26話 孤児院と賊
「「「お姉ちゃーーん」」」
活発的な元気な声が聞こえる。
私達は今、とある場所へと訪れていた。
「折角のお休みにこのような所まで足を運んで頂きありがとうございます」
「シスターお久し振りです」
此処は、ペルシエ家が管理する領地にあるとある孤児院。
私、ソレンヌ、エドの周りには小さな塊がまとわりついている。
「ねぇねぇ、お姉さん達はだぁれ?」
「ルー姉さん達の友達か?」
小さな塊。それはこの孤児院に預けられた子供たちなのだが、私に抱き着いていた一人の少年がロマーヌ殿下とエリヤ様に気付いて首を傾げて問いかけ、覗く八重歯が特徴的な少年が後に続く。
「こらっ!初対面の人には敬語を使いなさいって言ってるでしょ!」
言葉を発した少年達よりも少し年上の少女が二人に拳骨を落とす。
「痛いよぉ。うわぁーん」
「いってぇな!何も殴ることないだろお!」
一人の少年は頭を抑えて泣き出し、もう一人の少年は涙目になりながらも己を殴った少女を睨み付けて食ってかかる。
子供たちのやり取りに唖然としていた私は顔を見合わせると思わず笑ってしまった。
エリヤ様が私の元に歩み寄り、私の足元で泣きじゃくる少年に手を伸ばし抱き上げた。
「わたくしはエリヤといいます。どうかルー様達と同じように接して下さいね」
「私はロマ。よろしくねー」
私達は偽名を使って名乗る。まあ、全員愛称なんだけどね。
ロマ様は元々フレンドリーな御方だったのですぐに子供たちと仲良くなった。エリヤ様の方は大人しい女の子達に人気で読み聞かせなどをして上げていた。
エドとロマ様は子供たちを連れて外に遊びに行き、私とソレンヌ、エリヤ様は室内で子供たちの相手をしていた。
一応私達の他にもサビーヌとソレンヌの付き人に王宮から手配された護衛騎士が私達と同じように平民に扮してロマ様やエリヤ様の護衛としてついてきていた。
「ソレーヌさんちょっといいかしら?」
「はい。どうされましたか院長」
途中、ソレンヌはここの院長に呼び出されて席を立った。
それから数刻経ったがソレンヌはまだ戻って来ない。私達はおやつの時間にソレンヌの邸で料理長が作ったお菓子を振る舞う為に外に出ていたエドやロマ様達を呼び戻そうとした時だった。
「キャーーー」
「何ですか!あなた達は!!」
外にいたシスターや子供たちの叫び声が聞こえる。
「エリヤ様、貴方はこの建物の中に居てください。サビーヌ達はエリヤ様と子供たちをお護りして下さい」
私はサビーヌと護衛として着いて来ていた者達に即座に指示を出す。
エリヤ様とサビーヌ達の元に子供たちを集め私はすぐに窓際へと向かった。窓から外を覗くと武器を持った複数人の男達がこの孤児院に押し寄せ子供を数人捕らえている。
そして、敵対するようにエドが男達の前に出て睨みをきかせているが一触即発だ。ここからは聞こえないがロマ様とエド、護衛達が何やら言い争っている感じもある。読唇で読み解くにエドと護衛の方達はロマ様にシスターや子供たちと共に室内に入るように言っているようだがロマ様も戦うと言っているようだ。彼女のストレンジは緑を司る。
植物の成長の促進で常に何かの種を持ち歩いており戦いの際には弦を伸ばして相手の動きを止めたり鞭にしたり出来るのだが、彼女は一国の王女だ。
エドの判断が正しい。
「ロマ様をお連れします。エリヤ様はロマ様が来たらすぐに転移してください。王宮まで飛べますか?」
「ええ、大丈夫です。けれど…」
「子供たちなら大丈夫。サビーヌは私の次に物理的に強いので負けることはありません。それに、恐らく、ソレーヌもすぐに駆け付けるでしょう」
「分かりましたわ」
エリヤ様が頷いたのを確認してサビーヌに目を向けると窓の外に目を向けて口を開く。微かに唇が動くだけで声は出ていない。しかし、読唇術が使える私は彼女の発言に驚愕した。
『賊の中にストレンジ持ちが複数おります。お気を付け下さい』
どんなストレンジ持ちがいるのか分からないが益々此処は危険だ。
私は眉根を寄せてもしもの事があれば最優先にエリヤ様とロマ様をお護りするように唇だけを動かして指示を出す。サビーヌは私の指示に軽く頭を下げて了承の意を示した。
「お姉ちゃん、お外で何があってるの?」
私達の異常な雰囲気と外から聞こえる喧騒に子供たちがエリヤ様を中心にして怯えている。
