33話 ナンバー
ウゥゥゥウゥゥ───…
獣の呻き声のような音が聞こえる。
この音がサイレンだと気付いたのは2、3秒してからだった。
未だ、声も発せられなければ目も見えない。耳は微かに音が拾える程度である。
獣の鳴き声のような音が静まった時、重い扉が開く音が聞こえた。
扉から入って来た気配は真っ直ぐに私の方へと向かって来る。そして、私の目の前で足を止めた。
「あんたに朗報だ。お仲間が助けに来てくれたようだぞ。まあ、此処に辿り着く前に全滅だろうがな。あ?違うな。これだと朗報じゃなく悲報か。…と、言っても今のあんたには聞こえていないだろうがなぁ?くっ、クハハハハ」
部屋に入って来た人物は、私をこの部屋に閉じ込めた男だった。
男は私の顎を掴み耳元に顔を寄せる。首を振って抵抗するも、身体は拘束されている為激しい抵抗という抵抗が出来ずにいると男はそう耳元で囁いた。
男は私が微かにだが、音が聞こえる事に気付いていない。その為、未だ耳元で耳障りな笑い声を上げた。
私は男の方に顔を向けて男の顔があるであろう場所に噛み付く。
「うおっ、あっぶねーな。あんた本当に公爵家の令嬢か!?野生児じゃねぇか」
反撃は失敗に終わった。
此奴の顔に唾でも吐きかけてやりたい。
流石にそれだけは公爵家の令嬢としてやってはいけないと何とか思い留めたが、代わりに顔が勝手にケッと息を吐き出し悪態吐いた。そう、この顔が勝手に……。
「本当は公爵令嬢とか嘘だろこいつ」
男が悪態吐く私の顔を見て呟く。
令嬢は令嬢でも悪役令嬢なんで悪い顔は得意なんですよーだっ。と心の中で叫んでみる。
「だが、悪くない。令嬢と言うとすました態度だったり、親の威光にふんぞり返っている奴ばかりかと思っていたが、面白い。それに、顔も俺好みだしな」
そう言って、再び顎を掴まれ男の顔が寄る。
ぎゃああああ、寄るな触るな口臭い!!
…じゃなくて、私に触れて良いのはジル様だけなんだからね!!
足をじたばたとさせながら男の手から逃れようと上下左右に顔をぶん回す。
普段ならおすましモードで冷静に対処するが、視覚を失い声が発せられないのとストレンジが使えない所為だろうか。不安が胸を占める。
その為、男に触れられるだけでビクリと震える身体を誤魔化すように暴れるしか無かった。
そう言えば、男が私の仲間が来たと言っていた。
公爵家の令嬢二人に辺境伯の令嬢が一人捕まっているのだ。
救出に動くとすれば、中央騎士団とストレンジ騎士団だろう。それも、かなり精鋭揃いだと考える。
中央騎士団でも団長とまでは言わずも副団長のレオポルド様のお兄様であるポール様は出陣しているはずだ。
彼が出て来るならば、三十、否一時間以内にはソレンヌやエド達を救出してくれるだろうと推測する。
恐らく、今回のボスは目の前にいるこの男で間違え無いだろう。
私だけ一人別室に案内されたのと、"依代"という言葉から推測するに少なくとも今のところ私が殺される心配は無い。その上、この部屋に出入りしているのはこの男とサンエンと呼ばれる私の視覚、聴覚、声を奪った奴等しか部屋の中までは入って来ない。
時折、扉が開かれ人の気配を感じるが部屋に入って来る様子は一度も無かった。
恐らく、目の前にいるこの男はかなり強い。
他の者達とは纏う空気が違うのだ。
せめて、ソレンヌとエド、それから連れ去られた民達だけでも救出して欲しいと心の中で願った。
◆◆◆◆◆
サイレンが鳴るより少し前───
「エド!やめて。お願いだからもうやめて」
ガンッガンッ
と、鈍い音がある一室に響き渡っていた。
「ムダムダムダプー。諦めるっプー」
「お願い、エド。もう…やめて…っ」
ソレンヌが悲痛な声で懇願する。
「貴女の足が使えなくなってしまうわ!」
そう言って、ソレンヌはエドウィージュの身体を後ろから羽交い締めにして止める。
「離してソレンヌ!姐さんを助けに行かなくちゃ!!」
「だからぁー、ムダムダムダプー。って言ってるっプー」
「さっきからブーブーブーブーうるっさいな!そこのブー!少し黙ってろ!」
「ブーっておいらのことっプー?!」
ソレンヌとエドウィージュが目覚めたのは牢獄の中だった。
部屋の中心に置かれた牢獄は部屋の三分の二を占めており、中にはソレンヌとエドウィージュの他にも連れ去られたペルシエ領の民達が囚われていた。
目が覚めてからのエドウィージュはルイーズだけがこの場に居ないことに気付き、牢を壊して助けに向かおうとしたが、エドウィージュの強化のストレンジを持ってしても牢獄はビクともしなかった。
やけになったエドウィージュは何度も何度も牢獄を蹴ったり頭突きを食らわせるもヒビひとつ入ることはなかった。
それどころか、エドウィージュの脚には血が滲み、頭部からはたらり血が流れている。
それを見たソレンヌが止めに入るがエドウィージュは一向に止めようとはしなかった。
