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悪役令嬢は王子様を御所望です  作者: 茗裡
第三章 正編
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39話 贈り物


突如降り注ぐ瓦礫。

体調の不良により反応が遅れてしまった。

瓦礫は水の防壁では防ぎきれない、私は蹲ったまま両手で頭を抱えた。

だが、一向に衝撃は来ない。

不思議に思い顔を上げると氷で出来たかまくらのようなものが私を覆うように造られていた。


「お嬢様!ご無事ですか!」


入口付近にはサビーヌが立っていて降り注いだ瓦礫を全て豪打によって粉々に粉砕した残骸がそこかしこに散乱していた。

サビーヌは私を振り返り一瞬驚いた後に安堵の息を吐いた。


「私が駆け付けなくても問題無かったですね」

「そんな事ないわ。それよりもサビーヌ、貴女聴覚視覚声帯が戻ったのね」

「瓦礫が崩れたと同時に敵が目の前から消えたのです。その瞬間失っていたもの全てが機能するようになり、お嬢様の頭上に瓦礫が迫っている時には一瞬肝が冷えました」

「敵が離れた事によって能力が解除されたのかしら?だけど、貴女も無事で良かったわ」


何はともあれ、サビーヌが無事で本当に良かった。


「ジル様は!ジル様はご無事?」


私を覆うように作り出されたかまくらはジル様の能力だ。

あの一瞬で私と自分の身を守るのは難しいはず。それに、ブリゲゴールとの戦況も気になる。


「俺なら心配ない」


かまくらの入口を塞いでいたサビーヌが横に退いて視界が開ける。

傷一つ負うことなく此方に向かって来るジル様の姿が目に入った。


「ルイーズ嬢、君は無事か?」


ジル様が目の前で片膝をついて此方に片手を伸ばす。

私は差し出された手を無視してジル様に抱き着いた。首裏に腕を回して肩口に顔を埋める。


「ご無事で…何よりです。ジル様に何かあったらと思うとわたくしっ……」

「ルイーズ嬢…」


怖かった。

ジル様はブリゲゴールに負けてない戦いぶりであったが、敵は手を抜いていたのは一目瞭然だった。

ブリゲゴールの実力はあんなものでは無いだろう。

ジル様にもしもの事があれば私は耐えられない。

彼が怪我を負った姿を見ただけで頭が真っ白になって自分を見失った。

身体が毒に侵されていなければ、我を忘れてブリゲゴールに突っ込んで行っていただろう。


「ハッ!そうだわブリゲゴールは」

「彼なら上にいる」

「って、ひあぁぁ。わ、わわたくしはなんてはしたない事をっ!申し訳ございませんっ」


敵の存在を思い出し顔を上げてブリゲゴールの姿を探す。だけど、ブリゲゴールの姿は無かった。

すると、すぐ耳元で愛しい人の声が聴こえて我に返り慌てて身体を離す。


「おい!てめぇ、いい所で邪魔してんじゃねえよ!」


赤く染まる頬を抑えていると上空の方から声が降ってくる。

顔を上げると、かなり上空の方にブリゲゴールと珍獣の姿があった。珍獣の姿は猿の顔、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇。鵺と呼ばれる姿形をしていた。しかも、体長は恐らく五メートルにも及ぶ大きさだと推測出来る。

蛇の形をした尾がブリゲゴールの身体に巻き付いて捕えられていた。

サンエンと呼ばれた三人も気を失って鵺の背中に乗っている。

あの一瞬で四人も回収する身のこなし。只者では無い。


「No.6聞いているのか!てめぇ、溶かされてぇのか!」


喚くブリゲゴールを無視して鵺の姿をした珍獣は上空から私達を見下ろす。


「貴方は…」


サビーヌが目を見開いて一歩前に出る。

その時、蛇の頭がブリゲゴールの懐から何かを取り出し此方に向かって投げた。

投げられた物体はサビーヌの手元に落ちる。

渡された物体は注射器だった。


「これは…解毒剤!?」

「貴様!裏切ったのか!」

「既に別の依代候補を手に入れた。全世界に散っている仲間にも撤退命令が出ている。次の段階に移るとの御達しだ。」

「……ちっ、」


依代"候補"?

