2話 知った想い
「お嬢様。大丈夫でございますか、っ」
サラリと前髪を優しく撫でられゆっくりと目を開ける。
嫌な汗がまとわりつき身体中の血脈がどくどくと波打つのが分かる。
「お嬢様、お水をどうぞ」
侍女が水筒を差し出す。
彼女は私付きの侍女で名をサビーヌ・シャリエという。
どうやら私は馬車の中で寝てしまい彼女に膝枕をしてもらっていた。私は無言のまま身体を起こすと差し出された水筒を受け取りカラカラに乾いた喉を潤す。
「お嬢様、夢見が悪そうでしたので起こしましたが大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫よ。ありがとう」
心配そうな顔でサビーヌは私の顔を覗き込む。
あの夢は何だったのか……
あの場面は知っている。乙女ゲーム版ストワで第一王子のルート。ルイーズは王子の幼馴染だと言って彼に接触する。ルイーズが近付き何かを彼に言う度彼は激しい頭痛に襲われるのだ。
スタン様は途中で第一王子であった事を思い出す。だが、ルイーズと母親の事はなかなか思い出せずに割れんばかりの頭痛に毎回襲われ、それを見兼ねたヒロインが言うのだ。
「無理に思い出さなくてもいいと思います。貴方にとっていい思い出なのかも分からない。もしかしたら、深層心理の方で悪い思い出を封じているのかもしれません」
と。スタン様とルイーズの過去を知らなければ確かにその可能性もあるだろうと思う。現に、前世の私もこの発言には何も思わず、第一王子に近付いては苦しめるルイーズに少なからず反感もあったと思う。それに、ヒロインを殺そうと画作していたのがルイーズだと分かった時には思い出したくないから思い出さないんだからしつこく第一王子に付き纏うな、なんて思っていた。
だけど、ルイーズになった今なら分かる。
それに、夢での場面はルイーズの視点だった。ゲームで悪役令嬢視点なんて場面は一切ない。だけど、ゲームでのルイーズが本当に彼の事だけを想い続け辛い現世に於いて最愛の手で死ねた最期だけは幸せなものだったのだと分かる。
思わず深い溜息が無意識に漏れる。
「お嬢様、もうすぐ目的地へと到着致しますが少し到着を遅らせましょうか?」
「いいえ、大丈夫よ。このまま時間通りにお願い」
サビーヌが私の一挙手一投足に注意を払い尋ねてくる。
サビーヌは本当に出来た侍女ね。なんて思いながらも予定通りの進行を促す。
それにしても、思い出せば思い出すほどとんでもない作品だわ。ストワというのは。現実ではない夢想の世界で見目麗しい男性に囲まれ攻略していく。それは現実では無いからこそ楽しめるのであって、現実となった今世ではあれほど大好きだったストワが嫌いになりそうだ。
前世の記憶を思い出してから約一年。私はこの一年で情報収集と人脈作りに励んだ。社交界デビューもまだのたかが7歳の人脈等両手で数えられる程度だが、計画に欠かせない人物との接触はこの一年で無事クリアしている。
「サビーヌ、あとどのくらいで着くかしら」
「あと10分程で到着致します」
「お兄様が迎えに来るのは?」
「17時で御座いますので到着してからの制限時間は六時間です」
「そう。…今日早速計画を実行するわ。一時間だけお願いね」
「畏まりました」
私は今日ある事を実行する。
彼女は共犯者。今日向かう先で無事に計画を遂行出来れば遂にあの方を見つける事が出来るかもしれないし見つけられないかもしれない。
上手く行く保証は一切ないが焦りは禁物だ。この計画を知っているのは私とサビーヌだけ。それがもし、誰かに気付かれでもすれば私の自由が奪われることになるだろう。
私は逸る気持ちを抑えることが出来ずに喜びと恐怖に身体が震える。
「お嬢様。大丈夫です。もし、今日が上手くいかなくても次があります。焦ってドジだけは踏まないで下さいね」
「もうっ、サビーヌったら。わたくしがドジなんか踏むわけないでしょう?ふふっ、でも落ち着いたわ、ありがとう。」
サビーヌの軽口に頬を膨らませるも張っていた緊張が解け、落ち着きを取り戻す。彼女に前髪を撫でられる心地良さに双眸を細めながら逸る気持ちを落ち着けた。




