9話 親心
謁見の間を出ると私はお父様に呼び止められ、ソレンヌとは途中で別れお父様の後に続いて王城の廊下を進んでいる。
「お父様、何方に向かわれているのかお伺いしても宜しいでしょうか?」
お父様に呼び止められた際には後に着いてくるように言われただけで行先までは告げられなかったので聞いてみた。
「国王陛下からの御達しでな。王の執務室へと向かっている」
前を歩きながら、何となしに言われた言葉に驚愕する。
「わたくし、何か陛下の御前で粗相でもしましたでしょうか」
特に陛下の気に触るような発言をした覚えは無いが、私だけが呼ばれたと言うことは自分が気付いていないだけで何かやらかしてしまったのかもしれない。
今回の件以外の事であれば割と思い当たる節が多過ぎて顔から血の気が引く。
数年前にスタン様に会ったのがバレたのだろうか、とか禁止されているピッピコの能力を無断でこっそりと使用しているとか、他にも報告していないストレンジを持つピッピコが複数いるとか考え出したらキリがない。
「陛下から個人的にルゥに話があるそうだ。ルゥよ、私は他国の王族の接遇を請け負う事に反対だ。お前が断るのであれば私の方からもカニャールに話を通してやろう」
お父様は足を止め真剣な顔で私を見つめる。本当に…私には何処までも甘い人だ。
「いいえ。一度受任した事を反故にする訳にはいけませんわ。お父様が何を懸念しているのかは分かりかねますが、未熟ながらも精一杯任を努めさせて頂きますので御安心下さいませ」
お父様が懸念している案件が接遇では無いことぐらい分かっている。だが、此処で私が知っている事を悟られるわけにはいかない。
お父様は私の返答に何とも言えない表情をする。恐らく、お父様としては私が何も聞かずに接遇の任から降りてくれる事を願っているのだろうが一度請け負った案件を無責任に放棄する訳にもいかないし、また私もこの件から降りる気はない。
「お前にとって辛い事があると言ってもか?」
これは…直球で来たなぁ。
お父様が言っているのは間違いなく"スタン様"についてだろう。だが、私が"ジル様"の存在について知っているのはおかしい。陛下に教えられたのはスタン様が生きているということだけなのだから。
「確かに、王族の接遇など安易な事では御座いませんわ。ですが、ドナシアン王子にソレンヌもいるのですからわたくし一人では御座いませんもの。お父様は心配し過ぎですわ。信用はお兄様達の足元にも及ばないかもしれませんが、少しはわたくしの事も認めて下さっていると思っていたのに傷つきましたわ」
「いや、ルゥが他国の王族に不敬をするなんて思ってもいないし信用していないわけでは無いんだ。お父様が悪かったから機嫌を直しておくれ」
私は頬を膨らませてそっぽを向くとお父様は慌てだす。
先程までの張り詰めた空気が霧散した事に安堵し、怒っている体を取りつつお父様をちらりと見遣る。
「最後の方は冗談ですわ。ですが、本当に心配は無用ですわ。わたくし達で対処出来兼ねる場合は直ぐにお父様やカニャール様に文を認めますので御安心下さい。…さあ、陛下をお待たせするわけにはいけませんので陛下の執務室まで参りましょう?」
お父様の慌てようにクスリと笑みを零す。お父様が心配している内容とは食い違っているが、まあ、何とか切り抜ける事に成功したであろう。
ただ、この後の国王陛下の話を思うとどうにも気が重くなってしまうが陛下直々の呼び出しを無視するわけにもいかないので再びお父様の後に続いて執務室までの廊下を歩く。
「陛下、ルイーズをお連れ致しました」
執務室の前にいた見張り兵に扉を開けてもらい部屋に入るなりお父様が陛下に声をかける。
「マルセルもルイーズ嬢も急に呼び立ててすまんな」
「いえ、滅相も御座いませんわ。」
陛下の謝罪に私は慌てて首を振る。
「ルイーズ嬢よ、この場にいるのは我とマルセル、ルイーズ嬢の三人だけだ。気楽にしてくれて構わん」
「畏まりました」
気楽になどと言われて本当に気楽になど出来るわけも無いが返事だけは返す。
「早速本題に入らせて貰うが、ルイーズ嬢、今現在貴殿の中に想い人はいるだろうか」
.......っ!!
