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9話 逢瀬 ジェルヴェールside




海を思い出させるようなアクアマリンの髪色に綺麗な菫色の瞳。

俺とそう変わらない年頃の少女が振り返った瞬間時が止まったかのように目を奪われた。



『スタン様』



師匠の声は一切聞こえなかったが彼女が何度も口にしたこの名前に何故か胸がザワついた。

彼女の口振りからそのスタンというのは俺のことでは無いのかと思い至ったが師匠がずっと怖い顔をしていたから聞くことが出来なかった。


彼女が消える前、俺に抱き着きある物を渡された。師匠に伝えようかとも思ったけど、俺を見つめた時の彼女の寂しさを孕んだ瞳とふとした時に見せた悲痛な面持ちが頭から離れずに師匠に話せずにいた。



「そういえばあの子の名前を聞いてないな…」



あれから三日。今日は師匠は用事があるとかで朝から出掛けていた。俺は習慣となった訓練を一人行うがここ最近ずっと彼女の事が気になって小川が流れる川沿いに腰を下ろし彼女の髪色と同じアクアマリンが嵌め込まれたペンダントを弄る。


俺は一年前賊に襲われたところを師匠に助け出された。その時、酷い怪我を負った俺は一週間程熱に浮かされ意識が戻った時には何もかもを忘れ自分が誰なのかさえも分からなくなっていた。そんな正体不明の俺を師匠は受け入れ戦う術を教えてくれた。

そして、今後生きていく為に近々俺と同い年であるマラルメ国の王子と謁見し王子の盾となり矛となることが決まっている。師匠はダルシアク国とマラルメ国の両陛下とお知り合いらしいが師匠とどういったご関係なのかも師匠の詳しい役どころも俺は知らない。ただ、師匠の弟子である俺ならば護衛として不足ないと見てのことらしい。


ペンダントを片手に持ち太陽に透かしながら一人思案している時だった。

ペンダントが淡く光出したかと思えば小川の水がバシャンと音を立て何事かと音がした方を見遣る。



「あ、痛たたぁ。ちょっと、テン。なんて所に転移してるのよ!」



そこに居たのは以前会った少女が全身ずぶ濡れで小川の中で尻餅を着いていた。

少女は肩に乗ったピッピコ(?)を叱咤した後何事も無かったかのように立ち上がり河岸まで寄る。



「ジェルヴェール様、三日振りですわね」



何故だろうか。師匠には彼女の事は忘れろと言われ関わってはいけないのだと分かってはいるが嬉しそうに笑う彼女に目を奪われ無意識に胸が高鳴る。



「風邪を引かれても面倒だ。さっさと上がれ」



俺はそっぽを向いたまま彼女に手を差出し川から上がるように促す。いつまで経っても握られない差出した手と返答が無いことに素っ気なさ過ぎたかと思い彼女を見遣ると少女は目を見開き固まっていた。



「おい」

「へ……?あ。も、申し訳ございません。少し、驚いたものでして」



声を掛けると慌てたように手を取り川から上がる。

その時の、嬉しさとやはり何処か寂しさが混じった表情が胸をざわつかせる。

それから彼女は一方的に話し出した。

彼女から渡されたペンダントは俺の居場所を彼女に伝えるもので転移する時に繋ぐものだと知った時には驚いたが突き返す事も捨てる事も出来なかった。

それから、彼女は師匠がいない日を見計らってペンダントを通じて俺の前に姿を現すようになった。

俺は気付かないうちに彼女に会うのが楽しみになっていた。彼女が話す事は極一般的な世間話なのだが孤児院を訪れた時に子供達に花の冠を頂いただとかクッキーを差し入れたらとても喜んでくれたとかを心の底から楽しそうに話すその姿に知らず知らずのうちに惹かれていた。

そして、ある日思い切って俺は彼女に全てを聞くことにした。



「君は、誰なんだ。スタンというのは俺なのか?本当の俺は何者何だ?」



俺を見る度に寂しそうにする彼女ならば記憶を取り戻す為に本当の事を教えてくれるだろうと思っていたが彼女は緩く首を振った。



「わたくしが何者なのか。また、貴方が誰なのかをわたくしの口からお伝えする事は出来ませんわ」



これ以上は聞かないでくれ。彼女の表情がそう告げていたからそれ以上何かを聞くことは出来なかった。

彼女は消える瞬間、毎回同じ言葉を言って消える。


「ジェルヴェール様、お慕いしておりますわ」


と、真っ直ぐに俺を見つめて想いを告げる。

彼女と初めて出会い逢瀬を重ねて一年半が経った頃だろうか。来年で十歳となる彼女はダルシアク国最大のストレンジ育成機関であるストレンジ学園へと入学する事が決まっているらしい。

ストレンジ学園といえばダルシアク国だけでなく、八国内でも最大のストレンジ育成機関である。その為、全世界から強力なストレンジを持つ者達が集まるとも言われている。

そして、同じく十歳となる俺も来年にはマラルメ国の王子と共にストレンジ持ちが集まる学園への入学が決まっていた。炎のストレンジを持つ王子の力は幼少ながら膨大だ。何れ、ダルシアク国のストレンジ学園への留学もあるだろう。その時、俺も護衛として王子と共にストレンジ学園に行くことが出来れば毎日彼女と顔を合わせることが出来るのではないかと考えていた時、彼女の手が俺の手を掴み何時もの別れを告げる。

しかし、この日はいつもと違った。



「ジェルヴェール様、お会いするのは今日で最後ですわ。心からお慕いしておりますわ。」



彼女は泣きそうな顔で告げる。

俺の手を取り念じるように彼女自身の額に押し当てた後笑顔で何時ものように消えようとする。

今日で最後なんて何故今更言うんだ!と驚いたが早く何かを言わなければ彼女は自分勝手に消えてしまう。初めて出会ったあの日から自分勝手に姿を現し想いを告げて姿を消す。此方の都合等一切考えずに。だけど、俺は彼女の事を嫌うことなど出来なかった。名前も知らない正体不明の少女。だけど、この一年半で彼女との逢瀬を楽しみにする程惹かれてしまった。



「俺はジル。ジルと呼んでくれ」



最後だと言うのにこんな事しか叫べなかった。自身の不甲斐なさに恥ずかしくなったが彼女は花が咲くような嬉しそうな笑顔で俺の名を呼んだ。



「ジル様、大好きです。六年後……六年の間わたくしを忘れないで下さいませっ、」



そう言って彼女はピッピコの転移で姿を消した。

六年。その期間が何を意味するのか、六年後に何があるというのかは分からない。だが、二度と彼女の事を忘れてなるものかと心に誓った。

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