37話 No.5の男
錆びた金属音が遠くで聞こえる。
また、誰かが来たのだろうか。すると、部屋主の男は私の元に来てくつくつと喉を鳴らして笑っている声が僅かに聞こえた。
その直後。
「お嬢様!!」
開かれた扉から気配が二つ。
よく耳に馴染んだ声が遠くで聞こえた気がした。
もしかして、サビーヌなのか。
来てはダメ!
そう声を発しようにも声を失った口ははくはくと唇を動かすだけ。
隣の男の能力は分からないが何かすごく嫌な気配がするのだ。男の殺気が膨大する。
防衛本能で臨戦態勢を取ろうとするも、能力を封じる鎖に身体の自由が効かず冷や汗が肌を伝う。
──────────────
ジェルヴェールとサビーヌは入って直ぐに一瞬足を止めた。
殺気でお出迎えとは随分と粋な計らいをしてくれる。
二人は即座に戦闘態勢を取った。
「ここまで来るとは流石に思わなかったよ」
敵はゆったりとした口調でそう言うものの、全く持って隙がない。
「私が行きますのでジェルヴェール様はお嬢様をお願いします」
「待て──」
サビーヌはそれだけ言うとジェルヴェールの制止も聞かずに敵に突っ込んで行く。
突っ込んだ勢いで捲れたスカートの下には太腿に暗器が仕込まれており、暗器を指の間に挟んでルイーズの隣にいる男に向かってソレを投げる。
「サンエン」
男に暗器が届く前に三人の人影が音もなく天井から降り立ち、暗器を弾く。
サビーヌは一つ舌打ちをするも、そのまま新たに現れた敵の元へと突っ込んで行った。
キィィィン───────
金属音が響く。
サビーヌはダガーを片手に敵と衝突した。
「くっ…」
此処で、サビーヌに誤算が起きた。
後から現れた三人に妙な違和感を感じていたが、この一撃で敵を薙ぎ倒し、ルイーズの隣にいる男の元まで一気に行くつもりだった。
しかし、サビーヌの攻撃は止められた。
残りの二人がサビーヌに襲い掛かる。
一度に二人の動きを止める事は可能だが、そうなるともう一人が自由となる。
サビーヌが一度彼等と距離を取るかと考えた時。
頭上から複数の氷柱が襲いかかって来た二人の敵の前に落ちて来た。
敵はスレスレでそれを回避する。
直径三十センチはあるであろう太さの氷柱。
一瞬にしてこの大きさを作れるのは一人しかいない。
「一人の女性を複数で襲うとは関心しないな」
鋭い視線を敵に向けるジェルヴェールだった。
「ヒュー。かっこいい。だが、女子供だろうと関係ねぇ。俺に楯突く奴は全員殺す」
「…下衆が」
男の言葉にジェルヴェールは嫌悪感を露わにして吐き捨てる。
しかし、男は意に介した様子もなく口元には薄い笑みを浮かべた。
「良いのか?早くしないと囚われのお姫様はいつまで経っても助け出せないぜ」
男は挑発するようにルイーズの顎を掴み頬を指で押し潰しながら頬を擦り寄せる。
それをルイーズは首を激しく振って抵抗するがあまり意味をなさない。
その瞬間、ジェルヴェールの瞳には獰猛な闘志が宿った。
「言われなくてもっ」
腰に差した剣を抜き強く地を蹴った。
サンエンと呼ばれた三人の敵はサビーヌが引き付け、ジェルヴェールの元に行くのを阻止している。
サビーヌが作った大将の元に続く道。
ジェルヴェールは真っ直ぐにルイーズの横に立つ男に剣を突き出し突っ込んだ。
男は突き出された剣を避けること無く、片手を迫り来る剣の前に突き出す。
男の手と剣先が触れた。
ジュッ
剣の先が無くなっていた。
否、切先から中腹に掛けて剣身が溶けていた。
男の能力は酸であらゆるものを溶かす。
「あーらら。剣が使い物にならなくなっちまったなァ」
「問題無い」
「ほお?」
男は余裕綽々とした笑みを浮かべた。
だが、ジェルヴェールはそれを一蹴した。剣が使い物にならなくされたというのに表情一つ変えないジェルヴェールに男は興味深そうに声を上げた。
