14話 事故
留学生が来てから一週間。
生徒達も大分留学生がいる環境に慣れては来たものの。
「ああ、今日もデジレ殿下が美しいわ」
「ロマーヌ王女は本日もなんてお可愛らしいことだ」
「はあ…俺もムニエ嬢に叱られたい」
「ロラン殿下のあの大人びていて落ち着いた雰囲気…最高だわ」
留学生が集まって廊下を歩くだけでこれだ。
生徒達はヒソヒソと話しているつもりだろうが丸聞こえである。
「それにしても、本当に申し訳ないですわ。特にジェルヴェール様とセレスタン様、ピエール様には何と感謝と謝罪を申せば宜しいのか…」
私は後方を歩く各従者達に目を向ける。
「ははっ、まあピエール達もいい腕試しになるしルイーズ嬢が気にすることじゃないよ。そうだろ?」
私の発言に何故かデジレ殿下が答えピエール様達を振り返る。それに各々頷いて答える。
私達は今、演習場へと向かっている。何でも、レオポルド様とエドが各国のお付の人と模擬戦をしたいと願い出てジル様とセレスタン様、ピエール様にお願いをしたところ他の面々も観戦したいという話になって只今演習場へと絶賛大移動中だ。ただ、ソレンヌだけは生徒会の仕事があり今日は其方へと赴いている。
「あたし、模擬戦とか見るの初めてだからワクワクする!ね!ドナシアンっ」
「そうだね。」
ロマーヌ殿下が興奮気味にピョンピョンと跳ねながらドナシアン王子に話を振るとドナシアン王子もにこやかに返す。
何だかドナシアン王子が大人っぽく見えるのは気の所為だろうか?いつも、ソレンヌやエドの真似をして私達の事を姉さんと呼んで懐いていたから甘えん坊な可愛い弟の感覚だったけど、そういえば彼ももう十歳の頃とは違い初対面から三年も経っているのだ。
それに、ロマーヌ殿下は天真爛漫で好奇心旺盛な性格だ。その為余計にドナシアン王子が落ち着いて見えるのだろう。彼の成長にちょっと感慨深くなっていた時だった。
「きゃあああ」
「危ないっっ」
生徒達の悲鳴に其方へと顔を向ける。
すると、そこには沢山の資料を持ったソレンヌが私達が向かう道とは逆の横の吹き抜けの廊下を奥の方から歩いて来ているのが見えた。そして、ソレンヌに向かって飛んで来る物体がある。だが、ソレンヌは大量の資料を落とさないように集中しているせいかその物体に気付いていない。
私のストレンジでは飛んで来る物体を止める事が出来ない。水球を飛ばせば打ち落とせるが間に合わないだろう。
「ソレンヌ!後ろに避けて!」
「ジル」
私が叫ぶのとロラン殿下が指示を出すのが同時だった。
ソレンヌは私の声に気付き即座に反応して後方へと身体を仰け反らせる。
その直後。
ボンッ
飛んで来たのはひまわりの種でその無数の種は急に火がつきソレンヌに届く前に燃えて消えた。確か、ロラン殿下は炎のストレンジの持ち主だったはずだから、恐らく種を燃やしたのはロラン殿下だろう。
「「きゃあっ」」
私が咄嗟に避けるように指示を出した為荷物を持っていたこともありバランスを崩す。
後ろに倒れ込むかと思った瞬間黒い影がソレンヌの元へと向かい後方に倒れ込むのを阻止した。
その黒い影はロラン殿下が指示を出しジル様がソレンヌの元へと向かい倒れる瞬間に背中を支えたのだ。おまけに、彼女の手元から離れ崩れ落ちそうだった資料は地面に落ちることなく手元に残った資料から氷の柱が伸び資料が投げ出されるのを止めていた。
「お怪我はございませんか」
「は、はい。ありがとうございます」
ジル様は受け止めたソレンヌの背を元に立たせながら気遣い、氷のストレンジを打ち消し手元から離れた資料を受け止める。
ソレンヌが怪我しなかった事に安堵しながらソレンヌとジル様の元へ行こうとした時だった。
「いったぁい」
そんな声が聞こえてソレンヌ達の後ろの方を見るとそこにはラシェル嬢が倒れ込んでいるのが分かった。
そう言えば、ソレンヌが叫び声を上げた時もう一つ誰かの声が重なっていたがラシェル嬢だったとは…。
「あ、あの。お怪我はありませんか。植物を運んでいる時に急に一本のひまわりが種を発砲してしまいまして。誠に申し訳ございませんっ」
吹き抜けの廊下の向こう。外の方から一人の男子生徒が走って来てソレンヌとジル様に頭を下げる。
「お気になさらないでください。わたくしは大丈夫ですので」
