32話 鎖された廃墟
サビーヌは捜索範囲を拡げドビュッシーの三つ隣の町まで来ていた。
そこにマティアスから連絡が入り即座にドビュッシーへと向かった。
「熊のような大男がいるからその方と合流するようにとマティアス様から言われましたが…もしかして、あの方のことでしょうか……」
ドビュッシーの町は周りを森に囲まれている、そして町全体を見下ろせる少し小高くなった場所で鎧を着てマントを羽織った仁王立ちの体躯の良い男が一人立っていた。
「確かあの御方は、ラクロワ家の嫡子で中央騎士団副団長を務める御方だったはず。その方を熊のような大男呼ばわりとは……流石マティアス様ですね」
遠目からでも分かる重圧感。
こんな大物を「そっちに寄越したから合流して」の一言で済ませてしまう主の次兄には舌を巻く思いだ。
おいそれと、近付けるような御方ではないがこれ以上彼をお待たせするわけには行かない。
サビーヌはポールの斜め後ろに立つ。全力疾走をしたというのに彼女の額には汗一つ無く、また彼女がポールを見つけて彼の元に着くのに要した時間は十秒である。
「あんたか。マティが言っていたルイーズ嬢の侍女というのは」
「左様でございます、ポール・ラクロワ様。お初にお目にかかります、ルイーズ様の侍女をさせて頂いておりますサビーヌと申します」
ポールはサビーヌを振り返ること無く問う。
それに、深く頭を下げてサビーヌは応じた。
「マティにも言ったが俺に着いて来れないようなら置いて行く。足でまといになるならカプレ家に送り返す」
ポールはそこで漸くサビーヌを一瞥するも、殺気に似た気迫を醸し出す。
中央騎士団の副団長を務めるだけはある。一般人ならば、この重圧感に耐えきれずに萎縮してしまっていただろう。
「心得ております」
サビーヌは涼しい顔で顔色変えること無く返答した。
「ほう。随分と肝が据わった侍女だな」
ポールは顎に手を添えて興味深そうにサビーヌを振り返ったが、サビーヌは答えること無く軽く頭を下げるだけに留めた。
「俺は森の中を探す。あんたは町を回れるか。十五分後、此処で落ち合おう」
「畏まりました」
普通の人ならば、十五分で町全体を捜索など無謀だろう。まあ、森の中捜索となるとそれ以上の時間を要するが…。ポールはそれを分かっていてけしかけた。
しかし、サビーヌは戸惑う素振りもなく即答した。
カプレ家はとうとう侍女までもが規格外の人物を取り入れ出したのかと愉しそうな笑みを浮かべて、二人は各自捜索へと向かった。
十五分後──
二人は時間ピッタリに出会った場所に集結した。
「森に異常は無かった。そっちは何か見つけたか」
「はい。南西の集落から外れた場所に廃墟がありました。そこに、複数の人の気配を察知致しました」
ポールはサビーヌの報告を聞いて目を見張る。
此処から南西といえば正反対に位置する場所だ。馬車でも一時間はかかる。
サビーヌはそれをたったの十五分後で往復した事になる。だが、サビーヌは設けられた時間で町全体の捜索を終えていた。
「く、くくくっ。本当にカプレ家の連中は使用人までもが面白い」
ポールは興味深そうにサビーヌを見下ろした。
「だが、それよりもお嬢様方の救出が先決だな。応援を待っている暇はない。マティに連絡したら直ぐに救出に向かう。あんたはどうする」
「私も同行させて頂きます。主を救出し、お護りするのが私の役目でございます」
「いいだろう!ならば、着いて来い」
マティアスに連絡を取り居場所を報告すると二人は一瞬にして、その場から姿を消した。
純粋に身体能力が高い二人。傍目から走り去る二人を見ると何かが目にも止まらぬ速さで通り過ぎたという感覚だろう。人々に人だと認識出来ないほどの速さで二人は駆けていた。
二人は廃墟に辿り着く。
「こんな場所にこんな物があったとは…。おい、あんた。それよりも本当に此処に人がいるのか」
「はい。中にストレンジを持つ者が三十五、持たないものが二十といったところです。左最奥に二十人程ストレンジを持つ者が集まっており、そのうち五人は室内を動き回っておりますのでこの五人は見張りかと。お嬢様達も恐らく其方におられるかと思われます」
二人が廃墟へと辿り着くもそこには見張りも誰も人影は一つも無かった。
ポールは気配を探る。しかし、廃墟からも人の気配はしない。その事に訝しんで問い掛けたが、サビーヌは間髪入れずに答えた。
サビーヌの能力は人のステータスを見ることであるが、それは人物を目視しなければ表記されない。その為、誰がどのようなストレンジを保持しているのかは分からないが室内に居ても人数だけは確認出来る仕様である。
それは、ステータス同様何らかのストレンジで姿を見えなくして隠していようとも、サビーヌには全て人の位置を三角の矢印のような形で居場所を教える。一般人は白。ストレンジ持ちは赤色で表示される。
