17話 ルイス王子の癇癪
「来いっ!ラシェルに謝らせた後にその腐った性根を叩き直してやる」
そう言ってルイス王子は念力で私の身体を浮かせて引き寄せる。
「いっ…」
イヤっ!!
抵抗しようにも浮かぶ身体は近くに掴まれるものなど無く無意識に掴むものを探る手は空を切る。このままルイス王子に捕まれば髪を引っ張ってでもラシェル嬢の前に連れて行かれるだろう。
心の中で拒絶するも無情にも身体は徐々にルイス王子の元へと引き寄せられる。
その時、空を切る私の腕を取り強い力に腰を引かれた。
「貴様、何のつもりだ」
ルイス王子が此方を睨み付け怒りを露わにする。
「いくら王族の方でも、嫌がる女性を無理矢理従わせる暴挙は見逃せません」
腕を取られた状態で私の腰を確りと抱くのはジル様で未だルイス王子のストレンジがかけられている私が離れられないように密着している。ルイス王子と対峙するジル様は王族の権威に臆すること無く鋭い目を向けルイス王子の行動を非難する。
「ソレは僕の婚約者だ。僕の物をどう扱おうと僕の勝手だろう!」
ルイス王子の物扱いの発言に目眩を覚える。仮にも一国の王子が人をモノ呼ばわりとはあるまじき言動だ。
ぐっ、と腰に回された腕に力が入るのを感じて顔を上げる。端正なジル様の顔が僅かに歪む。眉間に寄った皺が微かな怒りを感じさせた。
「婚約者…ですか。婚約者をモノ呼ばわりとは失礼では御座いませんか。彼女があまりにも可哀想だ」
彼の口から婚約者という言葉を聞いて心臓が動きを止めたかと思った。直ぐに誤解を解かなければジル様に私がルイス王子の婚約者だと誤解されてしまう。そんなのは耐えられない。
私がずっと想っているのはジル様たった一人だ。
「ジル様…」
私は必死に彼の名を呼ぶ。
だけど、その声は震えてしまい蚊の鳴くような声しか出なかった。
しかし、ジル様はそんな私の声を聞き取って此方を見下ろす。ジル様の服を掴む手に思わず力が入り皺を作る。だが、そんな事を気にする余裕が私には無かった。ジル様と見つめ合い必死に首を横に振る。
「わたくし、婚約者などおりませんわ…」
振り絞るようにして発した声も何処か震えていた。
「ルイーズ!!婚約者の前で他の男に寄り添うとはっ!この阿婆擦れが!!」
さっきから聞いていれば本当にこの馬鹿王子は好き勝手言ってくれる。
愛しい人の前でこんな不祥事見せたくなど無かったが起きてしまった事を悔やんでも仕方ない。この状況をどう処理出来るかが私の技量にかかっているし、何よりルイス王子との関係を精算させるならば今此処ではっきりとわからせた方が良いだろう。
私はジル様の胸板を押して距離を取り腕の中から抜け出せば両手を腹部の前で重ねルイス王子と向き合う。
「ルイス王子、先程から虚偽の証言をするのはお辞め下さい」
「僕の言葉が嘘だと!?」
「そうですわ。先日陛下よりわたくしがルイス王子の婚約者候補を外れた旨が書かれた書簡が届いたと思うのですが」
「ああ、届いた。本当に不本意だが、貴様は候補の席を外れ正式に婚約者になったのだろう。貴様が婚約者にならなければラシェルを婚約者として迎えることが出来たというのに全くもって不愉快だ」
はい???