「大丈夫。お姉ちゃん達が守ってあげるから。皆はサビーヌやエリヤお姉ちゃん達の言うことに従ってね」
「ルー姉ちゃんは?」
「私は外にいるシスターや皆を連れ戻して来るよ」
「お姉ちゃんも戻って来る?」
「うん。ちゃんと戻って来るから安心して」
子供たちは涙を浮かべて尋ねる。それに安心させるように笑顔で微笑んで近くにいた子達の頭を撫でると少し落ち着いたようで、「待ってる」と頷いてくれた。
私は外に出ると孤児院の周りを滝で囲んだ。
「姐さん!」
「滝でカムフラージュしているうちにロマ様は子供たちと共に室内へ」
「私も戦う!子供たちが何人か捕まったの」
「存じております。此処はわたくし達にお任せを。護衛の方々はロマ様を安全な室内へお連れして下さいっ」
私は懐からとある飴玉を取り出す。
「ロマ様失礼致します」
そして、素早い動きでロマ様の口の中にその飴玉を強制的に押し込んだ。
ロマ様は口を開くが声が出ない。
これは以前ラーゲル先生が双子王子に食べさせた無音キャンディだ。
ひと舐めするだけでも十数秒は声が出せなくなる。
ロマ様は護衛の方々に半ば強制的に連れられて室内へと入って行く。
「エド、準備はいい?」
「OK.いつでも」
「子供たちを取り戻すわよ」
ロマ様と子供たちを孤児院の中に避難させて私は周りを囲う滝を解除した。それと同時に今度は結界が周囲を囲う。ソレンヌだ。事態に気付いたソレンヌが結界で孤児院の周囲を覆ったのだ。
エドはマティ兄様作成の収納ポーチから先日買った新しい武器を手に取る。
「お、出てきたぞ。」
「子供たちを見捨てるのかと思ったじゃねえか」
「子供たちギャン泣きだぞー。酷い嬢ちゃん達だなぁ」
男達はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて凶器を子供たちに向けている。
「おっとぉ、動くなよ?動けば子供たちが怪我するぜ」
男達の言葉に私とエドの動きが止まる。
男達はざっと見20は下さらない。明らかに賊といった感じの風貌をしている。
私はピッピコのゲートを開きネンを召喚するとサビーヌに連絡をとる。
『そちらの様子は』
『瞬間移動を使える者がいたようで室内に侵入してきました。』
『エリヤ様とロマ様は』
『ロマーヌ殿下は戦う気でいましたがエルヴィラ嬢がロマーヌ殿下と共に王宮に転移して避難致しました』
無事、ロマ様とエリヤ様が脱出出来た事に安堵する。王宮とはいっても王城には大きな結界が張られ中には入れないから恐らく自動的にストレンジ騎士団の所有する塔へと辿り着くはずだ。
そこで事のあらましをあの二人であれば正確に説明して下さるだろう。
『今現在、ソレンヌ嬢と合流し室内でも戦闘中。人数は十。鎮圧します』
『鎮圧したらソレンヌに賊を外に放り出すように行って頂戴。事情聴取は此方で行うわ』
『承知致しました。お嬢様、どうかご無事で』
ありがとう、と返してサビーヌとの念話を切り男達に向き直る。
「一度だけ言うわその子達を離しなさい。今、投降するなら悪いようにはしないわ」
「はっ、この状況が見えてないのかよ。それは俺達の言葉であって嬢ちゃん達の台詞じゃねえよ」
男達は嘲笑う。
「お姉ちゃーん、助けてぇえ」
「怖いよおぉぉ」
「うるせえっっ」
「黙らねぇと殺すぞ!」
なんと無粋な奴らだ。
それにしても、これほどの殺気に気が付かないとはこの賊達は大した事がないようだ。
レオポルド様の生家、オーギュスト家に続いて戦闘狂一族と名高いミュレーズ家の令嬢がこの場にいるとは露ほども思ってはいないのだろう。
エドは猫の如く瞳孔が細長くなっている。いや、猫と獅子の子を見紛うことなかれ。
気迫は獅子である。この今にも喉元に食らいつかんとする気迫に気付かないとは。
「貴方達の要求は何」
エドは無闇矢鱈に暴れ狂うような愚か者ではない。
実際に子供たちが傷付けられるか私の許可が降りるまでは飛び出すことは無い。
「俺達の目的はお前達だ」
「何!?」
リーダー格と思われる男が私達の前に出る。
その言葉にエドが反応すると男は言葉を続けた。
「あんたらはルイーズ嬢とエドウィージュ嬢だな。他に、ペルシエ家の嬢ちゃんと他国からの留学生が二人いるはずだ。出しな」
男の言葉に表情には表さないが内心で驚愕する。
こいつ等は何者だ。私とエドの頭に浮かんだ疑問。
それを見透かしたかのようにリーダー格の男はニヤついた嫌な笑みを貼り付けている。
