RANK-1 『 めざせクラスアップ 』
「マナミ! そっち行ったよ」
「まってぇ、まだ着いてないんだから」
二人一組のかけ出し女性冒険者、ケイト&マナミは只今依頼遂行中。
「ほら早く! 逃げられちゃう!?」
ケイトの肩の辺りで、体の動きに合わせて靡く明るい赤髪。
長身の彼女は15歳にしては大人びていて、剣士として鍛錬も欠かさない体型はキレイに引き締まっている。
「ダメだってケイト、ちゃんと配置を守って!」
小柄で童顔なマナミは誰に聞いても、16歳という年齢を信用してもらえない。
鮮やかな金髪をツインテールにしてることも、普段からぶかぶかのローブを着ている事も、彼女の容姿を幼く見せている要因だと気付いていない。
「なんで言う事を聞かないのよ!?」
「言って聞く相手じゃないでしょ」
彼女達のような冒険者の名乗りを上げたばかりの新人は、常連の顧客を持っているわけでもなく、直接依頼されることは滅多にない。
「今度こそ完璧、そっちもドジんないでよ」
そんな彼女達が仕事を継続してこなしていき、知名度を上げるためには、冒険を斡旋、紹介してくれる者が必要となる。
「どこが完璧なのよ、ケイちゃん後ろ!!」
その冒険者御用達、仕事の斡旋所は少し大きめの町なら必ずあり、大陸中の各所に存在する。
「あっ、こら待て!?」
彼女達が根城にしているこの宿場町にも紹介所は存在し、請け負っているこの仕事も、そこから紹介された物だ。
「やったぁ、捕まえたぁ!!」
マナミが大事そうに抱えている猫。
その猫こそが今回の任務、「逃げ出したうちの猫、ユーユーを見つけて下さい」の、捜索願猫なのだ。
怖い顔のケイトに脅えてか、なかなか落ち着こうとしないユーユーの頭を、マナミがそっと撫でる。
マナミの腕の中、猫は気持ちよさそうに喉を鳴らした。
6段階ある冒険者のランク、セイルに位置する二人。
セイルとはランクは6番目、最下級のお試しランクのことだ。
お試しと言われるだけあって、次のランク、チンクアへの昇格はそんなに高いハードルではない。
ここは冒険者がよく利用する酒場。
「はい、今回の賞金とステップアップポイントね」
人のよく行き交う宿場町ではあるが、大都市と言えるほどの広さがあるわけでもなく、冒険者組合を統括するギルドは置かれてはいない。
お酒を飲まない二人だが、ここには冒険の斡旋を受けるために訪れる。
「ありがとう、エミーちゃん」
給仕係のエミーリンは斡旋所の受付も兼ねている。
彼女から迷い猫探しの報酬、賞金80ロンガンとステップアップポイント3を受け取りる。
1ロンガンあれば、大根が一本買える程度。80ロンガン程度では、1日分として十分な収入とは言えない。
この二人、冒険者とハンターの資格を取って一年になるが、早いものなら一月、ちゃんと仕事さえしていれば遅くとも半年で上がるランクポイントを、未だに4分の1しか稼いでおらず、相談を受けているエミーリンもほとほと手を焼いていた。
「流石にこんな仕事じゃあ、3ポイントが精一杯かぁ」
今まで最高でも28ポイントくらいの仕事しかしていない二人、3ポイントでも貰えるだけマシというもの。
「ねぇ、エミー、もっと効率のいい仕事紹介してよう」
「ケイトとマナミのスキルに合わせて、それでも結構いい仕事回してるよ」
「でも最近今日みたいな仕事が多いよ。これじゃあ何時まで経ってもランクアップなんて出来ないよ」
「それって、誰のせいかな?」
「あっ、もしかして怒った?」
いつもは愛想のいいエミーリンだが、プライベートから仲のいい二人には、時にはキツいこともズバズバ言うときは言う。
とは言っても、別に私情を挟んでいるわけではない。
最初の頃は薬草を採りに森に入ってもらう事もあったが、方向音痴な二人は、マッパーとしての能力を有してはおらず、危うく期日を過ぎるところだったし、農家の納屋に住み着いたモンスター退治を頼めば、モンスターごと納屋を吹き飛ばしたこともあった。
ケイトの剣術、マナミの魔法、個人スキルは悪くはないが、冒険者としては……。
「次の仕事あるけど、どうする?」
ちょっと意地悪気味に聞くエミーリン、ケイトは膨れっ面でカウンターに近づいた。
「どれでも好きなのを選んでよ」
と言って並べられた5枚の書類。
「どうせまた5ポイントまでの小さな仕事でしょ……」
そう言って覗き込んだ書類には!?