不愉快なのは此方の方なんですが……
馬鹿だ馬鹿だとは常々思っていたがここまでとは。
何でも、この馬鹿王子は私との婚約破棄の書簡は私が婚約者候補の席を"外れ"て正式に婚約者になったのだと勘違いしていたようだ。
婚約者候補を外れる=正式な婚約者となる馬鹿王子の思考が理解出来ない。
何度、この斜め上を行くお馬鹿な思考で頭を悩まされたことか。本当に頭が痛い案件である。
「お言葉ですが、ルイス王子の婚約者の席は空席のままですわ」
「何!?そんなはずは…」
「わたくしはルイス王子の婚約者候補を外れ完全に独り身となったのです」
「僕とお前の婚約が白紙など父上と母上が許すはずがない!!」
「事実ですわ。わたくしは直接陛下より婚約者候補を外れる許可を頂き、書面でも手続きを済ませておりますわ」
ルイス王子は寝耳に水といった様子で驚いている。少しして漸く起動しだしたルイス王子は私のすぐ後ろにいるジル様に鋭い目を向ける。
「こいつに唆されたのか!!」
いきなりジル様を指差すものだから何事かと思えばそう言って声を張り上げる。
何故そのような思考に繋がったのか甚だ理解し難いがジル様は一切関係ない。ただ、私が勝手に彼の事を思い続けているだけなのだから。
「いいえ。彼は一切関係御座いませんわ」
「では誰だ!誰かの婚約者になる為に貴様は僕の婚約者候補を外れたのだろう!!」
驚いた。
自分の不利益になるような事に関しては感が鋭い。婚約者になる為では無いが、ジル様に再会する前にルイス王子との関係を解消したくて婚約者候補の話を白紙に戻した。
「わたくしが誰を思っていようともルイス王子には関係ないのではごさいませんか?それに、わたくしとの婚約者候補の話が白紙になったと言うことはラシェル嬢を婚約者として迎えることが出来ますわよ」
私の言葉にルイス王子は口を閉ざす。
先程ラシェル嬢を正式に婚約者として迎えたいと言っていたのだ。邪魔な私が婚約者候補を外れれば珍しいストレンジを持つラシェル嬢ならば平民出自でもルイス王子の妻になる事は可能だろう。
なのに、それでもルイス王子の表情は険しいままで納得した様子がない。
「貴様が想いを寄せているのはそいつか!お前は僕の物だ!!正妻はラシェルだが貴様も僕の傍に侍らせてやると言ってるんだ。勝手に婚約者候補を外れるなど僕が許さないっっ」
なんて横暴な。
その発言に言い返そうとした時目の前にスっと手が伸びる。
「ルイス王子。お言葉ですが、彼女の幸せは彼女だけのものだ。貴方達の事情は分かりませんが、国王陛下が認めた案件ならば口を慎んだ方が宜しいのではないですか?」
再びジル様が私を背に隠して前に出る。
「王族の僕に歯向かう気か!!貴様のその髪色に瞳の色は僕の嫌いな奴を思い出させて不快感しかない!!貴様にルイーズは渡さない!ソレは僕の物だと言っただろう!!」
「彼女は物じゃない。ルイーズ嬢にも感情がある」
「うるさいうるさいうるさい!!!!そいつはな!八年前に婚約者に先立たれ可哀想なそいつを僕だけが受け容れてやったんだぞ。なのに、その恩を仇で返すとは!!」
精神年齢が子供のまま成長してしまったルイス王子はとうとう癇癪を起こして叫び散らす。
「お前の容姿はその大っ嫌いだった兄上を思い出させる!!ルイーズも大っ嫌いだった兄上からのお下がりでも我慢していた僕に対して反論ばかりするし感謝が足りないんじゃないか!?」
私は返す言葉が無くて思わず呆然としてしまう。ルイス王子の言葉が痛いところを突いた訳では無い。寧ろその逆で、言うことに事欠いて出てきた言葉は王族とは思えない幼稚な癇癪に目も当てられなかったからだ。
しかし、このまま放置する訳にもいかない。
ルイス王子がジル様の過去の核心を突いてしまう可能性があるからだ。ジル様に過去を思い出して欲しいとは思うが苦しめたい訳では無い。ゲームでのジル様は過去のことを思い出そうとする度に苦しんでいた。
過去を忘れてしまったのならばまた私を好きになってもらえばいい。そう思って行動して来た。
スタン様とは少し違うジル様。
初めはその変化に心がついていけずに何度も何度も枕を濡らした。だけど、今はジル様に心惹かれる自分がいるのも事実。
ジル様を苦しめる者は何人たりとも許さない。幾ら王族だろうと容赦はしない。じわじわと破滅への道へと追い込んでやる気でいるが、今はルイス王子を止めるのが先だ。
ルイス王子が余計な事を言う前に彼を止める為動いた。




