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8話 伝えられない願い



「初めまして、ジェルヴェール様。わたくしは貴方の記憶の向こう側の住人ですわ」


私はスタン様……いえ、今はジェルヴェールと名乗る少年の前で立ち止まりスカートの裾を摘みカーテシーをする。

同伴していた男が射殺さんばかりに鋭い視線を向けてくる。

私が自分の名前を名乗るのは禁じられている。そのくらいは心得ているつもりだ。だけど、彼の知り合いだと接触するくらいは見逃して欲しいものだ。



「俺、の?君は俺の事を知っているのか!?」



俺……ですか。

私の記憶の中の彼は親しい者達の前では一人称は『僕』と名乗り、公の場では『私』だった。

そんな些細な変化でもこの一年の空白で彼が変わってしまったのだと思い知らされて胸が痛む。



「ええ、よく存じておりますとも。貴方の事は忘れたくても忘れられませんわ」



上手く笑えただろうか。

彼が大好きだと言ってくれた私の笑顔。引っ込み思案の人見知りだった私に外の世界の楽しさを教えてくれた方。

例え貴方が私の事を忘れようとも私の記憶から貴方の事が消えることはない。




思い出して。



本当はそう言いたい。



大好きだよ。



恥ずかしそうにしながらも耳元で囁いてくれる甘い声を聞かせて。





私は最後に彼へと抱き着く。口には出さないがありったけの想いを込めて。

名残惜しそうに彼の手を握った時、後ろの男にバレないように私はある物を渡した。

そして、男には気付かれないようにこっそりとテレパシーのストレンジを持つネンを使って彼に語りかける。



『わたくしは貴方に見合うような女性になりますわ。例え貴方がわたくしを忘れようともずっと、ずっと、お慕いしております。コレはわたくしからの餞別ですわ誰にも見られないように持ち歩いて下さいませ』



「おい、そろそろジルから離れるんだ嬢ちゃん。在らぬ疑いをかけられたくなかったらな」



男は私の首根っこを掴みジル様から引き剥がす。少しくらい見逃してやろうという優しさもへったくれもない男にじっとりとした視線を投げるが何処吹く風だ。



「まあ、淑女の首根っこを掴み感動の再会を邪魔するなんて本当に無粋な男ですわね」


けっ、と悪態つき淑女らしからぬ顔で抗議する。



「はいはい、淑女はそんな悪態はつかねぇぞ」

「貴方だからこんな顔になるのよ…」



負けじとそう言い返そうとした時だった。



「タララララーン。俺の可愛い天使よ。残念だが、時間が来たようだ。ああ、俺のジュリエット天使よ。何故君は天使何だい。俺と天使の逢瀬を時間如きが邪魔するなど言語道断。さあ、俺の天使よ時間など気にせず二人でゆっくりと今後のことについて語り合おう。我が愛しの天使、ルイ───」



私の腕から飛んでもない音声が流れる。

最後まで音声が流れ切る前に左腕に付けられた機械を右手で握り潰す。

男とジル様は呆気に取られ呆然としている。

それもそうだろう。急にあんな意味不目なヤバい音声が流れたのだ。



左腕に付けていたのは腕時計。

これは、録音機同様、錬金術のストレンジを持つマティ兄様が作製したものだ。

アラーム付の腕時計を頼んで作って貰ったのだが、音声の確認まではしていなかった。

私は羞恥に顔を赤らめる。



「ぎゃっははは。何だよあの痛い音声──ふぐっ」



男は正気に戻り腹を抱えてゲラゲラと笑う。

私だって、何だよあの痛い音声はって思ったけどこの男に言われるのはムカつく。私は男が言い終わる前に腹部に拳を叩き込む。



「それでは、わたくしはこれで失礼致しますわ。御機嫌よう」



私はその場から逃げるようにテンのテレポートでミュレーズ邸に転移する。消えるその瞬間、ジル様が口元に手を当てて小さく吹き出すのを私は見逃さなかった。

笑う時の彼の優しく垂れる目元だけは変わっていない。その事に少しだけ安堵しつつ、マティ兄様を絞めるのはジル様の笑顔と引き換えに無しにしてやろうと考えた。






私はミュレーズ邸の近くに転移をしてネンを通じてサビーヌに連絡を取る。

再び転移する前の廊下に戻れば既にサビーヌと私な変装したゲンがいた。私はゲンの頭を撫でて亜空間に戻るように指示を出す。



「サビーヌ、報告して頂戴」

「はい。エドヴィージュ様とソレンヌ様はゲンの擬態には気付いておられませんでした。」

「エド嬢とソレンヌ嬢はって事はアドルフ様には気付かれてしまったの!?」



サビーヌの報告に私は慌てる。

アドルフ様やミュレーズ家の方達に私が西の森に入ったとバレれば大変な事になる。


「いえ、ゲンをじっと観察はしておりましたが、運良くエドヴィージュ様が私に模擬戦を申し込んで下さったお陰でアドルフ様の興味は私の方へと向けることに成功し、つい先程まで戦っておりました。」



淡々と述べるサビーヌ。

息一つ乱れていないサビーヌを見る限りサビーヌは上手い具合にアドルフ様を誘導して時間を引き伸ばしていたのだろうと簡単に予測出来る。

そんな優秀なサビーヌに苦笑いしか出来なかった。



「ところで、お嬢様。あの御方には無事お会いできましたでしょうか?」



サビーヌの問いに反射的に肩が上がる。

その反応をおかしく思ったサビーヌは訝しげに首を傾げて私を見つめる。



「ええ、無事お会い出来たわ。計画は順調よ」



私は小さく被りを振って笑顔で答える。



「お嬢様、本日はもう御帰宅された方が宜しいかと思いますが…」

「駄目よ。途中で帰ったりなんかしたらアドルフ様達に疑われてしまうわ。」

「畏まりました……。では、お戻りになる前にお涙をお拭き下さい」



サビーヌは心配そうな表情のままハンカチを差し出す。

私は差し出されたハンカチで涙を拭う。

どれだけ我慢しようとも流れる涙だけは止める事が出来なかった。

私は気合いで何とか涙を止めてお茶会へと戻る。その後の事はよく覚えていない。時間になりグエン兄様が迎えに来て下さり自室へと戻った私はひたすら泣いていた。





如何して忘れてしまったの。


思い出してよ。


変わらないで、私の知る貴方のままでいて。


他の人になんて目を向けないで。


私だけを愛して。





口をついて出てくる言葉は自分勝手な言葉ばかり。

だけど、止められなかった。

その日一日枕に顔を埋め声を上げて泣いていた。

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