「ほらね、5ポイント? 7ポイントあっ、ちょっと高めだ。えーっと3ポイント、4ポイント、100ポイント……100ポイント!?」
そこにはいつものお馴染みのポイントばかり並んでいる。そう思っていた。
だけど二人には考えられないポイントの物が、一枚だけ含まれている。
「ホントにこれって、私達に回してもらえる紹介状なの? 間違ったんじゃあないの?」
あの納屋を燃やしてしまった仕事でも30ポイントだったのに、もしかしてそれだけ危険な仕事だと言うことなのか?
「ど、どんな仕事?」
カウンターに並べられた他の資料をぶちまけながら、ケイトは飛びついた。
「魔犬に攫われた幼女の救出?」
それはなんともまともそうな、そしてかなり危険そうな見出しが付いていた。
少し前から森の奥に住むと噂されている魔界の犬が、この町に住む小さな女の子を攫っていったというのだ。
目撃者の話では、魔犬は町の北にある森に向かって走っていったらしい。
攫われた幼女の名は、ミルン=ルードラ。歴とした皇族貴族である。
「ルードラってこの辺りの領主じゃなかった? なんでそこの娘が魔犬なんかに?」
その辺の落ち度とかは詳しく書かれていないが、この依頼書の出所は間違いなさそうだ。
「こんな重要な仕事、私達なんかに回していいの?」
「マナ、自分のこと「なんか」って言い方ないじゃん」
とは言え、ケイトだって自分達の実力は認識している。
こんな難易度&重要度の高い仕事が回されるのは、どう考えてもおかしい。
「この仕事はこの辺りの冒険者全員に無条件で回されているの。だから受ける受けないは自由。だけど優先順位は高いから、これパスするとたぶん制限が強くなるよ」
なかなか気の効いた脅し文句だ。
お偉いさんの傲慢な態度は気に入らないけど、子供の命がかかっているんじゃあ、制限なんて関係なしに無視する事なんて出来ない。
「ケイちゃんのそう言うとこがいいのよね」
マナミがニコニコしながら、契約書にサインしているケイトの顔を覗き見る。
「あぁ、もういいから、行くよ」
頬をほのかに紅く染め、ケイトは先に酒場を後にした。
街中話題騒然で、情報はイヤと言うほど手に入ったが、そのほとんどが眉唾物だった。
情報に同一性がないのだ。
最初は北だと言っていたが、実は南だとか東だとか。
森に入ったと言われているが、検索魔法では森から出た様子もないとか、森を抜けた向こうの山に実は寝床があるとか、ないとか。
結局、有力な情報もないままに、二人は西側の山岳道に入ることにした。
「うひゃー、いるいる。もう冒険者だらけ」
街道のそれなりに大きな町だけあって、冒険者の数も半端ではない。
「これはグズグズしていられないね」
ケイトは剣を構え、マナミもワンドを手にし、森の奥へと進んだ。
小さい頃から遊び慣れた山、ケイトにとっては庭みたいな物だ。
立派な娘に成長してから引っ越してきたマナミには、まだ馴染みは薄いが、ケイトが一緒だからなんの不安もない。
「そう言えばこの山だったよね。ケイちゃんに初めてあったの」
「うん、あんたがこの町に越して来た日、大胆に迷ったんだよね」
遠く離れたウルスクという湊町から一人、親元を離れて魔法の勉強に来たというマナミは、本当なら東に少し行った山のそのまた向こうの聖都オルファンに行くはずだったのだが、今こうして冒険者として予定外の場所で修行しているが、それはちゃんと許可をもらってのことだ。
「けどケイちゃんって、山では迷わないのに、なんで森はダメなの?」
「うっ、山には目印がいっぱいあるから迷わないんだよ」
直感任せの人生が祟っての失敗を、今もチクチク突っつかれる。