鵺の言葉に先程まで喚いていたブリゲゴールは悪態吐きながらも大人しくなった。


「そこの娘は始祖様の依代候補である。死なれては困る。今日のところは引き下がるが何れまた相見えよう」


鵺の姿を黒煙が覆った。

黒煙が消えた時には満天の星空が上空には広がり敵の姿は既に居なくなっていた。

それにしても彼等は何だったのか。

誘拐事件ではこんなくだりは一切無かった。いや、誘拐事件も黒幕は別にいたが、ゲームでは未だその黒幕を突き止めることは出来なかった。

三章以降の物語を私は知らない。

もしかして、彼等は三章以降に関わって来る人物なのだろうか。

二章で登場する人物が一章が終わる前に介入するというイレギュラーも起きている。誘拐事件でもブリゲゴールなんていう強敵は出て来なかった。

黒幕は別にいたが、主犯は盗賊団の犯行であったはすが此処でもシナリオが大きく変わっている。

この世界は大きな番狂わせがあった時点で既に私が知っている物語の世界では無いのだと気付いた。


「どう、して…」


私はただ、ジル様と共に居たいだけなのに。

彼と普通の恋愛がしたいだけなのに。


依代だか依代候補だか知らないけど彼等に目を付けられた事だけは分かる。


「お嬢様?」


サビーヌの声が遠くに聞こえる。

目の前がぼやけて朦朧とする。


「ルイーズ嬢」


ジル様の心配そうな声が聞こえる。

グラリと身体が傾く。

目の前にいたジル様の表情が驚きに満ち双眸を見開く。

如何されましたか?

そう問い掛けようとするも口からは一言も言葉が紡がれる事は無かった。

私の意識は此処で途絶えた。




◆◆◆


夢を見た。とてもとても悲しい夢。

王妃であるエヴリーヌ様が亡くなって、最愛のスタン様までもが亡くなったという訃報が届く。

だけど、何故かスタン様が生きている事を知っていた私は西の森へと逢いに行く。

そこに居たのは、スタン様であってスタン様では無い人。ジェルヴェールと名乗るスタン様によく似た少年に出会うの。

ジェルヴェールという少年は実はスタン様で彼は記憶喪失になっていた。


思い出して欲しい。


その気持ちを押し殺し、彼に何かを渡して私は帰ることにした。その日の夜、涙が止まらなかった。

それから、彼に渡した物を通じて彼の元に行き来するようになった。

記憶を失って私の事は覚えていなかったけど、彼と会えるのはとても嬉しかった。至福のひとときだった。

だけど、それも長くは続かなかった。

彼との別れは存外にも早く訪れた。

次に彼と会えるのは六年後だと私は言う。


六年も待てない。

折角彼に会えたのに如何してまた離れ離れになってしまうの。


幾ら、心の中で叫んでも無情にも時は刻み彼とのお別れが近付く。

ジル様と会っていた一年はあっという間だった。


なのに、ジル様と合わなくなってからというもの一日一日が長く感じる。



会いたい。会いたいよ。

会いたくて会いたくて、なのに貴方は何処にもいない。

寂しい。悲しい。

「ジル様」「スタン様」

何度も何度も声が枯れるまで貴方の名前を呼んだ。

目を閉じれば鮮明に貴方の姿が浮かぶ。

だけど、どれだけ手を伸ばしても掴めない。

目を開ければ、貴方がいない現実に直面して涙が溢れた。



届かぬ想いはないと信じて貴方を待つ。

じゃないと、今にも貴方への想いで押し潰されてしまいそう。

だから、どうかもう何処にも行かないで……



そう、願ったのに。



何で、何で彼は倒れているの?

ねえ、ライ。私よりもジル様を先に治してよ。

何で皆は泣いてるの?

心臓が止まった?

バカ言わないで。そんなことあるはずないじゃない。

やっと、やっとジル様と会えたのよ?

ジル様が死ぬはずない。

死んだら、今度こそ手が届かない場所に行ってしまうじゃない。

どれだけ待とうとも二度と会えないじゃない。


私は隣で目を閉じて眠るジル様へと手を伸ばす。

ジル様の手は酷く冷たくて体温が一切無かった。


うそ、嘘よ。

こんな未来有り得ない。

スタン様だけでなくジル様まで失うっていうの?