陛下、率直に来ましたね。
お父様、そんなあからさまに嫌そうな顔をしないでください。
私の心の中には幼少の頃から変わらずにスタン様だけを想っている。
私がスタン様を慕っていたのは陛下もお父様も存知の事。その為、今尚私がスタン様を慕っているのかどうか知りたいのだろう。
「恐れながらも陛下、わたくしの心は幼少の頃よりただ御一方だけに捧げていますわ」
哀愁を孕んだ笑みで答えると陛下は一瞬だけ苦い顔をした。
息子を思う心と私の恋心を気遣う心。その二つが陛下の中でせめぎ合っているのだろう。
「それは我が息子であるスタニスラスを今尚慕っていると受け取って良いのだな」
「はい…」
想い人の父親と自分の父親の前で好きな人を暴露するなど何の羞恥プレイだと思わなくもないが、本題は此処から先だと分かっているのでハッキリと自分の気持ちを陛下に伝える。
「そう…か。六月にマラルメ国とオルディア国から留学生が来る事は先程聞いたから知っておるな」
「はい。存じ上げております」
「では、八年前スタニスラスが生存していると伝えたことはルイーズ嬢のことだ。覚えているのだろう」
「はい。よく覚えておりますわ。スタニスラス様が御存命であると存知上げておればこそ、いつか再びお会い出来ると信じて今日まで生きて来ましたわ」
包み隠すこと無く陛下に真っ向から伝える。
陛下の表情はあの一瞬変化しただけで今は真剣な面持ちが崩れる事はない。その為、陛下の御心を読み解く事が出来ずに私の心の臓は緊張に大きく脈打つ。
マラルメ国からの留学生。その中にジェルヴェールと名前を変えてスタニスラス様と私は再会する。
「ルイーズ嬢、落ち着いて聞いてくれ。マラルメ国からの留学生の中に我が息子であるスタンがマラルメ国第一王子であるロラン・ブランシェ王子の護衛として帰国する」
私はその言葉に瞠目する。
「驚かないのだな」
私が取り乱さなかったことが意外だったのか陛下は私を見つめる。
それに、私は緩く首を振って陛下の発言を否定した。
「いいえ、十分驚いておりますわ。ですが、此処へ来て陛下が発言されたのは留学生とスタニスラス様の事でしたので、もしやと思っただけに過ぎませわ」
「ルイーズ嬢なら我の発言からその結論に結び付けるのは無論の事であったな」
私は陛下の言葉に是も非もなく曖昧に笑むだけに留めた。まあ、本当は知っていたから取り乱さなかっただけなのだけど。
「そこでルイーズ嬢には頼みがある。スタンが記憶喪失である事は伝えたな」
ああ…やはり
「スタンは名前を変え新しい人生を歩んでおる。ルイーズ嬢には辛い事を申すが、スタンに会ってもこの国の第一王子であったことは話さないでくれないか」
陛下も人の親。心だってある。
最愛の妻であったエヴリーヌ様を失い、その唯一の息子であるスタン様とも幼少の頃より離れ離れになってしまった。
その時の陛下はどれ程お辛かったであろうか。
「陛下、承知致しましたわ」
私よりもさぞかし辛い日々を送って来たであろう陛下。その陛下が、一人の親として今私に頼み込んでいるのだ。
それを私一人の感情で拒否することなど何故出来ようか。
「スタニスラス様が記憶を取り戻したらさぞかし困惑するのは目に見えておりますわ。それに、暗殺者の手を緩める為とはいえ第一王子は既に故人として世に広まっておりますもの無理に思い出させる事など出来ようはずも御座いません」
「ルイーズ嬢…すまない。」
「陛下、謝らないで下さいませ。…ただ、一つだけ願っても宜しいでしょうか」
泣くな。泣くな。
分かっていた事だ。
だからこそ、六年前ジル様との逢瀬を重ねても彼の事も私の事も一切話さなかったのだから…
「願いとはなんだ」
だけど、願うだけならばいいだろうか?
