3話 シスコンブラザーズ
私はグエンお兄様に抱っこされながら突如部屋に奇襲を起こした元凶へ冷たい視線を送る。
今、私を抱き上げ助けてくれたのはグエナエル・カプレお兄様。カプレ公爵家の長男だ。
危機から救ってくれたのはラファエル・カプレお兄様。カプレ公爵家の三男坊。
そして、変た…ゴホン、失礼。
騒ぎの元凶。マティアス・カプレお兄様。カプレ公爵家の次男である。
「ルゥ、もう大丈夫だからね」
グエン兄様は安心させるように頭を撫でごく自然に私の頬へと口付けを落とすと次男のマティ兄様へと目を向ける。
「誰のルゥだって?」
その声は私に向けた柔らかい声音とは違い何トーンも低い声音で問いかける。
グエン兄様は表面はお父様の血を濃く継ぎ、茶髪に威厳のある凛とした佇まいの兄だが内面はお母様の血を継いで普段は穏やかだ。そう、普段は。
大事な事なので2回言います。
「それと、マティは嫌がるルゥに何をしようとしてたのかな?」
言葉の意味を理解させるかのようにゆっくりと紡がれる声音はその言動だけで威圧されている気分になる。
いや、実際威圧しているのか。グエン兄様の背後にも見えないはずの般若が見えます。
もうお察しの方も居るだろうがこの三人の青少年達は私、ルイーズ・カプレの実の兄で少々…いや、かなり……重度のシスコンである。
三男のラフ兄様も無口ではあるが先程からグエン兄様に抱かれた儘の私の頭をずっと撫でている。
「いくら兄さんでも教えることは出来ません。俺とルゥだけの二人の秘密ですよ」
「ラフ、やれ」
「……わかった」
グエン兄様とラフ兄様はまだ常識がある方だと思っている。多分。
問題は次男のマティ兄様だ。
先程は前世の記憶が蘇ったばかりの影響ということもありマティ兄様の性格をすっぽりと忘れていたのだが、ルイーズ第一でルイーズの言うことであればどんな事でもイエスマンになる。
三人共イケメンで普段は優秀で周囲からの評価も高いのに妹の事となると中身が凄く残念だ。
そんな三人の男児を持つ両親も言わずもがな周囲にも知れ渡る程の溺愛ぶりだ。
「え、ちょ。待て、ラフっ」
「……待たない」
前世を思い出した時は感情や思考が強く前世に引き摺られていたが徐々にルイーズと同調して来ているのが分かる。
ルイーズとしての記憶と前世の記憶が混ざった今、思うことはこの家族にしてあの悪役令嬢あり。ということ。
「グエン兄さんっっ」
「ルゥが嫌がることしたお仕置きだよ」
「……ルゥ可哀想」
使い方が間違ってるって?
そんな事はない。でろでろに甘やかされた結果が高い頭脳を持ちながら甘い世界にどっぷりと浸かり全てが自分の思い通りになるという甘い考えに至り、努力という方面には走らず自分で自分を甘やかす駄目っぷりの悪役令嬢へと変貌したのだから。
「ぎゃああああああああ」
さっきからうるさいなぁ。
不快感を顕にしながら思考の沼から浮上すると視線の先でマティ兄様が浮上しながら旋回していた。
マティ兄様は顔を青くして両手で口元を押さえぐったりとしてされるがままになっている。状況が掴めず取り敢えず彼がこのようになっている原因であろうラフ兄様を見やる。
ラフ兄様は人差し指を立ててくるくると指先をゆっくり回している。そして、その速さと同じ速度でマティ兄様もくるくると旋回している。
これは………
ラフ兄様の能力。念動力だ。
この世界、『ストレンジ♤ワールド』は剣と魔法の世界…ではなく、剣と超能力の世界が舞台となっている。
その為、超能力者が多数存在している。ストワの世界では超能力者はストレンジと呼ばれている。また、その能力も一纏めにストレンジと呼んでいる。
貴族の多くがストレンジ持ちで爵位が高位となるほどその力も強いとされている。
ストレンジはその人の器によって力が変動する。その為、10歳の子供が成人では無いとはいえ、人一人を持ち上げる事などかなり難しいのだがラフ兄様にとってはなんて事ないようだ。涼しい顔でマティ兄様を弄んでいらっしゃる。
ラフ兄様のストレンジは念動力で念動力とは対象に触れることなく念じる事で物体を浮かせたり動かす事が出来る。
「ラフ兄様、マティ兄様を降ろしてさしあげて下さいませ。グエン兄様もお仕置きはこのくらいでわたくしは十分ですわ」
「…………」
「ルゥは優しいなぁ。これでもまだお仕置きは足らないと思うけどルゥがそう言うならやめるよ。」
ラフ兄様は私の要望に無言で頷くとマティ兄様を床に降ろす。
グエン兄様はサラッと鬼畜発言したがスルーしよう。これ以上お仕置きが続くとマティ兄様の端麗なお顔から出て来てはいけないものが口から流れ出る可能性があるから止めて欲しい。イケメンのそれも実の兄の黒歴史となるであろう場面など見たくない。
それに、私とグエン兄様、ラフ兄様は今廊下に出ているからいいがマティ兄様がいる部屋は私の部屋なのだから何としても止めせないといけなかったのだ。
「ううっ」
未だ脳が波打つのか青い顔で蹲るマティ兄様に見ていられなくなりグエン兄様の服を引いて顔を見上げる。
「どうしたんだい?」
優しく問いかける声音と笑顔はとことん甘い。
「グエン兄様、わたくしを部屋に戻して下さいませ」
「まだ部屋に帰すのは危険だ」
「グエン兄様、今、すぐに、返して下さいませ」
意識して少しだけ目尻を上げて言葉を切ってお願いする。
すると、グエン兄様は渋々といった様子ではあるが部屋に戻してくれた。なのに、何故こうなった。
グエン兄様のストレンジは瞬間移動なので確かに私を一瞬で部屋に戻してくれた。しかし、グエン兄様とラフ兄様も伴って。そして、未だ私はグエン兄様の腕に抱かれている。
「あの、降ろし……」
顔を見上げると降ろしはしないとその目が如実に語っている。
即刻諦めた。もう、断られると分かっていてお願いするのも面倒だ。
「ラフ兄様、コップを取って頂けないでしょうか」
私は、寝具の横に置かれた机にある水差しと空のコップを指差す。
ラフ兄様はひとつ頷くと空のコップをふわふわと浮かせて私の目の前で動きを止めた。コップに手を翳して力を込める。
余談だが、私やラフ兄様のように手や何らかの動きを付けることによって力が安定するので子供のうちはストレンジを使う時は動作をつけることで補助的な意味を成す。大人になると補助無しでもストレンジを発動することが出来るようになる。
私が保持するストレンジは水だ。
まだ7歳ということもあり力は弱く目一杯力を込めないと水を作り出すことが出来ないがコップ半分くらいの水なら何とか出すことは出来る。
少しでも楽になるようにマティ兄様に水を差し上げたかったんだ。コップの半分くらいで良かったんだ。
今までならコップ半分でもそれなりに力を使って作り出していたので今回も同じ要領で目一杯力を込めた。
ドンッ─────
大きな音が邸に響き大きく揺れた。
私達の頭上には滝が現れて部屋にいた四人を飲み込んだところで私の意識は途切れた。