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悪役令嬢は王子様を御所望です  作者: 茗裡
第三章 正編
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36話 サビーヌの本音


ジェルヴェールとサビーヌは来た道を戻り西棟とは反対の東棟へと駆けた。

途中、デジレやポール達のいる道を通ったが、何故かポールと二人の少女は本当に遊んでいて残った他の者達はかなり疲弊しているようだった。

建物が崩壊する音がしていたのは全て総帥側の方だったようで、何をしているのかと思っているとジェルヴェール達が向かって来るのに気付いたポールが少女を砲弾投げ宜しくぶん回しながらジェルヴェールとサビーヌに声をかけた。


「お前達何処に行くんだ」

「ルイーズ様の姿がなく、捜索に向かう最中です」

「おー、そうか。東棟に行くなら気を付けろよ」

「……失礼致します」


ポールの問いにサビーヌが簡潔に答えると、状況を察したポールは深く追求すること無くサビーヌ達を直ぐに解放した。

ポールの忠告に一瞬サビーヌが纏う空気が変わったが直ぐに頭を下げて再び駆けて行った。


ジェルヴェールはサビーヌの速さについて行くのがやっとであった。

ジェルヴェールは七歳から陰影として、育てられた。その為、それなりにストレンジの能力だけでなく、身体能力もかなり高い方だと自負していたがそれは井の中の蛙であったことを痛感する。

サビーヌに追い付くどころか差は広まるばかり、時折、サビーヌがジェルヴェールの気配を察して速度を落としていることに気付いた。

ジェルヴェールにとっては最大の恥辱である。

しかし、今は己の力不足を嘆いている時ではない。

一刻も早く、主の元へ向かいたいであろうサビーヌにジェルヴェールは先に行くように促したがサビーヌは頑として首を縦に振らなかった。


「お嬢様がお待ちしているのはあなたの助けです。どうか、あの御方を…ルイーズお嬢様を救って下さい。」


サビーヌはルイーズが子供の頃から仕えてきた。

今やルイーズがサビーヌに向ける信頼は誰よりも厚いものだろう。二人の絆は鋼鉄よりも硬いとサビーヌ自身自負している。

実際、その通りで家族にも見せない弱い部分をルイーズはサビーヌの前だけではさらけ出す。

しかし、サビーヌはルイーズが弱音だけは吐かない事にずっと前から気付いていた。

記憶を失ったスタニスラスがジェルヴェールと名前を変えて出会ったあの日。

ルイーズの心情はどれ程の渾沌とした感情が入り乱れていただろうか。

サビーヌの前で泣いたのはあの日、一度きりだ。

それどころか、当時まだ齢八歳という幼さでありながら感情を押し殺して泣く姿にサビーヌは胸を痛めていた。

ルイーズが人前で感情的になって泣くことはない。

ルイーズがまだ七歳だったある日、彼女の中で何かが変わった時から元々聡明であった少女は大人びた雰囲気も醸し出すようになって、弱さを人前では決して見せないようになった。


「お嬢様を色んな意味で助け出せるのはジェルヴェール様。貴方様しかいらっしゃらないのです」


ルイーズといる時以外は決して表情を変えないサビーヌが僅かに眉宇を寄せた。


「何故…俺なんだ?ルイーズ嬢は恐らく俺よりも貴女を信頼していると思うが…」


ジェルヴェールは全速力で駆けながらサビーヌに問う。


「貴方様より私の方が信頼されているのは当たり前じゃないですか」


サビーヌ唾棄する者でも見るような目でジェルヴェールを一瞥するとボソリと呟いた。


「無礼を承知で申し上げさせて頂きますと、私は貴方様のことが嫌いです。ですが、貴方様は我が主にとって大切な人。この意味、聡明な貴方様ならお嬢様の貴方様に対する態度からも容易にお察し出来ますよね」