そんなの…

やだ。やだ。やだやだやだやだやだ。



「いやあああぁぁぁ」


はっはっ、と息荒く吐き出す。

上半身を起こし目を覚ました私の背中に手が添えられ上下に擦る。


「お嬢様、大丈夫ですか?夢見が悪かったようですが」


そこにはサビーヌがいた。

私はサビーヌに抱き着いて顔を埋めた。


「夢を見たの。とっても怖い夢。ジル様と会えなかった日々と以前ユメの予知夢で見たジル様がいなくなってしまう未来」


無意識に身体が震える。

怖くて怖くて堪らない。

もし、本当にこの世から彼がいなくなってしまったら私はどうなるのだろう。

彼が居ない世界を考えただけでも恐ろしい。

胸を切り裂くような得も言えぬ混沌とした感情が渦巻く。


「お嬢様、大丈夫です。ユメの予知夢はあくまでも予知です。対策を練れば避けられる未来でもあります」


サビーヌは優しい声で背中を摩りながら諭す。

サビーヌのお陰で昂った感情が落ち着きを取り戻す。


「ごめんなさい。取り乱してしまったわ」

「いえ、何時いかなる時も主人を支えるのが侍女の務めですので」

「ありがとう。」


サビーヌがいてくれて本当に良かった。

とても一人では耐えられなかった。今までも、何とか耐えてこられたのはサビーヌがいたからだ。

彼女と共に対策を練ることが出来たからこそ、無茶なことも実行する事が出来た。

彼女が大丈夫と言うのであれば大丈夫だ。

サビーヌの言う通り予知夢で見た未来を自らの手で変えてしまえばいい。

落ち着きを取り戻したところではた、とある違和感に気付いた。


「此処は…」


白を基調とした部屋はどう見ても自分の部屋では無い。


「病院でございます。誘拐事件があった日からお嬢様は一週間も眠られていたのです」

「一週間も!?」

「はい。このまま目を覚まされなければ如何しようかと私は気が気ではありませんでした」


サビーヌは酷く心配した表情をしていた。

よく見ると、目の下にクマまで出来ている。


「ごめんなさい。心配かけちゃったわね」

「い…え。お目覚めになられてようございました」


サビーヌは少し顔を背けて言う。

紡がれる声音が少し震えていたから相当心配をかけてしまったようだ。


「旦那様と奥様達にご連絡をして参りますね」

「あ、サビーヌ、それはちょっと待って頂戴。お父様とお兄様達への連絡は明日にしてくれるかしら」

「承知致しました。では、奥様だけにご連絡して参りますね」


私の言葉の意味を瞬時に理解したサビーヌはクスリと笑って了承の意を示し、お母様に連絡を取る為部屋を出て行った。

お父様とお兄様、特にマティ兄様が来れば騒がしくなるのは目に見えている。

お母様は仮眠を別の部屋で取っていただけらしく、サビーヌと共に直ぐに姿を現した。


「お母様、ご心配をお掛けして申し訳ございません」

「無事に帰って来て、無事に目を覚ましてくれただけでもう何も言うことはないわ。」


お母様の目の下にも濃いクマが出来上がっていて病室に入るなり、キツく抱き締められた。

サビーヌと一緒にずっと付きっきりで看病してくれたのだろう。

前世を思い出した時といい、本当にお母様には迷惑ばかりかけている気がする。


「あ、そういえばルゥが眠っている間にソレンヌちゃんとエドちゃんにドナシアン殿下や留学生の方々がお見舞いに来て下さったのよ」

「見舞いの品々が他の方々からも届いております」


サビーヌはそう言うと十六畳はある広さの部屋の半分を埋め尽くす品々を指した。

貴族関係者や学園の方達からの贈り物らしい。

留学生の方々からはフルーツバスケットを置いて行ったと言うことで横の床頭台の上に置かれていた。

バスケットの横に何かが置かれているのが目に入った。

それを手に取ってみると菫と青のパワーストーンが繋ぎ合わされたブレスレットだった。

王都巡りで私が買おうか迷っていて購入を決意した時は、既に売れ切れてしまった物と全く同じものだった。


「あの…これって何方の忘れ物?」


私は手に取ったブレスレットをサビーヌとお母様に見せて問う。

可能性とすればお母様だろうか。

青と菫色が含まれるブレスレットなんて、私と同じアクアマリンの髪と菫色の瞳を持つお母様しか考えられない。


「さあ、誰のかしらね?」


だが、帰って来た答えは予想外の反応だった。

お母様の物でもない。

とすれば、あとは此処に見舞いに来た人に限定されるのだが。


「お嬢様、それは落し物ではなくてもしかして贈り物では御座いませんか?身に付けているものを態々外して床頭台に置くとも考えられません。それに、菫色を持つのはお嬢様だけですのでお嬢様宛の贈り物で間違えないでしょう」

「贈り物?で、でも何方が…?」

「何方かは存じませんが、直接お渡しするのが恥ずかしかったのでは無いですか?」

「あらあら、随分とシャイな子なのね。折角だからルゥ、貰ってあげなさい。それと、シャイな子ならあまり言及もしない方がいいわ。それとなく、腕に付けてあげれば贈り主も喜ぶと思うわ」


サビーヌとお母様の言葉に思い浮かんだのはジル様の姿だった。

菫色に青色というと私とジル様の瞳の色。

デジレ様も薄い青色の瞳をしているが、婚約者でも無い令嬢に殿下である人が安易に贈り物をする事は考えられない。

可能性があるとすればジル様しかいない。

そういえば、エドとレオポルド様が戻って来た時に直ぐに戻っては来たもののジル様の姿が無い時があった。

その時に買ったのだろうか。

私とジル様の瞳の色が入ったブレスレット。

何の為に?元から私に贈るつもりで買ってくれたのだろうか?

自惚れは良くないと分かっていながらも、思考は自分にとって都合がいい方へと向かって行く。


嬉しい。


ジル様からの贈り物だと思うと、一瞬にしてこのブレスレットが宝物へと変わった。

私は早速ブレスレットを付けてみた。

二人の色が入った装飾品を身に付けることが出来る事が嬉しい。

もし、深く突っ込まれても幸運のストレンジが付与されている事と自分の瞳の色が入っている事を理由にする事が出来る。

その日一日、頬が緩みっぱなしだったが、珍しくサビーヌから突っ込まれることは無かった。


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