****どうして****(6)
翌日の土曜日、午前十時。
有心は息を切らして、汗を滴らせ、
鴨野家の前に立ち尽くしていた。
「どうして時間と場所指定してくれなかったんですか、
センパイ……」
つまりはそういうわけだ。
明日も会ってと言われたはいいものの、
時間と場所の指定はされておらず、連絡手段もない。
となれば、常識的に考えて
最適と思われる午前十時頃、
家に向かうべきだろう
――そしてそれに気付いたのが今朝で、
慌てて家を飛び出して今に至る。
「と、とりあえずインターフォンを鳴らそう……」
ピンポーン。
(あ、今さらだけど
ご両親が出る可能性考えてなかった。
どうしよ……ええととりあえず…………)
ガチャリ、と玄関の戸が開く音がする。
有心は確かめるよりも早く、
思い切り頭を下げていた。
「は、はじめましてっ。
逢坂有心と言います、せ、センパ……
僕は玉響さんの後輩で、
勉強を教えていただく約束をしていたので
伺わせていただきました!!」
少々固すぎただろうかと
思いながらも有心は顔を上げられない。
未だに返答のない相手の顔を見るのには
かなりの勇気が必要だったからだ。
しかし少しして、
頭上から堪えきれないと言わんばかりに
ふっと吹き出した笑い声が聞こえてくる。
「いやぁ、有心は本当に最高だね。
萌え萌えきゅん、だよ」
その声は確かめるまでもなく玉響のもの。
面を上げてみると、
口元に手を添えて
にまにまと笑う玉響の姿があった。
しかし有心の意識は顔よりも他のところにある。
水面を映したように淡い水色のワンピースに、
肩を覆う白いショールは
彼女を淑女のように仕立て上げる。
あまりのギャップに有心は言葉を忘れていた。
しかしそれに気付かない彼女はぺらぺらと話を続ける。
「昨日あのあと、
時刻と場所を指定し忘れたから、
来ないんじゃないかって心配してたんだよ。
だから、あなたが来てくれてとっても嬉しい。
それに……さっきの台詞、
彼女の家に遊びに来た彼氏くんっぽくて、
可愛かったしね」
てへとはにかむ玉響を見て、
有心は何かに突き動かされていた。
「あのセンパイ、そのふ……」
「あ、そうそう!
今日は結構過密スケジュールだから
さっさと上がってもらわないと。
有心、早く上がって上がって」
腕を引かれてたじろぐ有心は
己の不甲斐なさを悔いていた。
センパイ今日の服
似合ってますよって言いたかったのに、と。