「姐さん」
「ダメよ。こいつらの中にストレンジ持ちがいるわ」
エドが彼等に気付かれないように耳打ちするが突撃の許可は出せない。
私とエドで十分彼等に勝てるだろうが、ストレンジ持ちがいるということが気になる。
平民の中にストレンジ持ちがいてもおかしくはない。だが、戦闘向きや戦う事が出来るストレンジ持ちは国家機関に属するようになっている。
謀反を起こしたり、天下のお膝元で力を振るい弱者を虐げたり傷付けたりしないように監視の意味も含んでいる。その為、大抵がストレンジ騎士団所属となることが多い。
それ以外の人達は街に降りるのだが、それでも国の監視下に置かれる。役所で働いている人達や千里眼などで彼等の居場所が分かるようになっているのだ。ここまで監視が厳しくなったのは昔ある事件が起きたせいなのだがそれはまた別の話としよう。
情報を引き出すには鎮圧して聞き出すことも出来るのだが、それだとこいつらを操っている裏の人物に辿り着くには難儀してしまうだろう。
「人違いではごさいませんか?」
「いいや。情報とあんたらの容姿は一致し過ぎている。それに、水のストレンジ。あれはルイーズ嬢の所持するものだ」
単なる馬鹿というわけではなさそうだ。
さて、こいつらはゲーム内での生徒誘拐事件に関係がある連中か。それとも、全く別の案件か。
実は生徒誘拐事件に関する対策は立てられたが、裏で探りを入れても一行にそんな大それた計画を立てているという情報は何一つ掴めなかった。
ストレンジ持ちの生徒を捕まえるには大掛かりな計画が行われているはず、それなのに一つも不穏な動きの情報が無いなど本来ならば有り得ないことだった。
「ルー姉様!」
ソレンヌが中にいた者達を捕らえて瞬間移動で外に出てきた。
「女二人は逃走。女二人は瞬間移動で逃走しましたっっ」
捕縛された一人が声を張り上げる。
「やってくれたな。嬢ちゃん達…」
リーダー格の男の額に青筋が浮かぶ。
「お前達、子供たちを──」
「エド!暴れてよし!だけど、目の前の男以外よ」
リーダー格の男から嫌な空気を感じた。
男が命令を下す前にエドにGOサインを送ると極限にまで身体強化をしたエドは風になった。
いや、正確には男達は見えない速度でリーダー格の男達以外を倒していく。というか、子供たちを助けるのは良いけど放り投げるのは如何なものか。
私とソレンヌで空に放り投げられた子供たちを素早く回収をしてソレンヌが作り上げた小型の結界の中に入れていく。捕まった子供は五人。全員回収してソレンヌには結界の中にいる子供たちを室内にいるサビーヌのところに転送して貰った。
「な、何だ。何が起こっている」
リーダー格の男はエドの動きについて行くことが出来ず訳の分からぬまま次々も倒れる仲間達を見て狼狽える。
「子供たちを人質に取ったのは間違いだったわね」
エドを怒らせたのだ。エドはというと武器を持ったまま、何故か素手で男達の鳩尾に拳を打ち込み倒していっている。
「くそっ─」
「動かないで。首と胴がグッバイしたくなければ答えなさい」
私はリーダー格の男の背後に一瞬にして周り込めば手の周りに水と超音波を纏い男の首に当てる。
男の首からは微かに触れた水に皮膚が切られて血が滲んでいる。水で本当に切ることが出来ることを証明する為にしたのだが、効果は抜群だ。男は顔を青ざめて生唾を飲む。
「お、俺達はただ雇われただけだ。命だけは助けてくれ」
私が詳しく聞く前に男は吐露した。
「誰に雇われた」
「わ、分かんねえよ。真っ黒のコートにフード被って顔は見てない」
「名前は」
「知らねえ」
男の首元に水を纏った手を更に近付ける。
「ひぃっ、ほ、本当だ。信じてくれ」
「お姉様、お待ちを。」
後は気絶でもさせて記憶を弄った方が早いかと考えあぐねていた時、ソレンヌが声をかける。
「今、この街でストレンジ狩りが頻発しているそうです。院長から詳しく伺っております。もしかすると、この男達に関係があるかもしれません」
ソレンヌが数刻戻って来なかったのはそういうことだったのか。ここの院長は私達が何者であるかを知っている。
その為、ここの領地の主の娘であるソレンヌに現状報告を行っていたのだろう。
それにしてもストレンジ狩りか。
ストレンジの生徒を狙った事件と関係があるかもしれない。そう思った私はもう少し詳しくリーダー格の男とお話する事にした。




