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悪役令嬢は王子様を御所望です  作者: 茗裡
第三章 正編
62/75

28話 及第点


真っ黒のペンキを塗り潰したような暗闇だった。

耳を澄ませるも耳の中に何かが詰まったような膜を張ったような感覚で人の声が酷く遠く何を言っているのかハッキリと分からない。

代わりに声を発そうとするも封じられて声を出すことも出来ない。



一人の少女を月の光芒が射していた。



見ざる聞かざる言わざる───────




*****



賊の襲撃から脱したエルヴィラとロマーヌは瞬間移動で王宮へと飛ぶが、結界に妨害されある塔へと辿り着いた。


「ここは…」


エルヴィラがロマーヌを護るように抱き締め辺りを見渡す。


「パリ殿下、ムニエ様如何なさいましたか!」


二人が王宮では無い場所に飛ばされたことに茫然としていると、一人の男性が慌てて駆け付けた。

彼は、エルヴィラとロマーヌがダルシアク国に留学し、国王の招聘を受けた際に王の側近としていた一人でストレンジ騎士団の団長だったはずだ。


「ここは…」

「ストレンジ騎士団の研究所です」

「そう…良かっ…」


肩で呼吸をしていたエルヴィラはストレンジ騎士団の団長の姿を認めると、ロマーヌから手を離して倒れた。


「エリヤ!エリヤ!」


ロマーヌが驚いてエルヴィラの体を揺する。


「ロマーヌ殿下、揺さぶってはいけません。恐らく、エルヴィラ嬢はストレンジを使い過ぎたのでしょう。少し休めば目を開けます」


王都から近いペルシエ領とはいえ、距離としてはかなり離れている。

それをエルヴィラ嬢は経由無しで直接王宮にまで瞬間移動をしていた。その為、彼女の中にあるストレンジを全て使い切ってしまった為に倒れたのだ。


「手が空いている者は早急に宰相に連絡を取れ。それと、ムニエ嬢の婚約者のパスマール様にもだ」


ストレンジ騎士団団長であるアイロスはエルヴィラを抱き上げると早急に部下に指示を出す。


「ロマーヌ殿下。何があったのかお話頂けますね」


アイロスの後ろを着いてくるロマーヌに問えば、ロマーヌは静かに頷いた。

エルヴィラをベッドのある部屋へと運ぶと彼女の婚約者であるヴィヴィアンと王都に残っていた留学生全員が姿を現した。

そこには、ダルシアク国第四王子のドナシアンと側近のレオポルドもいた。


「ロマ、怪我は無いかっ」

「お兄様苦しい…」

「デジレ殿下、あまり抱き締めてはロマーヌ殿下が潰れてしまいますよ」


別の部屋で待機していたロマーヌの元に来客があった。部屋に入るなり駆け付けたデジレは妹の安否を確認すると彼女を抱き締める。それを護衛のピエールが諌めるとすまんと言って身体を離す。


