1話 想起
「ルゥ、大丈夫かい!?」
沈殿していた意識が浮上する。
前を見据えれば髭を蓄えたダンディな慌てた男性とその隣に鋭い視線を隣の男性に向けているスレンダー美女が立っていた。
「お嬢様、こちらを。」
白髪の長髪を一房に纏め横に流している長身の男性がハンカチーフを差し出す。
差し出された意図が分からず反応が出来ずにいると、そのハンカチを私の顔の下へと運ぶ。
真っ白なハンカチに一雫の水滴が染み込むのを見て漸く自分が涙を流している事に気付いた。
執事服を着た男性からハンカチーフを受け取り涙を拭う。
「お父様、お母様取り乱してしまい申し訳ごさいません」
一通り涙が収まるのを待って、同じく私を待ってくれていた目の前の紳士と貴婦人に向き直る。
彼等は今世の私の両親だ。
何故この様な言い方なのかというとつい先程私の前世と思われる人生を思い出したからだ。
私は前世でOLというものをしていたらしい。らしい、というのは全てをハッキリと思い出した訳では無いからだ。
出勤時間は疎らで朝早い時もあれば夜遅くまで仕事漬けの日もあり不規則な生活をおくっていた。
一人暮らしの独身で上司には良いように使われ、先輩の急な休みに空いた穴は私や下っ端の社員が埋める。先輩も上司も最低な会社で心身共に精神的に削られささくれ立った心を沈静化してくれたのはスマホゲーム『ストレンジ♤ワールド』略してストワというRPG乙女ゲームだった。
当時人気を博したストワはアニメ化もされ、更にはストミュやストステといってミュージカルや舞台化にまでなった。
リリース時からやっていた私はストワにどっぷりとハマり他の2次元や追いかけていたミュージシャンも全て諦め財産の殆どをストワ関連に注ぎ込んだ。
その日は、ストミュの公演日だった。
私はストワの公式サイト先行で見事当選して最前列を勝ち取り浮かれて席に移動していた。その時、地響きと共に大きな揺れが襲い壁際に備え付けられていた大きなスピーカーが頭上から物凄い音を立てて落ちてくる様子が目に入ったのが最後の記憶だ。
恐らく、私はそのスピーカーの下敷きとなって命を落としたのだろう。
全て、では無いが色々と思い出した。
前世を思い出した私が取った行動はフリーズすること。
そして、冒頭へと戻る。
「見損ないましたわっ!!」
女性の甲高い声に驚いて其方を見るとそこにはお母様が目を釣り上げてこの部屋の主である男性、お父様を睨み付ける。
お母様の鬼気迫る勢いにお父様は圧され顔を蒼くして慌てている。
それを無視してお母様は私の元へと優雅に歩みを進める。
「ルゥ大丈夫?いきなりこんな話を聞かされても気持ちが追いつかないわよね。今日はもう部屋に戻って休みなさい」
レースが編み込まれた扇子を広げ端麗な眉宇を歪め気遣うような眼差しで此方を見つめ柔らかく私の頭部を撫でる。
お父様に聞きたい事があったが今は辞めておいた方が良いだろう。
先程まで聖母のような笑みを湛えていたその顔はお父様が声をかけたことによって振り返った瞬間に背中に般若を背負っている。ちらりとお母様の横顔を見上げるも端正なお顔に至高の笑みを浮かべている姿が怖い。
背中に背負った般若がミスマッチ過ぎて圧力が半端ない。
「では、お父様お母様。お言葉に甘えてわたくしはお部屋で休ませて頂きますわ」
お父様には悪いがここは大人しくお母様に怒られて貰うしかない。
それに、前世を思い出すきっかけとなった言葉を紡いだお父様には私も少なからず腹を立てているのだ。このくらいの仕返しは許されるだろう。
スカートの裾を持ち上げカーテシーをして部屋を後にする。
自分の部屋へと辿り着くと侍女を下がらせ部屋には一人きりとなり大きな姿見に自身の今の姿を映し出せば深い溜息を零す。
「やっぱり───」
姿見に映し出された姿は齢7歳の幼女の姿。アクアマリンの髪色に菫色の瞳。その目尻は幼少ながら既にきつく釣り上がり今はまだ幼さが残るこの顔もあと数年もすれば、きつい目付きの悪役顔となる事だろう。
私の名前はルイーズ・カプレ。カプレ公爵家の長女であり四人兄妹の末子で第一王子の婚約者候補。
カプレ公爵家にとって上3人が男ということもあって待望の長女である私は物心付いた頃からそれはもう家族全員から蝶よ花よと目に入れても痛くない可愛がられようであった。
後に、前世でプレイしていたストワの世界で第三王子の婚約者兼悪役令嬢の一人として登場する。
「やっぱり…わたくし、あの頭脳派悪役令嬢だわ…」