「お前は既に捕らえた」
ジェルヴェールはグンっと男に更に近寄ると剣の柄から手を離し男の顔を鷲掴みにして、頭部と足元から男を氷漬けにした。
男は一瞬にして氷に全身を覆われた。
ジェルヴェールは男が動かなくなった事に一つ息を吐いてルイーズに向き直った。
「ルイーズ嬢。無事か」
ジェルヴェールはルイーズの無事を確認して今度は安堵の息を吐く。
鎖で繋がれた姿にジェルヴェールの眉間に皺が寄る。
女性相手にここまでするとは何処まで下衆な奴等なのだと。
ジェルヴェールはルイーズの鎖を解き解放する。
「ルイーズ嬢、怪我は無いか」
ルイーズは此方を見つめている。
だが、その瞳には輝きが無かった。
此方を見つめているのにジェルヴェールを映していない。
ルイーズの手が伸びる。
その手は、ジェルヴェールの頬へと触れた。
「るい──」
「ジェルヴェール様!敵に視覚、聴覚を──」
不思議に思ったジェルヴェールがルイーズの手を掴み問いかける前に、未だ戦闘中だったサビーヌが声を張り上げた。
しかし、その声は途中で途切れる。
サビーヌから声が消えた。
どうしたのかとサビーヌの方を振り返るとサビーヌは敵の攻撃を交わしながら、唇を動かし何かを言っているが声が聞こえない。
その異常な現状をすぐに理解したジェルヴェールはルイーズに向き直った。
「ルイーズ嬢。俺が見えるか?俺の声が聞こえるか?」
「…っ、…っ」
ルイーズは光を宿さない目でジェルヴェールを見つめたまま唇を動かす。
しかし、それはハクハクと息が漏れるだけで音を発さなかった。
「まさか、声までっ」
「ああ、その通りだ。此奴は視覚、聴覚、声を失った」
「ぐぁっ…」
ルイーズの様子にジェルヴェールは驚愕に目を見開く。
その直後、男の声が聞こえ振り返る直前ジェルヴェールの喉に何かが触れた。
ジェルヴェールの首に触れたのは男の手でジェルヴェールの皮膚が酸で溶ける。
「げほっ…がっ…」
苦渋に顔を歪めるジェルヴェール。
男を振り払う為男の腹部に肘鉄を食らわせるも不発に終わった。
「氷と酸は相性悪いな。一瞬ヒヤッとしたぜ。それに溶かすのに時間かかっちまった」
男はジェルヴェールからすぐに距離を取り、手をグッパと握ったり開いたりして感覚を確かめる。
無傷のままの男は今までよりも深い笑みを浮かべた。
「面白い。さあ、殺り合おうぜ。その女も返して貰わねぇといけないしなぁ」
男の闘志が漲る。
「俺を一瞬でもヒヤッとさせた褒美だ。俺の名前を教えてやる。俺はNo.5のブリゲゴールだ。」
好戦的な笑みを浮かべるブリゲゴール。
ジェルヴェールは喉元を抑えながらルイーズを背後に隠す。
「ははっ。いいねぇ。お姫様を護るナイト様ってか?」
ブリゲゴールが動いた。
それに合わせてジェルヴェールは氷の杭を飛ばす。
しかし、その全てを避けられたり溶かされたりしてブリゲゴールには届かない。
ジェルヴェールは氷の剣を作り出し突進して来るブリゲゴールを迎え撃つ。
「ははは。いいぜいいぜ。最高だ。お前の剣が俺の心臓に届くのと俺がお前にトドメを刺すのどっちが早いか」
氷の剣はブリゲゴールに切り傷を作っていく、だが、その瞬間に溶かされ深く傷付けることが出来ない。
氷を溶かされてはすぐに修正するの繰り返しだ。
ブリゲゴールは素手での応戦で氷の剣を溶かしながらジェルヴェールに向けて手を伸ばす。
しかし、それを氷の剣の剣身で受け止められ両者凄まじい攻防が続いていた。
そんな中、ブリゲゴールの横っ腹を大量の水が直撃した。
攻撃をしたのはルイーズで目を吊り上げて両手を前に翳し続けてブリゲゴールに水泡を放つ。
突然の横槍にブリゲゴールは額に青筋を浮かべ、立ち上がる。
「やってくれるじゃねぇか。女ァァァ」
ブリゲゴールの怒声が部屋に響き渡った。