「今からロマーヌ王女に話を聞くところだったのですが、宜しければデジレ殿下も王女と共に居て下さりませんか?」


ロマーヌの向かいに座ったアイロスは突然の闖入者に害すること無く、寧ろ同席を進める。


「良いのか」

「ええ。デジレ殿下も一緒の方が王女も話しやすいでしょうしね」


デジレの問いに快く頷くとならばとデジレとピエールは同席する事にした。


「アイロス団長、私達も同席していいですか?」

「これは、ドナシアン殿下にロラン殿下と留学生の皆さんまで…」

「エルヴィラ嬢はヴィヴィアンについてもらっています。私も何があったのか話を伺っても宜しいでしょうか」

「それは…」


アイロスは渋い表情を作る。

アイロスとしては問題ないが、こんな大勢の前でロマーヌが話し出すことが出来るかが心配だった。


「私なら大丈夫です。それに、皆に聞いて貰いたい」

「分かりました。では、直ぐに椅子の用意を致します」


ロマーヌの言葉に了承すればドナシアン達を迎え入れ椅子の用意をする。

そして、ロマーヌはペルシエ領で起きた事を話し出した。


「なるほど。孤児院に賊ですか…。賊は本当に孤児院だけを狙ったのか…」


アイロスは顎に手を当て眉間を寄せて思案する。


「どいうこと?孤児院が襲撃されたのは偶々では無かったということなの?」


アイロスの言葉を聞き取ったロマーヌが聞き返す。


「あ、いえ。あくまでも憶測ですので…」

「アイロス団長。何を隠している」


アイロスは不意に出てしまった言葉に慌てて否を唱えようとするも、何かを感じ取ったドナシアンがアイロスを睨める。


「アイロス、貴方が知っていることを全て話せ。父上に口止めされている事以外は全てだ。」

「……まだ、正確な情報ではありませんがそれでも宜しいですか」


第四王子の命令にアイロスは一つ息を吐いて了承し、エルヴィラとロマーヌが王都に戻って来る前にストレンジ騎士団に入った情報を話すことにした。

ペルシエ領で不審な動きがあること。その不審な動きというのがストレンジ狩りと呼ばれ、ストレンジ能力者が狙われていること。


「それは、今学園でも警戒されている事件と関係があるのですか?」

「いいえ、それはハッキリと分かってはいませんがストレンジ持ちを狙っていることから関連が無いとは言いきれません。」

「予知夢のストレンジを持つという方に予知してもらうことは出来ないのですか?」


ドナシアンが問うとアイロスは首を振った。


「予知夢のストレンジが使える方は今ここにいません。」

「なら呼び出せば…」

「それは難しいでしょう」

「何故!?一大事なのですよ!それに、ソレンヌ嬢とルイーズ嬢、エドウィージュ嬢がまだ応戦している可能性があるんですよ」

「幾ら王子の願いでもそれは出来ません。」


予知夢のストレンジを使えるのはその禍根の中心にいるルイーズだ。

ルイーズ以外に予知夢のストレンジを持つ者はダルシアク国にはいない。

ルイーズがいない今、予知夢で敵の情報を掴むことは不可能に近い。


「直ぐに騎士団にも連絡を取り救出に向かわせます。レオポルド様にもお爺様からお声掛けがあるかも知れませんので出立の用意をされていた方が良いでしょう」


全騎士団の総帥且つ中央騎士団の指揮権を預かるのはレオポルドの祖父だ。

アイロスからの指示を受けレオポルドは頷いた。





そして、日が傾いた頃ドナシアンとレオポルドに召集が掛かった。

謁見の間へとドナシアンとレオポルドは入る。


「我はドナシアンとレオポルドだけを呼んだはずなのだが。他国の王子共は我を軽んじていると見える」


上座に鎮座するダルシアク国国王陛下は開口一番にそう発した。


「先ずは、ベルタ王礼儀を欠いた事をお詫び申し上げます。正当な手続きを踏む時間さえも惜しく、ドナシアン王子に頼み込み直接お話をお聴き願いたく同行させて頂きました。」

「この件に関する非は全て私とロランが勝手に行ったこと。オルディア国、マラルメ国は一切関係御座いません。お咎めならば、今回の件が無事終わり次第処罰を受ける所存です」


ドナシアン、レオポルドと共に入室して来たのはオルディア国第二王子であるデジレとそのお付きのピエール。マラルメ国第一王子のロランとお付きのジェルヴェール、セレスタン、ヴィヴィアンであった。

デジレとロランは片膝を着き頭を垂れる。

その後ろに他の者達も殿下達同様片膝を着いて頭を下げた。


「お主達には使命がある。それを忘れたのか」

「「いいえ。忘れておりません」」


国王の問いに二人の王子は滔々と述べる。

各国の王子達にだけ知らされる課せられた使命。

それは、各国全土を巻き込む大きな使命だ。その為に、各国からストレンジの育成が世界一と言われるダルシアク国への留学が決められたのだから。


「これは、ダルシアク国の問題。それに首を突っ込もうというのか」

「父上っ…」

「御前は黙っていろ」


流石に言い過ぎでは無いかとドナシアンが止めに入ろうとするも、陛下に一蹴されその気迫に圧されて黙り込む。



「この事件が私達の使命と関連性がある可能性もあります。その場合、ドナシアン王子とレオポルドだけでは厳しい状況にもなりかねません。」

「だが、関連が無い可能性もある。」

「仰る通りです。しかし、ストレンジ持ちが狙われた以上可能性はあります。少なくとも、敵側にストレンジ持ちがいることは事実です。それも、国の監視の目を欺ける程の力を持った」


ロランとデジレの言葉に国王は怜悧な炎が宿る冷たい瞳を向けて彼等の信義を見極める。


「良かろう。オルディア国とマラルメ国の国王には我の方から話を通しておこう。」


ダルシアク国国王は彼等から明瞭な意見を聞くことなく、彼等の要望を汲み取れば了承の意を示す。

その事に、デジレとロランは顔を上げて「ありがとうございますっ」と再び頭を下げた。


「第四王子ドナシアン・デュフレーヌ、レオポルド・ラクロワ及び留学生の者達に命ずる。囚われの身であるルイーズ嬢、ソレンヌ嬢、エドウィージュ嬢の救出及び敵を殲滅せよ!」