「あぁ、いいのいいの、ケイちゃんを信じた私も悪かったんだから」
マナミは本気でそう思っている。要は意地悪をする材料に使われているのだ。
「ほら、先を急ご!」
もう先に冒険者の影がある辺りは避けて、ちょっと見分けづらい獣道を奥に進む。
魔犬と言ってもしょせんは獣、動物なら障害物の少ない道を選んで人里を離れていくもの。
こんな麓にいれば、すぐに見つかってしまう事ぐらいは分かっているはず。
なんて初心者的な発想は、もうとっくにみんな実行している。
「ねぇケイちゃん、このままじゃあダメなんじゃない?」
「でも手掛かりなんて何もないし……」
「あるよ」
「はい?」
ケイトは必死に考えて、どう行動すればいいのかと迷っていると、思いもしない言葉を相棒が吐いた。
「ミルンちゃんのハンカチ、私持ってるもの」
実はマナミは名字がある領主縁の家の出で、ルードラ家とも面識があるのだった。
この大陸の諸国連合では、名字がある者=権力者なのだが、マナミは普段は本当に庶民肌で、つい忘れてしまう。
「……それで? どうやってそのハンカチでミルン=ルードラを探すって言うの?」
当然と言うべき疑問を抱くケイトに、マナミは笑顔で返した。
『光纏し精霊のマナよ、互いに曳かれ合う御霊を繋ぎ合わせよ・レリル』「アコーミート」
力ある言葉が谺して、ミルンのハンカチが宙に浮く。
マナミが使った魔法は、精霊に語りかけ力を貸してもらうもの。
魔法名はアコーミート、語りかけた精霊はレリル。
レリルは最上位の精霊で、この魔法が使えると言うだけでも、マナミの魔法使いとしての力量が半端ではないことが窺える。
「あれを追っていけば、ちゃんとミルンちゃんの所に連れていってくれるよ」
「……なんで早くやんないかな」
「だって、他の人がイッパイいたら、手柄を横取りされちゃうでしょ」
獣道を逸れて、人影がなくなった今だから安心して使えたというのだ。
納得できる理由を言われたのに、なんだか面白くないケイトはブツブツ言いながら付いていく。
「きゃ~~~~~あ!?」
「ど、どうしたの、マナミ!?」
少しペースダウンしていたケイトは、数歩前を行くマナミの悲鳴を聞いてダッシュする。
「マナぁ! ……いやぁ~~~っ!?」
飛び出した先に足場はなかった。
ケイトはマナミの後を追って滝壺に落ちていった。
「……イちゃん、ケイちゃん」
「うっ、う~ん……」
遠のいていた意識が戻る。
ケイトは辺りがヤケに薄暗いことに気づく。
「もう夜?」
「もう、しっかりしてよ。ここは洞穴の中よ」
「ほらあ、なっ!?」
頭を横に振って辺りを見渡そうとしたケイトは、いきなり現れたそれに戦いた。
「ま、ままままま、魔犬!?」
「そうなのよ。滝壺に落ちたと思ったら、ここでこの子を見つけたの」
何をそんなに落ち着いているのだ!? 目の前に討つべき相手がいるというのに。
ケイトは距離を置いて、片膝立ちで背中の長剣を手に取ろうとして、空を切る手に慌てて背中を探る。
「ない、ないないない、私の剣!?」
「これのこと?」
「って、なにやってんの? あんたは!?」
差し出される剣を手に取ろうとし、その剣がまた引っ込むのを見て、ケイトは怒鳴った。
「聞いて、ケイちゃん」
隣でケイトを威嚇して唸っている魔犬。
マナミは一切警戒していない。
その魔犬の陰から出てくる小さな影が一つ。
「ミ、ミルン=ルードラ!? ……よ、よかったぁ、無事だったんだぁ」
となれば、早く魔犬を倒して仕事を終わらせる。
ケイトは明確になった目的を果たそうと立ち上がる。
「ケイちゃん!」
「どきなって、早くそいつを倒して……」
キン!
