妥協していい部分と譲れない部分
「どういう意味か教えてもらってもいいですか?」
「もちろんだ。
これは元からある日々精進って語句に、
自分らしいものを付け足してみたものなんだ。
嘆く勿れというのは文字通り嘆くことなかれ、
つまり嘆くのはやめなさい。
それから日々精進は日々成長していこう、だ。
これらを繋げ合わせて、
嘆くくらいなら努力して己を成長させなさい、となる。
俺なりの曲解だけど」
少し照れ臭そうにはにかむ彼は、
しかし凜々しくあった。
「涼太先輩って案外自分に厳しい人なんですね」
「案外ってなんだよ」
涼太は苦笑し、有心の頭を掻き撫でた。
「いやだって、
鴻上先輩には唯々諾々じゃないですか」
ふと、彼の手の動きが止む。
どうしたのかと隣を見遣ると、
悟りを開いたような朗らかな笑みを浮かべていた。
「そういや、まだ理由は答えてなかったか。
教えてあげよう。
俺が逢坂くんの兄になれない理由……」
ごくり、喉を鳴らす。
「それは……?」
「俺は詞ちゃんのものだから、
他の人のものになるわけにはいかないんだ」
彼は躊躇うこともなくきっぱりとそう言い切った。
その顔付きは女性を守る
騎士のように凜々しかったが、言葉は逆だった。
(鴻上先輩のものって……!?)
「それってどういう……」
「そのままの意味だ。
俺は詞ちゃんに逆らえないし、
詞ちゃんの言うことならなんでも聞くだけだから」
言っていることは
あまり格好がつくものではなかったけれど、
潔さが彼を格好良く見せた。
しかしさきほどロッカーで
靴を履き替えているのを見た限りでは……
「……涼太先輩って三年生ですよね。
なのにどうして年下の鴻上先輩の――」
「それは秘密……
ただ、一つ教えておいてあげるよ。
詞ちゃんは、
上手くやれば逢坂くんの心強い味方になってくれる」
(あの小五月蝿い風紀委員長が??)
「あの風紀委員長が?
みたいな顔してるね、
まあそう思うのは仕方ない。
でも、俺は逢坂くんよりも
長く彼女と一緒にいるから、これは確かな情報だ」
「そう言われてみればそうですよね。
分かりました、ありがとうございます!」
「それじゃ、理想の兄捜し頑張って」
ひらりと彼が手を振る頃にはもう駅に着いていた。
ここでお別れだ。
「はい、ありがとうございます。
さようなら」
丁寧に別れを告げた有心は踵を返して、家路を辿る。
「あーあ、もしかしたらって
思ったんだけどやっぱりダメだったか……」
自転車を漕ぎがてら、有心は独りごちていた。
今日の結果を顧みて、少しばかり悔いてしまう。
(だけど、これで良かった気がする。
僕はまだ理想を追い求められる。
妥協していい部分と譲れない部分に気付けたから)
そうして有心はいつ出逢えるか分からない
兄を想像しては、胸を焦がしていた。