「「「「御意」」」」


ダルシアク国国王の勅命にドナシアン達は頭を下げ受諾し、陛下の隣にいたレオポルドの祖父である総帥と共に広間を後にした。


「陛下、宜しかったのですか」


ダルシアク国国王の側近で宰相を務めるジョゼフが誰も居なくなった広間で玉座に座る主に問い掛ける。


「ふっ…あの様子では言っても聞くまい。勝手に出て行かれる方が面倒だ」

「確かに」


陛下の言葉にジョゼフは声を出して笑う。


「それに、本当のところお主も安心したのではないか?」

「そうですね。彼等程の力があってよもや失敗するとも思えませんからね。無事に我が娘達を助け出してくれると信じていますよ」

「慎重派の御前が珍しい。随分と信じておるのだな」

「寧ろ、この案件を難無く解決してもらわなければ困ります。彼等にはもっと大きな使命があるのですから」

「ああ、そうだったな…」


陛下は先程まで王子達がいた場所を見下ろして厳格な声で同意を示せば立ち上がりジョゼフを伴って広間の出入口とは反対側に伸びる通路の奥に二人は消えた。





ドナシアン達八人は総帥の後に続いて外に出るとストレンジ騎士団と中央騎士団総勢三十名が待機していた。


「ストレンジ騎士団、中央騎士団の中でも選りすぐりの人物を集めました。必要あれば使ってやっても構わんですぞ」


総帥は殿下達に向けてそう言うと快活に笑い白くなった顎髭を撫でる。


「総帥殿、この装置は…」

「これはカプレ家の坊主に造らせた転送装置じゃ」

「全く、人使いが荒いんだよこのじーさんは」


彼等の目の前にあるのは見上げる程の巨大装置。

丸く象られた装置は一人の力では無理でも複数人のゲート使いが力を込める事で遠く離れた目的地にまでゲートを開く事が可能になるらしい。

それを至急造らされたマティアスはげっそりと疲弊した顔をしていた。


「ずっと前から作るように依頼しとったのに後回しにする奴が悪かろう」

「ふん、ルイーズ人形を作るので忙しかったんでね。何処まで本物そっくりに仕上げられるか極限まで追求するのが先だろ」

「この馬鹿もんがーっ!この装置は殿下からの勅命でもあると何度も言ったであろうが!ガラクタばっかり先につくりおって!」

「ガラクタとは何だ!クソジジイ!ルイーズ人形は世界一重要で最優先で仕上げなければいけないものだろう!」

「バカタレィ!また中央騎士団でその瀕弱な根性叩き直してくれる!」

「俺は中央騎士団じゃなくストレンジ騎士団に入ったんだ!それと、さっきから人の事を馬鹿馬鹿と。馬鹿という方が馬鹿なんですぅっ」


突如始まった総帥とマティアスの喧騒に留学生の者達は唖然とし、ドナシアンとレオポルドはまた始まったとばかりに痛む頭を抑えた。


「馬鹿はマティの方だよ。上の指示にも従えないものが我がカプレ家にいたとは本当に恥ずかしいばかりだ」


嘆息と共に言葉を紡いだのは瞬間移動で現れた残り二人のルイーズの兄。グエナエルとラファエルだった。

グエナエルは姿を現すなりパチンと指を鳴らす。すると、後ろに控えたラファエルが一つ頷いて念動力でマティアスの体を宙に持ち上げる。


「ラフっ、やめろォ!グエン兄さ…うっ」

マティ(馬鹿)が御騒がせして申し訳ございません」


グエナエルはマティアスの制する声を無視して総帥と殿下達に向けて腰を折る。マティアスは宙に浮いた瞬間蒼い顔で口元を抑えて項垂れた。

留学生達はグエナエルの言葉に含まれた副音声に気付いたが知らない振りをした。


「先程ルイーズの侍女から連絡が入ったのですが、地上には居ないとの事です。考えられるとすれば、ペルシエ領を出たか地下に潜ったか、結界か何らかの方法で気付かれないようにしているかのどれかでしょうね」