一条の光が走り、ケイトの右耳の上、髪を掠めて何かが後ろの岩壁にぶつかった。
「人の話は聞きなさいって、小さいとき教わらなかった?」
「マナミ、さん? 目が、怖いんですけど……」
口元で翳すナイフの怪しい輝きが、幼顔のマナミに妖艶さを生む。
「分かったから、魔法使いがナイフなんかチラつかせないでよ」
少し落ち着くのに時間をおいてから、ミルンは事の始終を話し出した。
「つまり、森で遊んでいるうちに迷子になって、私達のように川に流されて、この洞穴にたどり着いたのね」
「そこで怪我をしていたこの子を見つけたの」
よく見れば、まだ子供の魔犬は足に大きな傷を負っていた。
「ひょっとして街の近くで見かけられた魔犬って?」
「この子のお母さんじゃあないかしら」
子犬の怪我はもうほとんどいいようだ。
怪我の部分に当てられたハンカチ、ミルンはずっとこの子の面倒を診ていたのだ。
この洞穴は滝壺のどこかから川の水が流れ込んでいて、その流れに乗って色んな物が打ち上げられている。
「果物もいっぱい流れて来るんだって、食べるには苦労していないらしいよ」
「事情は分かったけど、どうするのマナミ? この子のお母さん、今大勢の冒険者の標的だよ」
「アコーミートの呪文を唱えてみる」
マナミはワンドを構えて、呪文の詠唱に入った。
子供の魔犬は魔法力で宙に浮き、水の流れとは違う方を向いて、洞穴から飛び出して行こうとする。
心配ではあったが、どうやら外に繋がる道はちゃんとあるようだ。
「ケイ、その子を抑えて! 全力で!!」
「えっ?」
「いいから早く!!」
「う、うん……」
結構強い力で引っ張られる魔犬の子供を抱えると、ケイトは大きな岩に捕まった。
「マナ、これキツイ」
「頑張って、すぐにその子のお母さんの方から飛んでくるはずだから」
そう言うことだ。
引き合う者同士の片方を抑えれば、もう片方が飛んでくるしかない。
マナミの読みは当たり、目の前の子よりも数段大きな魔犬が数分後に飛んできて、母と子は無事に出会うことが出来た。
領主の屋敷を後にして、ケイトとマナミは食事をするために酒場に足を向けた。
獣はその本能で、敵か味方かをかぎ分けることが出来るようだ。
子供の無事と、怪我の手当をしたのがそこにいる人間だと嗅ぎ分けると、しばらく唸っていた喉をクゥーンと鳴らして、母親は子供の首根っこを銜えて、洞穴を出て山の奥の方へ走り去っていった。
子犬は姿が見えている間、ずっとミルンを見ていたようだった。
こうして事件は無事解決、ミルンも怪我一つなく、仕事は成功を収めた。
「あ~あ、ポイント半分の50しかくれないんだもんなぁ」
「ぼやかない、ぼやかない」
娘は無事に戻ったが、魔犬は取り逃がし、山を越えていってしまった。
そう報告すると領主は、危険な魔犬を野放しにしたままでは、リスク回避にはつながらないと、そのポイントを半減してしまった。
「しょうがないよ。本当のことも言えないもの」
あの魔犬は手負いの子供を連れて、まだ山にいるなんてことが知られたら、きっと討伐隊を編成して、親子共々討ち殺しにされてしまうだろう。
「まぁ、それは後味悪いわな」
「でしょ、それにポイントは領主様の立場上半減せざるを得なかったけど、賞金は約束通りくれたわけだし、今日はご馳走が食べられるわよ」
「めでたしめでたし、って事?」
二人は笑った。大きな声で、道行く人が見ていようとお構いなしに。
どうやら二人のクラスアップはまだまだ先のようだ。