10話 顔合わせ
六月に入る前には無事にルイス王子の婚約者候補から外れる事が出来たとお父様から報告があり、国王陛下からも王家の印が押された書類と私宛に手紙が届いた。
憂い事も無事晴れたところで、本日は遂に例の案件が実行される日がやって来た。
私は今、ソレンヌと共に豪奢な造りの扉の前に立っている。
「あの…そろそろ扉をお開けしても宜しいでしょうか」
扉の前にいた警備兵がドアハンドルに手をかけ私達に尋ねる。
「は、はい」
「よ、よろしく…お願いしますわ」
私もソレンヌも若干声が裏返ってしまった。それ程までに緊張しているのだ。
ソレンヌは純粋に他国の王族と対面することに緊張しているのだろう。私はというと、他国の王族に御目見する事にも多少は緊張しているが専らジル様の事で頭がいっぱいだ。
「ルイーズ・カプレ様、ソレンヌ・ペルシエ様御入室です」
警備兵が声を上げ扉を開ける。
開かれた先には既に複数の人物が在室しており、私とソレンヌは一歩室内に踏み入ると後ろの扉は閉められ直ぐに最上級の礼を取りカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。わたくし、ルイーズ・カプレと申します」
「ソレンヌ・ペルシエと申します。以後、お見知り置きを」
視線を下げる一瞬しか確認する事が出来なかったが、部屋には既に外務卿とドナシアン王子が在室しており今までマラルメ国とオルディア国からの留学生を接待していたようだ。
彼等は昨日ダルシアク国に入国し陛下との会見を終え本日はストレンジ学園で案内を努めさせて頂く私とソレンヌを事前に紹介する為の顔合わせとして私達は王城に呼ばれた。
「ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢顔を上げて此方へ」
ドナシアン王子のお許しに私達は漸く顔を上げ、外務卿とドナシアン王子がいる方へと向う。
部屋には長テーブルと人数分の椅子が置かれ、テーブルの上には様々な茶菓子が置かれている。上座にドナシアン王子と対面する席にマラルメ国、オルディア国の王子様が座っておりその隣にオルディア国の姫君、そしてマラルメ国からの留学生という並びで座っている。彼等の侍従は奥の壁際に控えているが、それぞれの王子の直ぐ後ろに立っている者が三人いる。
「ルイーズ嬢、ソレンヌ嬢此方の席におかけ下さい」
外務卿に案内された席へと私達二人は腰掛ける。
「さて、これで全員揃いましたな」
「へえ、それがストレンジ学園の制服?可愛い~私も早く着たいな~」
外務卿の言葉に被せて一人の少女が身を乗り出し私とソレンヌが着ている服を凝視する。
私とソレンヌは外務卿の指示により授業が終わって着替えること無くそのまま制服で来るように言付けられていたのだ。
ドナシアン王子も本日は学園を休んでいたのだが、ストレンジ学園の制服を着ている。
「ロマ、そう身を乗り出すな。品が無いぞ。…妹が申し訳ない。それにしても、お二人共御美しい。まるで女神のようだ」
少女の隣に座っていた男性が私とソレンヌに向かってウィンクを飛ばす。
「うぉっほん。本題に入ってもよろしいかな?」
外務卿が流れを引き戻す為に一度咳払いをすると、騒いでいた男女は口を噤む。
「先ずは紹介致しましょう。今後ストレンジ学園で皆様の案内を務める我が国筆頭公爵家のご令嬢であるルイーズ嬢とソレンヌ嬢です」
「改めまして、ご紹介に預かりましたカプレ公爵家が長女ルイーズと申します。中等部第三学年を担当致しますわ」
「同じく、ペルシエ公爵家が長女ソレンヌと申します。中等部第二学年を担当致します」
「そして、僕ドナシアンが中等部第一学年を担当させて頂きます」
ダルシアク国側の自己紹介も終わり、外務卿は次に留学生側の紹介へと移る。
先ず、カジノなどの娯楽で有名な国、オルディア国から第二王子のデジレ・パリ殿下(3年)、デジレ殿下の妹君であるロマーヌ・パリ殿下(1年)、デジレ殿下とロマーヌ殿下の護衛であるピエール・ギー様(3年)。
技術大国でダルシアク国の隣国に位置するマラルメ国からは王太子であるロラン・ブランシェ殿下(3年)、ストレンジの能力値が高く侯爵家の嫡男であるヴィヴィアン・パスマール様(2年)、ヴィヴィアン様の婚約者であり同じく能力値が高い公爵令嬢のエルヴィラ・ムニエ様(2年)、ロラン殿下の側近候補で騎士を目指しているセレスタン・ミッサ様(2年)。
そして、六年前までは頭半個分程しか変わらなかった身長は見上げなければならないほどに成長し、スマートでありながら服の上からでも分かる、程よい筋肉のついた引き締まった体。肩辺りまであった髪はバッサリと短く切られ、ぱっちりとした目に優しさが滲み出ており何方かと言えば王妃様似であった顔立ちは国王陛下似の凛々しい顔つきに変わり光を反射する銀色の美しい髪といつまでも見つめていたくなる澄んだ青の瞳。全体的な寒色の所為なのか、それとも彼の保持するストレンジの所為なのか何処と無く冷たさを纏った空気を発している私の最愛──ジェルヴェール様(3年)。
彼は私が入室した時かなり驚いたのか目を見開いていたが、今は平素に戻りロラン殿下の後ろにセレスタン様、ピエール様と共に並んで立っている。
その後もストレンジ学園に入ってからの説明等が続いていたが、話を聞きながら意識はずっとジル様に集中していた。
早く彼と話したい。早く彼と行動を共にしたい。そんな気持ちを理性で抑え付け、私達が来る前に既に一通りの説明は終えていたようで、簡素な確認だけの短い時間に内心残念に思いながらもその日はお開きとなった。
だが、明日からは彼と共に学園生活を送る事が出来るのだ。学生寮に戻ってからは頬の筋肉が緩みっぱなしで始終にやけてしまいサビーヌに呆れた視線を送られたが気付かない振りをした。