「わたくしはずっとスタニスラス様の隣に在り続けたいと願っております。留学期間中だけでもお許し頂けないでしょうか」
ストレンジ学園に留学すればどの道私とスタン様は接触するだろう。
その間だけでも、共にありたい。隣に居たいと願う事だけは許して欲しい。
「スタンに事実を告げぬと言うのであればそのくらいは許そう。だが、ルイスが黙っていないのではないか?その時、貴殿がルイスの婚約者候補であるとスタンにバレる確率が高くなるぞ」
問題はそこだろう。
私は目的の為にルイス王子の婚約者候補にはなったが、ソレンヌやエドと知り合い、ジル様にもお会いする事が出来た。後は、レナルド王子とルイス王子の母君であるレリア様が王妃殺害の主犯であるという証拠を掴むだけだったのだが、それはまだ難航している。
実際、レナルド王子のルートでも物的証拠は無くレナルド王子が目撃証言をヒロインに打ち明けただけでレリア様の断罪があった訳では無い。
「そう…ですわね」
レナルド王子は現在あの調子だ。
彼からの証言を得ることは既に諦めた。だから、本当はルイス王子との婚約者候補を外れても問題無いのだが、それは今現在お父様と話し合い中であり、予定では二学期には婚約者候補を外れる事が出来るようにことを進めていた。
フッ
私が思わず難しい顔をしていると陛下の口から息が漏れる音が聞こえ顔を上げる。
そこには穏やかな表情をした陛下がいた。
「ルイーズ嬢。貴殿の心が未だスタンにある事は先程の問でわかった。このままルイスの婚約者候補に据えるのも酷であろう。我とマルセルで候補から外れるように事を進める故もう暫く待ってもらえるかな」
お父様に目を向けると今まで黙していた父は陛下の言葉に大きく頷いている。
本当に、陛下もお父様も何処までも身内に甘い人達である。
私とお父様の話は未だ談義中であり決定事項ではなかったので本来であれば未だ陛下に話は行っていないはずであるが、陛下は既に知っている様子だ。
「御配慮痛み入りますわ」
最上級の礼であるカーテシーをして謝する。
本来であれば罷り通ることのない案件をこうも簡単に決めてしまっても良いのかと思わなくもないが、常々お父様には婚約者の地位には収まらないと頑として首を縦に振ることがなかったので若干諦めも入っているのだろうが、これでルイス王子の件は気にしなくて良くなるだろう。
ルイス王子の我儘や横暴さから開放されると思うと私の心も少しだけ軽くなったのは言うまでもない。
◆◆◆◆◆
「馬車を手配するから先に帰っていなさい」
「はい。それではわたくしは此処で失礼致しますわ」
私、マルセル・カプレは廊下で娘であるルイーズを見送った後再び陛下が在室する執務室へと戻った。
「お互い、身内には甘いな」
部屋に入るなり陛下は苦い顔をして言う。
「何を今更。と言いたいところだが、全くだな」
今、この部屋にいるのは私と陛下だけなので、砕けた口調で話す。これは、陛下自らそうしてくれと望まれ、幼馴染である私や宰相のジョゼフ等気の置けない者達しかいない時は堅苦しい話し方は辞めた。
「だが、ルイーズ嬢がまだ我が息子スタンを好いてくれているとは思わなんだ」
「あの子は一途だからなぁ。ルイス殿下の婚約者候補を外れたいと相談を受けた時にはルゥに見合った男を用意しようとしたらそれはしないでくれと先に止められてしまってな」
私が肩を竦めてみせると「ほう」と陛下は一言だけ発して先を促した。
「何でも、心に決めた人がいるんだと。先程の話でまだ、ルゥの心に居座っているのがスタニスラス様であることが分かったのだがな」
「スタンも罪な奴よの」
私の言葉にそう続くが全くどの口がそんな事を言うのか。
「それなのに、その想い人には真実を話すな等と宣う輩がいてな。私は今腸が煮えくり返っておるよ」
鋭い視線をその人物に向けると陛下はバツが悪そうに目を逸らす。
「今はジェルヴェール様だったか。彼がもし、ルイーズを好きになったらどうするつもりだ」
父親としてこれは聞いて置かなければならないことだろう。15歳の娘をフリーにするのだ。本来であれば直ぐに別の婚約者を見つけなければならないがルイーズの心には第一王子がいる。それに、話によれば第一王子は現在マラルメ国の王太子の護衛をしているそうだが婚約者もいないとヤニクから既に聞いている。
政略等を考えれば何処かの家柄の良いところと婚約させるのが良いのだろうが、娘には幸せになってもらいたいという気持ちもある。
「そうだな。マルセルはどう考えている」
「私はルイーズが望むのであればスタニスラス様と添い遂げても良いと思っておる」
間髪入れずに答えたのが意外だったのか陛下は目を丸くしていたが、直ぐに顎に手を添えて考え出した。
「そうだな。スタンがもし、彼女の事を好きになったら我も一緒になっても良いと思っておる。その時は、二人の意向を聞いて我が国に残ると言うのならスタンには爵位を授け二人穏やかに暮らせる場所でも用意しよう」
陛下はそう言うと途端に目を輝かせ出した。
恐らく、今はそうなればいいとでも思っているのだろう。最愛の王妃が産んだ忘れ形見である最愛の息子と、昔は相思相愛であり、王妃にも認められていた我が娘が再び結ばれることの出来る未来が見えたのだ。
親心としては陛下も私もそうなれば良いと願う。
出来ることならば、一度引き裂かれた幼き恋心が再び結ばれる未来がありますように───────