「その他にも、森の中に逃げ込んだ可能性もあるのう」

「いえ、それはないでしょう。彼女が調べたそうですが、それらしい拠点は無かったと言っていました」

「侍女一人で森に入ったのか?」


総帥の言葉にグエナエルは否を唱える。

その事に訝しげに聞く総帥にグエナエルは事も無げに頷いた。


「ルイーズの侍女は物理的な戦闘力では総帥と遜色ないと思います。妹の手合わせ相手としてよく相手を務めていますので」

「ルイーズ嬢の相手が出来るのであれば珍獣など敵ではないわな」


グエナエルの言葉に納得した総帥は豪快な笑い声を上げた。

珍獣とはピッピコのように突然変異でストレンジが使えるようになった獣のことである。珍獣はピッピコとは違って戦闘向きのストレンジを保有し倒されても人の配下になる事はなく、息絶えるまで襲って来る。

その為、一般人や一人で森の奥に入ることは何処の国でも禁止されているのだが、侍女一人で珍獣が蠢く森の中を捜索した事実にその場にいた全員が驚いた。


「総帥、準備が整いました」

「では、お姫様達の救出と行くかのう」


転送装置の最終点検を行っていたストレンジ騎士団の一人が総帥に告げる。

転送装置の方を見れば、ラファエルの念動力から解放されたマティアスが蒼い顔のまま、ゲートのストレンジを保持する者達に指示を出している最中で卵型に象られた枠の中でゲートが開かれる。


「こちらを」


グエナエルは総帥とドナシアン達の手に一つずつ小さな機械を置く。


「カプレ家秘伝の通信機です。耳に嵌めて真ん中のボタンを押せばマティが作った大元の機械とあなた達全員に全ての通信が繋がります。仲間内での連絡やこちらへの報告に使用して下さい」


通信機の作成は技術大国であるマラルメ国でもとても難しく決まった場所に設置して決まった人物にしか連絡が取れなかった。

それを、マティアスだけで複数人との連絡を可能にした上移動しながらでも連絡が取れる機械を作ったことに留学生達は驚きを禁じ得なかった。

普段が残念な分驚きが大きいようだ。

総帥とドナシアン達は耳に通信機を装着し転送装置の前に立つ。三十人の騎士達はその後ろに整列をしてゲートが完全に開くのを待つ。


「では、ルイーズ嬢とソレンヌ嬢、エドウィージュ嬢をどうか宜しくお願いします」


ストレンジ騎士団の団長アイロスがゲートの前に立ち深々と頭を下げて、転送装置を起動していない残りの者達も次々と頭を下げた。

その中で、一人留学生達の元に歩み寄る者がいた。


「おい」


声を掛けられジェルヴェールは返事をせずに顔だけ声がした方に向けた。

そこには、マティアスがジェルヴェールを睨み付けるようにして立っていた。


「ルイーズは強い。俺よりも。恐らく、此処にいる誰よりも」


ジェルヴェールの目の前に立つマティアスにグエナエルが動こうとするもいつの間にか隣に立っていたアイロスに止められる。

この場にいる全員の視線が今、ジェルヴェールとマティアスに向けられていた。


「最強である俺の妹が捕まった。そのルゥが何時間も姿を見せないということは未だ捕まっているということだ。」


何故、それをジェルヴェールに言うのか。

そう思う者もいるだろうが、アイロスと総帥が黙認している以上声を上げるものは誰一人としていない。


「そんな敵に勝てるのか?無事にルゥ達を助け出すことがお前達には出来るのか?」


マティアスから感じるのは敵対意識。

ジェルヴェールは何故敵対視されているのか分からなかったがマティアスの目から視線を外すこと無く真っ直ぐに見詰めて問い掛けに答えた。


「ルイーズ嬢達を必ず助け出します。俺達の仲間に手を出した事を敵に後悔させてやりますよ」


ジェルヴェールは自分でも驚いていた。

出来る限りの手を尽くすと答えるつもりであったが、マティアスから向けられる瞳にそれだけでは駄目な気がした。決意が弱いような頼りないような。

その瞬間、この人に認められるだけの発言をしなければならない。そう、心の奥底で思ったと同時に胸を熱くするような想いが湧き上がり気が付いたらそう述べていた。


「……まあ、今のアンタには及第点といったところか。」


マティアスはふと方の力を抜いてジェルヴェールの肩に手を置く。


「無事に妹達を連れ帰って来てくれよ」

「ええ、必ず…」

「…ふっ、頼む」


真剣な表情で頷けば、マティアスは微笑を漏らした。

総帥率いる救助隊はゲートを潜り騒動があったペルシエ領の孤児院へと向かった。

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