平謝りする男子生徒に安心させるように微笑んで許すソレンヌ。ソレンヌは聖女か何かだろうか。優しい上に非常に出来た人格で私の自慢の妹だ。血は繋がってないけど。
「ソレンヌ大丈夫?」
取り敢えずラシェル嬢は無視して私達はソレンヌの元へと向かう。
「はい、お姉様の声が聞こえたので間一髪でしたわ…──あ。」
私の姿を確認するとソレンヌは安堵した表現を浮かべて柔らかい笑顔で言う。
元々少し抜けている所もあるソレンヌだが、今回は安堵したと共に気が抜けてしまったのだろう。何時もはしないミスをしてしまい、ソレンヌは青ざめる。
「よかったわ、ソレンヌに怪我が無くて。ソレンヌは私の可愛い妹だもの。ジル様、ロラン殿下妹のように可愛がっているソレンヌを助けて頂きありがとうございました」
顔を青くするソレンヌの柔らかい髪を一度撫でて無事を確認するとロラン殿下とジル様に向き直り頭を下げて謝礼を述べる。
「わたくしからも、助けて頂き誠にありがとうございます」
ソレンヌも私の後に続いて頭を下げる。
「二人とも顔を上げて。ソレンヌ嬢を助けるのに間に合って良かったよ」
「いいなぁ。俺も炎のストレンジだったらかっこよく助けられたのに」
「デジレはちょっと黙っていようか」
ロラン殿下は私とソレンヌには柔らかい笑顔を向けてくれていたが、横からデジレ殿下が口を挟むと彼の方に顔を向け笑顔ではあるものの何処か黒さを含んでいる。
「それと、私達の前だからと繕わなくていいよ。君達の学園生活を窮屈にしている身で言える立場ではないけど、出来るだけ普段通りに過ごしてくれると嬉しいな。呼び方だって何時もあなた達の間で呼びあっている呼び方で構わないよ」
「そ、そんなっ。窮屈だなんて思っておりませんわ。寧ろ、毎日が新鮮で楽しいですもの」
ロラン殿下の発言にソレンヌが慌てて答える。確かに、以前のソレンヌは時間があればレナルド王子の事を考えて悩んでいた。だけど、留学生の方達が来てからは徐々に仲を深めていっているのを実感しているしソレンヌが笑顔でいることも増えた。私はソレンヌにジル様の事を明かしていないから同じ恋する乙女であるエルヴィラ嬢の存在も大きいのだろう。それもお互い婚約者を一途に慕っているということもあり、この二人は特に仲良くなっている。
「そうか。それならば良かった。だが、呼び方は本来は先程呼んでいた方で何時も呼んでいるのだろう?」
「はい…」
「ならば、気にせずその呼び方をしてくれて構わない。ルイーズ嬢も構わないだろう?」
ロラン殿下の問いに恥ずかしそうに頬を染めて頷くソレンヌ。お堅い部分もあるソレンヌの事だからはしたない場面を見せてしまったとでも思っているのだろう。
「そうですわね。皆様がお許し下さるのならばわたくしも何時も通りに呼んで欲しいですわ。お姉様と呼ぶソレンヌがそれはもう可愛くてわたくしの毎日の癒しですの」
「ル、ルイーズ様っ」
私の言葉に慌てて声を上げるソレンヌは、更に頬を赤くした。少しいじめ過ぎただろうかと思ったがやはりお姉様と呼んでくれるのならばとても嬉しいし殿下達が許可してくれるのであればいつも通りにしたい。
「えー、何かずるーい。あたしももっと皆と仲良くなりたーい!そうだ!あたしもロマーヌ王女じゃなくてロマって呼んでよ!」
私とソレンヌのやり取りを見ていたロマーヌ殿下が挙手をして話に加わる。
「そうですわね。では、わたくしの事もエルヴィラではなくエリヤと呼んでくださいませ」
「そうだな。俺達も殿下じゃなくて名前で呼んでくれ。ロランもドナシアンもいいだろ?」
「ああ。問題ない」
「はい、僕も構いません」
エルヴィラ嬢の後に続いてデジレ殿下がそういうとロラン殿下とドナシアン王子も同意を示す。
「では、お言葉に甘えてロマ様、エリヤ様、デジレ様、ロラン様、ドナシアン様と今後は呼ばせて頂きますね。わたくしの事もどうぞルゥとお呼び下さい。」
「ルゥ…?」
収集がつかなくなる前に纏めて収束し、自身の呼び方についても愛称を提示するとジル様が小声で私の愛称を呼んだ声が聞こえ彼を見る。八年振りに彼の口から呼ばれた愛称。それだけでこんなにも胸が高鳴るとは思いもしなかった。
「ジェル───」
「いたぁぁい、骨が折れたかもしれないいい。一人で立てないよおお」
叫び声に昂った気持ちが急降下する。
というか、まだ居たんですかアナタ。
その声で漸く皆も気付いたのか少し奥の方にいたラシェル嬢へと目を向けた。