「あんた、透視か何かか」
「いえ、それとはまた違います。しかし、確実にこの中に人がいます。私も気配では察知出来ませんので恐らく、廃墟全体に結界が施されていると思われます」
「研究所一体を覆う程の結界の持ち主か。一筋縄では行きそうにねぇな。結界をぶっ壊しても良いんだが…それよりは解除出来る奴を呼んだ方がいいな」
ポールはそう言うと耳に嵌めた通信機のボタンを押した。
「アイロス団長、マティ聞こえるか。此方ポール、今ルイーズ嬢達が捕まってると思われる廃墟に到着した。建物全体を結界で覆われている。結界を解除出来るやつを寄越せるか」
《ポールさん、すみません。先程レナルド王子達をお送りしたばかりで転送装置の充填にあと二十分はかかります》
「おいおい、そんなに待てねぇぞ。ゲートかテレポート使える奴はいないのか」
《ドビュッシーまで直接行ける者は…すみません。グエン兄さんが戻って来れれば良いのですが、今避難させていた住民達の騒ぎを収めている最中でして…》
「敵に気付かれないように一部だけ穴を開けて貰おうと思ったんだけどな。それなら仕方ない。潜入がバレるが結界ぶっ壊していいな」
《アイロスだ。今、王子達をそっちに向かわせている。合流してからなら強行突破を許可しよう》
後方支援組と連絡を取り終えると同時に何も無かった空間にゲートが開き中から人が出てくる。
初めに姿を現したのは、中央騎士団団長でその後に五つ程ゲートが開かれレナルド王子や留学生達がドビュッシーに到着した。
ゲートを開く者の力の関係上、ドビュッシーに送り込まれたのは総帥や留学生他中央騎士団五人とストレンジ騎士団五人程度の人員であった。
「孫よ、待たせたのう。それにしても、此処の存在が敵に知られておったとは…。見つからんように、六十年前に結界を張って隠しておったがどうやら壊されてしまっとるようじゃの」
「何だ、ジジィ此処のこと知ってるのか」
「爺様と呼ばんか馬鹿者!」
総帥は誰の目にも映る建造物に双眸を細めた。
この建物に何かあるのかと総帥の様子から緊迫した空気を周囲は感じ取った。だが、そんな空気を打ち破る者が一人は必ずいる。
それが、総帥の孫にして中央騎士団副団長のポールだった。総帥はポールの脳天に拳骨を食らわせて手短にこの建物が過去何の場所であったのか説明がなされた。
「此処は元々、ストレンジを持つ珍獣を収容し実験を行っていた場所じゃ」
珍獣の研究など何処の国でも行われており、何ら不自然はない。
それなのに、何故六十年間も人の目から隠されていたのかがドナシアン含め留学生達は気になった。
「総帥。六十年前に何があったのですか」
ドナシアンが聞く。
「人体実験じゃ。珍獣が持つストレンジを一般人でも使えるようになるかどうかの実験が行われていた。それにより沢山の死者が出た」
「そっ、れは…珍獣と人間の造りは違うことは数百年前からストレンジを持たない老若男女問わず知っていること」
「それに、人体への負荷の掛かる研究は何処の国でも禁止されているはずではないのか!」
総帥の言葉にロランとデジレが食いつく。
八将が生きていた時代。各国で共通してつくられた法律が幾つかある。
その内の一つが、人を死に至らしめる程の実験の禁止である。
「王の目を盗んで行われていたのじゃよ。行方不明者が多く出るということで調査をしていて此処に辿り着いた。中は酷いものだったよ、人間と珍獣が一緒にされておったんじゃからな。」
そこで当時の総帥達が研究所に居た者達を捕縛し、研究自体を隠すために複数の結界師で場所が特定されないように隠蔽したはずだった。
「殆どの研究資料は持ち出し燃やしたとはいえ、全てでは無い。それに、ペルシエ領の民達もこの中に捕まっているとなるとただ、捕らえた者を収容するだけの拠点とはとても思えん。救出を急いだ方が良いじゃろう。突撃の準備は良いな」
総帥の言葉に各々の胸に嫌な予感が過ぎる。
そして、総帥の声に全員が頷くのを確認して総帥とポールは結界が張られた場所まで歩み寄ると力一杯拳を握った。
総帥とポールのストレンジは筋肉増強である。二人のストレンジは元々の鍛え上げられた筋力も合わさって、矢も刃も通さぬ程の筋肉であると言われていた。
二人は力を入れた瞬間上半身の筋肉が膨張し、着ていた衣服を破いた。
そして、渾身の力が込められた拳を総帥とポールが突き出した。
その瞬間、二人の拳が突き出したされた場所から空気にヒビが入る。徐々にヒビの枝が伸びていくとパリンッと音を立てて空気中で何かが割れる音がした。
次の瞬間。けたたましいサイレンの音が廃墟となった研究所に響き渡る。
「ゆくぞお前達!我らがお姫様達と民達の救出じゃ!」
「「「おおぉぉーーー!!」」」
サイレン音にも負けぬ総帥の掛け声に、後に続くもの達は声を上げて研究所へとルイーズ達奪還へと駆け出した。