「だからさっきから言ってるっプー。それは、おいらが作った特注品の牢獄。どれだけ凄いストレンジを持っていても八割も力を削られれば人の力では鉄に適わないっプー」
そう口にするのは、ソレンヌ達が起きる前から牢獄の外に居た男である。
ボールのように丸い醜い身体に額には玉のような汗をかいている。
他にも物騒な凶器を持った男が四人牢獄を見張っている。
「おい、お前!ピッピコか人間か分かんない体型してる奴!私達と一緒にいたもう一人の女性を何処にやった。お前達は何が目的だ!」
「お、お前…さっきから酷いっプー。どっからどう見てもおいらは人間だプー!それに、お前達の仲間など知らないプー。おいらの所に来たのはお前とそこのあんただけだプー」
「くそっ、役に立たない奴だな。此処から出せ!」
「ダメダメダメプー。だけど…」
エドウィージュは柵に手を掛け丸い男に食ってかかるも、男は椅子に座ったままお菓子を頬張る。
そして、一度言葉を切るとソレンヌ方にチラリと視線を向けて立ち上がるとソレンヌの方に歩みを進める。
「あんただけなら出してやってもいいっプー。但し、条件付きだプー。おいらのお嫁さんになるっていうなら此処から出してやるっプー」
男はハァハァと気色の悪い息遣いと舐め回すような視線をソレンヌに向けた。
「ひっ」
その視線に恐怖に引き攣った悲鳴が短く上がる。
男の視線からソレンヌを守るようにエドウィージュが立ち塞がる。
「フウタ此処を開けて下さい。私です」
「おおおお帰りなさいっプー。い、今開けますでプー」
そこにタイミング良く部屋の外から声が掛かる。
部屋の扉は通常の扉とは違い、牢獄と同じような柵状になったもので部屋の外が見えるようになっていた。
そこには、女性と思われる人を俵担ぎで佇む男がいた。
「おや、ソレンヌ嬢とエドウィージュ嬢はお目覚めでしたか。丁度良かった。彼女とも仲良くしてやって下さいね」
後から現れた茶髪の男はソレンヌ達を見て人の良い笑みを浮かべるが、ソレンヌもエドウィージュも男に見覚えは一切ない為警戒心丸出しで睨み付けた。
「とは言っても、彼女はちょっと特殊なのであなた方のいる牢獄には入れられないんですけどね」
人の良さそうな男はそういうと見張りの一人に椅子を持って来るように指示を出し、用意された椅子に女性を降ろす。
連れて来られた女性は縄で縛られており布で口を塞がれていた。椅子に降ろされた女性の顔を見てソレンヌとエドウィージュは大きく目を見開いた。
椅子に縛り直されている女性はハニーピンクの髪色に甘い蜜を流し込んだような蜂蜜色の瞳をしていた。
ソレンヌにとっては忘れようにも忘れられない人物。
「ちょっと!いきなりこんな所に連れて来て何なのよ!折角のデートが台無しになったじゃないの!誘拐イベントは連休明けの学園に登校する時でしょう!!」
連れて来られたのはラシェルだった。
ラシェルは布が解かれると共に甲高い声を上げる。
「うーん。うるさい方ですね。もう一度口を塞いでて下さい。それと、貴女が何を言っているのか分かりませんが学園に帰れない事だけはお伝えしておきましょう。ああ、ソレンヌ嬢とエドウィージュ嬢もですよ」
男は指で耳を塞ぎながら見張りの男達に指示を出しラシェルの口を再び塞いだ。
そして、人の良さそうな笑みを浮かべてそれだけ言うと部屋から出て行こうとする。
「あ、おい待て!あんたがボスなのか!何が目的だ。私達をどうする気だ」
「そうだ!この煩い娘から実験台にするプーそれが、いいプー!ね、ひろ──」
フウタと呼ばれた男が目を輝かせて楽しそうにそう言って、部屋を出て行こうとした男に声を掛けた瞬間、フウタは壁に激突した。
「誰がその話をして良いと言いましたか?この場で死にたいのですか?」
「ご、ごめんなさい…プー…」
フウタは身動きが取れないのか、その場でじたばたと手足だけ動かして蒼褪めた顔で謝る。
「以後、気を付けて下さいね。それと、ナンバーのメンバーは番号で呼ぶように…」
「し、失礼致しましただプー。NO.12様」
茶髪の男は笑顔のままフウタを解放して部屋を出て行った。
「おい、ブータ。さっきの奴は何だ。」
「ブータじゃなくってフウタだプー!!」
「Foooooでもプーでもブーでも何だっていい。さっきの奴は何だ。実験台ってどういうことだ」
「お前、さっきから質問ばっかりでうるさいプー。だけど、いいプー。教えてやるプー」
フウタはエドウィージュの言葉に憤るも一つ息を吐いて心を落ち着けると得意気な顔で話だした。
「さっきの御方はナンバー持ちだプー。ナンバー持ちの方達は"始祖様"に特別に認められた方達なのだプー。そんじょそこらのストレンジ持ちとは違って桁違いの強さを持ってるんだプー。お前なんか一捻りだプー」
フウタはニヤニヤと嫌な笑みを向ける。
その時。耳を劈くようなサイレンの音が響き渡った。