サビーヌはルイーズの専属侍女として仕えるようになって、決意したことがある。

初めは、海の女神と比喩される母親を持つルイーズは例えるならば海の精。

愛らしい主人に専属として仕える事が出来た上に、己よりも強い力を持つ主人が出来た事にサビーヌは歓喜した。

ルイーズは愛する人の為に一生懸命で、傍から見るとただの執着でしかないだろうが、これ程までにルイーズに愛されるジェルヴェールにサビーヌは少なからず嫉妬した。

しかし、愛する人と共にいることこそがルイーズの幸せ。サビーヌはそれを理解していた。

だからこそ、ルイーズの恋を応援し、命を懸けて身体は小さくも誰よりも強い力を持つルイーズを、何者からもお守りするのだと誓った。

ルイーズと共に幸福の時間を歩む者が現れるまではと──


「……。貴女も…その、知っているのだな」


ジェルヴェールは、いつもルイーズの後ろに控えるサビーヌが向ける眼差しに気付いていた。

サビーヌは平素無表情であるが、ジェルヴェールを見る瞳は何処か責め立てるような目をしていた。

それが、仕える主人の気持ちをサビーヌも知っているのだとすれば向けられる眼差しにジェルヴェールは納得がいった。

八歳の時。初めて、西の森で出会った日からルイーズは真っ直ぐにジェルヴェールに想いを伝えていた。

十五歳となり、六年もの期間が空いていようともルイーズが己に対する気持ちが変わっていないことにあの日、自分がダルシアク国の第一王子であると思い出した時に知った。


ジェルヴェールもまたずっと思い悩んでいた。

真っ直ぐに想いを伝え、ジェルヴェールが話し掛けると心底嬉しそうに顔を綻ばせて言葉を交わすルイーズを可愛いと思う自分がいる事に気付いた。

しかし、何故だかルイーズの顔を見る度に胸の奥に針が刺さったような痛みが時折走る。

彼女が向けている笑顔は、彼女が本当に想いを伝えたい相手はジェルヴェールである自分と、第一王子であった自分、何方なのだろうかと思い悩むようになった。


「…今はお嬢様を助け出す事に集中致しましょう」


サビーヌの言葉に我に返ったジェルヴェールは顔を上げると、此方を振り返りながら走るサビーヌと目が合った。

ジェルヴェールは無言で頷いて返すと、彼女は前を向いて走り出した。

ジェルヴェールは腰付近のポケットに入れたままになっているあるものに意識を向けた。

ポケットの中に入っているのは、青と菫色のパワーストーンが連なったブレスレット。

王都巡りをした日、ルイーズが熱心に見つめていたものだ。

ジェルヴェールは誰にも気付かれないようにそのブレスレットを購入した。だが、彼はこれをルイーズに渡す気は無かった。あの日、身体が勝手にブレスレットを持って会計に向かっていたのだ。

我に返った時には、そのブレスレットはジェルヴェールの物となっていた。

彼は、ルイーズにブレスレットを渡すわけでもなく彼女がくれたペンダントのように毎日持ち歩いていた。


「まだ…彼女の気持ちには応えられないが…彼女を救い出すことが出来たその時には、コレを渡そう。」


彼女は受け取ってくれるだろうか、喜んでくれるだろうか。

幸運のストレンジを持つ職人が力を付与したブレスレット。彼女を守る為の少しもの力となればいい。

このブレスレットをルイーズに渡す為にも一刻も早く彼女を助け出そうと、目の色を鋭利なものへと変えてサビーヌの後に続いた。



東棟は漆を塗ったような闇が続いていた。

今までいた西棟とは全く違った雰囲気を放っていた。

その中を進むジェルヴェールとサビーヌ。

二人は行き止まりとなった目の前には如何にも訳ありといった感じの重圧感漂う大きな扉が佇む。

その中から、大きな力を感じる。

ナンバーを名乗っていた者達と同じかそれ以上の気配。

扉は錆びた音を通路に響かせながらひとりでに開いた。


「ここまで来るとは流石に思わなかったよ」


部屋の中には、鎖で何重にも椅子に拘束された状態のルイーズとその椅子に凭れながらルイーズの頬から顎にかけて撫でる男の姿を上の方に嵌め込まれた窓から射す月の光が二人を照らしていた。

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