11話 留学初日
喧騒が満ちている。
授業も終わり私は中等部第三学年に留学して来た面々を校舎に隣接する喫茶店へと案内していた。
私達と同じ制服を来た人々は廊下の端に避け道を開ける。道を阻むような愚かな者はいない。
「この学園の子女はレベルが高いなぁ。美人が多い上に案内役は女神のようなご令嬢が二人もついていてくれるし、ね。」
オルディア国第二王子が端に避けた子女達に笑顔で手を振り熱の篭った視線に応えるものだから、あちらこちらで彼の色香に当てられた令嬢が目眩を起こしているのが見える。
それを分かっているだろうに本人はその状況を何処か楽しんでいる節があり、私の方に顔を向けるとウインクを飛ばす。
「デジレ殿下にそう言って頂けますとわたくし達ダルシアク国民としてもとても嬉しい限りですわ」
私の返答につれないなぁ、なんて呟いているが本心では何とも思っていないだろう。
彼、デジレ・パリ殿下は根元は茶色に近い金髪に長い前髪を遊ばせジル様の澄んだ青では無いものの色素の薄い青い瞳に口元には常に笑みを浮かべた甘いマスク。だが、彼の垂れた目尻と薄く開かれた目の所為だろうか、女慣れした雰囲気を醸し出しながらも何処かミステリアスな雰囲気を纏っている。
おまけにフレンドリーな性格の為彼に遊ばれてもいい、又は遊ばれたいと思う女性が後を絶たない。そして、彼のストレンジはフェロモンである。そのせいだろうか、彼は女性に紳士な対応で接しながらも心の中では下に見ている節があるのだ。
「デジレ、軽い発言はよせと何時も言っているだろう」
「はいはい、分かったよ。ロランは相変わらずお堅いなぁ」
デジレ殿下を窘める声に其方へと目を向けると呆れと冷たい眼差しを彼に送るのはマラルメ国の王太子であるロラン・ブランシェ殿下である。
二人は同い年でストレンジ学園に来る前にデジレ殿下はマラルメ国に留学をしていた為、お二人は友達のような関係を築いていた。
「ピエールもそう思うだろう?」
「殿下、私に話を振らないで下さい」
そう言って、デジレ殿下の後ろを歩いていた人物を見遣る。彼はデジレ殿下と妹君であるロマーヌ殿下の護衛として共に留学して来たピエール・ギー様である。ピエール様は困った顔で応えるだけでその答えに不満そうにデジレ殿下が短く声を上げる。
「お言葉ですがデジレ殿下、そこがロラン殿下の良いところでは御座いませんか」
「ジルはロランに甘過ぎるでしょ。まあ、ジルの言うことも分かるけどね。ロランの誠実な性格嫌いじゃないし」
ピエール様と並びロラン殿下の後ろに控えるジェルヴェール様が発言をする。
デジレ殿下はやはり何処か不満気な声を上げつつもジル様の発言に肯定を示す。彼等の関係性は考察するに友人のような関係性である事が分かった。
私は四人の会話を黙って聴きながら何処か物寂しい気持ちになるも、彼等はこの学園に来る前からの知り合いだ。出会ってまだ二日目でしかない私が入る余地などあろうはずもなく、喫茶店に続く廊下を歩いていた。
「ジル、お前まで私の事を堅いと思っていたとは初耳だ」
「ロラン殿下っ。そういう意味ではっ。言葉の綾でこざいます、っ」
「ははっ、冗談だ」
ロラン殿下が胡乱げな瞳をジル様に向けると自身の使える主人に揚げ足を取られジル様は慌てて弁明する。ジル様の焦った様子を見るのは初めてでまた、その慌てた様子が可愛い。ロラン殿下グッジョブですと心の中で賞賛しながら彼等のやり取りを邪魔しないように私は案内役に徹した。ジル様の声をもっと聴きたいと思っていたが喫茶店に到着し、店内に入る。
この喫茶店には個室もあるが、ガーデンテラスが素晴らしい。テラス席からは色とりどりの花を見ることが出来、花庭園が奥に続いている。
