き声である。
「駄目、わたし駄目、虫は駄目!」
ケイトである。
彼女は虫系のモンスターが苦手で、虫型が出た時の戦闘はもっぱらマナミ任せ、最近ではリンカがケイトの気付く前に倒してくれていた。
冒険者として、そんなことを言っていては失格だとは分かっている。
だからこの頃になってやっと、小さな虫は平気になったところだ。
自分の目線までの大きさなら、どうにか闘える様にはなったが、見上げるほどの大きさの物は全く駄目なのだ。
「私はやっぱり別ルートで行くから、待ち合わせ場所決めましょう」
「ダメだよケイちゃん、旅費がかかるにしてもやっぱり飛竜船はちょっと高すぎるし、こうしてリンちゃんが術を使ってくれてるんだから」
「そんな……、リ、リンカ! 他のヤツ出せないの?」
「えーっと、スミマセン、これ以外に高速飛行が可能な式神は……と言うか、この式神も里の方で用意してもらった物で、私は呼び出すための力を込めただけですから」
つまりリンカが覚えたのは式神の呼び出し方だけ、本来の術の根本はあの紙切れに込められていると言うこと。
「私はまだ下忍にもなっていませんので、まだ難しい術式の組み立てまでは出来ないんです」
魔法使いにもある、マジックアイテムに込められた術を使うことで、術者の本来持っている力以上の威力を発揮する方法。
やはり忍者とは、体術を覚えた魔法使いと言ったところのようだ。
「えぇ、じゃあ私は留守番……」
「さぁ、いきましょう。ケイちゃんのことよろしくね」
マナミはケイトに睡眠魔法を掛けて黙らせた。
地面に倒れ込むケイトをリンカに任せて、マナミは先に百足の背中によじ登った。
百足は三人を乗せて大空へ飛び上がった。