3話 最悪な対面
「レナルド王子、ルイス王子御紹介致しますわ。彼女は───」
「お初にお目にかかります。今日から編入することとなりました。私、ラシェルと申します。皆さんどうぞよろしくお願いします」
ソレンヌが双子王子にラシェル嬢を紹介する為口を開くとそれに被せる声にソレンヌの言葉が止まる。
声を被せて来た人物は紹介に預かった本人で、一歩前に踏み出し活発的な満面の笑みで挨拶をする。
言葉を遮られたソレンヌは驚きに掌でラシェル嬢を示しながら動きが止まり、私の隣にいたドナシアン王子、エド、レオポルド様もラシェル嬢の行動に唖然としている。観衆の人々も流石にこの行動には驚きが隠せないようで他人事ながら顔を強ばらせている。特に平民出自の人達は顔面蒼白となっている。
事の事態に気付いていないのはバ…双子王子と本人ばかり。
「ラシェル嬢。君は気づかなかったようだけど、今、ソレンヌ嬢が君の紹介をしてくれようとしていたんだよ。気付かなかったとはいえ、人の話を遮ってはいけないよ。それと、君には色々と覚えて貰わないといけないことが多そうだ。ソレンヌ嬢、君の話を遮ってしまって誠に申し訳ない。彼女には私から指導しておくので今の事は水に流して頂けないだろうか。」
「えっ、そうなんですか。ごめんなさい、私ったら自己紹介くらい自分で出来るので気付かなかったです。ソレンヌ様、ごめんね?」
「あ、いえ。わたくしが余計なお節介をしてしまったので気になさらないでくださいませ」
ラーゲル先生が咄嗟にフォローを入れソレンヌに謝罪する。
しかし、どうしたものか。当の本人は仰々しく驚いた顔をした後、両手を組み涙目でソレンヌに詫びを入れているのだが、これまた不遜な態度である事には一切気付いていないようだ。
公爵令嬢であるソレンヌの言葉を遮り庶民が王子に直接口を利いただけではなく、自己紹介は自分で出来るとソレンヌの行いを無下にし、頭を垂れるのではなく両手を組んでタメ口での謝罪。
学園では権力を振り翳す事を禁止とされているが、全員が対等であるということではない。教師も無論の事ながら上下関係は存在するのだ。国王陛下の指示により、双子王子を教育するラーゲル先生であってもきちんと立場を弁えた態度を取っている。その中で人道的な事に関してのみ王子達に厳しく指導しているのだ。
ソレンヌは気にしないようにと言ってはいるが、ラシェル嬢は本来気にしなければならない。
ヒロインはこんなにも愚かだっただろうか。私が首を傾げた時だった。
「今のはソレンヌが悪いぞ。謝るならソレンヌの方だろう」
「自己紹介ぐらい誰でも自分で出来るもんな!」
このバカ王子共はまた何を言っているのか。
そう思ったのは私だけではないようで、他の人達の目にも非難めいた色が宿っている。今のは誰がどう見てもラシェル嬢に非があるのは明白だ。
「そう……ですわね。申し訳ございませんでしたわ。ラシェル嬢」
レナルド王子のソレンヌが悪いという発言に彼女は一瞬眉宇を寄せ唇をキュッと結んだ。彼女がこの表情をする時は決まって傷付いた顔で、主に最近ではレナルド王子の心無い言葉に胸を痛めた時によく見せる。その事に気付いているのは私とエド、ドナシアン王子だけだろう。
ソレンヌはほんの一瞬だけ傷付いた顔をしたが、すぐに凛とした態度でラシェル嬢に頭を下げて謝罪する。
「そんなっ、顔を上げて下さい。ソレンヌ様。誰にでも間違いはあるんですから。ね?」
もしかして、ラシェル嬢は私と同じ転生者?
それとも、ただの愚か者なのだろうか。
茶番だとしか思えない(バカ王子とヒロインの)稚拙な言葉の応酬に目眩がする。
確か、ゲームの中でもヒロインは天真爛漫を拗らせた性格でファンからは賛否両論に分かれた程ではあった。他の令嬢とは違う活発で天真爛漫な飾らないところがいいという意見と馬鹿っぽいし、もっと礼儀を重んじるべきとの厳しい意見もあったほどだ。
だが、転生者だろうかただの愚か者だろうがどうでもいい。ただ一つ、分かっている事は、
私の可愛いソレンヌを辱めたな??
その事実だけで十分だ。
本来なら万死に値するところだが、今回の件はバカ王子達も関わっている。
「ラーゲル先生、彼女のあとの事はお願いしても宜しいでしょうか?確りとこの学園に馴染んで頂かなくては彼女自身にも不便になりますものね。宜しくお願いしますね?」
「ルイーズ嬢……。ラシェル嬢にはしっかりと学園について説明しておこう。時間を取らせてしまって申し訳ない。」
私はポケットから扇子を取り出すとソレンヌを僅かに隠すような位置に立ち全く笑っていない口元を隠し双眸を弧に描く。私の口振り、態度から即座にラーゲル先生は怒りの波長を感じ取る。
言外に今回は見逃してやるからさっさとその無礼な奴を連れて此処から去れと伝える。
ラーゲル先生は何か言いたげな表情をしたが、聞く気は一切ない。聞いたところで何の得にもならない事は目に見えているからね。
「さあ、行こうか。職員室に行くのに大分時間が押してしまった。他の教員達にも挨拶をしないといけないからね」
彼は私の別の意味を正しく解釈しこの場から離れようとする。
「あ、でも私まだ皆のこと聞いてないです。此処にはクラスメイトになる人達もいるんですよね?折角、なのでクラスメイトの人もそうではない人も名前を聞いてみたいです。私、この学園の人達みんなと仲良くなりたいなあって思ったんです。えへへ。」
淡く頬を染めて無邪気に笑う。
満面の笑みで貴族社会では有り得ない歯を見せて活発的、無邪気、まさにこの言葉がぴったりと当てはまる笑顔。
おまけに美少女と来たもんだ。
双子王子とその他数名の男子生徒が彼女の笑顔に見蕩れているのに気付いた。
令嬢令息が多いこの学園では物怖じせず自分の意見をはっきり言って無邪気な笑顔で笑う者などいない。平民同士の間であれば時折見受けられる光景かもしれないが、貴族社会で生きてきた人間に取っては彼女の存在は初めての人種だろう。それに美少女だし(二度目)。
「申し訳ございませんが、わたくし達この後予定が入っておりますの。まだ、この場に御滞在されるのでしたら申し訳ございませんがわたくし共は先に失礼させて頂きますわね。……レナルド王子、ルイス王子御前失礼致しますわ」
私はそれだけ言うと目配せでソレンヌとエドに着いて来るように指示する。ドナシアン王子とレオポルド様はどうしたのかって?
この二人に関してはヒロインと仲良くしたければその場に残ればいいと思うし、宜しくしたくなければ勝手に着いて来るだろうと判断した。双子王子に挨拶をしてその場を去ろうと歩み出す。
「待って下さい!!」
甲高いかしましい声で呼び止められ眉宇を寄せ私達は足を止めた。