「テラス席の方で待ち合わせをしておりますのでご案内致しますわ」
第一学年を担当するドナシアン王子と第二学年を担当するソレンヌとの打ち合わせで放課後の待ち合わせ場所は此処の喫茶店のガーデンテラスにする事に決めていた。
待っている間にお茶が出来るだけでなく花庭園の鑑賞も出来るので場を持たせることも出来るだろうという算段だ。
「何でそんな意地悪言うんですか!!」
ガーデンテラスへと出ようとすると店内の奥の方から女性の非難する声が聞こえた。
「──…様、店内にいらっしゃる方々とお店の方々に御迷惑に──」
叫ぶような声の後に落ち着いた声が聞こえる。後から声を発した女性の声は此処からだとあまり話の内容が聞こえないが、叫んだ女性を宥めているようだ。
その声が聞こえた方へと目を向けるとそこにはハニーピンクの髪に甘い蜂蜜色の瞳を潤ませたラシェル嬢とその取り巻き達がいた。対面する相手は衝立に丁度隠れて姿が見えないがそれが誰なのかは分かる。あの声はソレンヌだろう。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ございません。…さあ、此方ですわ。他の方々は既に到着しているようですわね」
私は留学生達の意識を喧騒の場から逸らす為に声をかける。幾ら、学生が多い学園内とはいえ、あのような場面を他の国の王族に見られてしまうなど我が国の恥となる。
私は彼等にダルシアク国の代表として深々と頭を下げて謝罪し、ガーデンテラスへと案内をする。
ソレンヌが対応をしているならば安心出来る。私が彼等をテラス席に案内するまでは申し訳ないがソレンヌ一人で頑張って貰わなければならない。
「皆様、お待たせ致しましたわ。」
ドナシアン王子が各国の留学生を持て成している場に声を掛ける。
その場にはやはりソレンヌだけがいない。
だが、その事には触れる事はせずに三年生の面々を席に案内する。
「ルイーズ嬢少しいいかな。ソレンヌ嬢に用事を頼んだのだけど思った以上に時間がかかっているようなんだ。申し訳ないがソレンヌ嬢を迎えに行って貰えるかな。何か思わぬ事柄に遭遇してしまって足止めを食っているのかもしれない」
ドナシアン王子はソレンヌを心配しているのだろう。心配そうな表情で私に託す。
恐らく、ドナシアン王子は自らラシェル嬢の相手をすれば早く方が着くと分かっていながらもソレンヌに対応を任せた。ドナシアン王子の判断は賢明だ。この国の王子であるドナシアン王子が他の国の王族の前で席を立って離れる事など出来ないのでソレンヌが対応に向かったのは妥当だろう。ソレンヌと私が逆の立場であってもドナシアン王子にはこの場に残ってもらい私が対応したと思う。
「承知致しました。では、ドナシアン王子此方をお持ち下さい。」
私はポケットから小さな機械を取り出しドナシアン王子に差し出す。
そして、ドナシアン王子にしか聞こえない小さな声で手短に機械の説明をした、
「この機械はわたくしの二番目のお兄様、マティアス兄様の試作品なのですが、この紫のボタンを押して頂きますとエドと連絡が取ることが出来ます。必要がありましたらエドをお呼びください」
この機械には紫と黄色のボタンがついており、紫のボタンはエド、黄色のボタンはソレンヌに繋がり、私と同じ機械を持つ二人に連絡が着くようになっている。
「ありがとう。それじゃあ、よろしくね」
「はい。それでは、皆様御前失礼致します」
ドナシアン王子は機械を受け取りソレンヌの事を私に託す。彼には護衛としてレオポルド様も後ろについているので留学生達の接遇には問題は無いだろう。
私はカーテシーをして店内へと戻りソレンヌ達がいる店内の奥へと足を進めた。




