1話 夢
「ルイーズ・カプレ嬢、君は聡明な方だと思っていたが失望した」
如何して貴方がそんな目でわたくしを見るの?
「聞いているのか!!君は俺の大切な人を危険な目に合わせた」
本当の貴方はそんな話し方をしないわ。もっと、理知的で柔らかくてとても優しいの。
「ルイーズ・カプレ嬢!!」
怒鳴らないで。
ルゥとはもう呼んで下さらないの?
わたくしの手を取って下さる未来はもうないの?
全ては、貴方の為にやったことなのよ。
何故?貴方の隣に立つのは彼女じゃなくてわたくしのはずなのに。
「……さ、ま。わたくしは貴方のためにっ」
「俺の為と言いながら自分の為だろう。俺は一切君に何かを頼んだ覚えはない」
やめて。
もう、やめてよ。
あの方はそんな話し方をなさらないわ。
わたくしのあの方を返してっ。
「お願い、です。貴方は本当に忘れてしまったのですか?わたくしの事も、あの日の約束もっ」
「確かに俺は幼少の頃の記憶が欠落している……」
「ならばっ、ならば、今思い出して下さいませっ。わたくしはずっと貴方様を愛しておりました。貴方様もわたくしを愛していてくださったでは御座いませんか!!」
如何して…?
何故そんな心が凍る程の冷たい瞳をするの?寒いわ。凍えそうよ。
そう言えば貴方の能力は氷でしたわね。
幼い頃見せて下さった幻想的な氷技。あの時は寒いなんて一切感じなかったわ。だって貴方と一緒で心はポカポカと暖かかったんですもの。
「愛してるというのなら何故彼女のように努力をしなかった。君は口だけだ。俺は彼女に会って彼女は俺の心を埋めてくれた。俺は心から彼女を愛している。昔は、君に愛を囁いたかもしれないが人の心は移ろいゆく。君が本当に魅力的な女性であれば記憶がなくとも再び惹かれたはずだ」
貴方がそんな事を仰るの?
わたくしは一度貴方を失って世界が、毎日が色褪せてしまった。全てがどうでも良くなった。
だって、どれだけ頑張っても頑張ったその先に貴方がいないんですもの。
「貴方様の愛が得られないのならば……死んでくださいませっ」
要らない。貴方の心がわたくしにないのなら要らないわ。
わたくしは人体をも貫通する程の水量のウォータージェットを放つ。
目の前にいるあの方に似た殿方は隣の愛しそうに腰を抱いていた女性を遠退ける。
ふふっ。残念だけど、わたくしの狙いは彼女ではなく初めから貴方様ですの。
安心して下さいませ。決して一人にはしませんわ。直ぐにわたくしも後を追いますので少しばかり先にあの世で待っていて下さいませ。
「ぃ、や。やめてぇぇえええ」
ああ。本当に憎い。
貴女の能力も貴女の存在も。先に彼女を殺しておくべきでしたわ……
わたくしの放ったウォータージェットは突き放された女性によって打ち消された。
「ぐふっ」
ああ……寒い。寒いわ。
冷たいの。冷えゆく体よりも心が凍りそうなのよ。
「……っ……ん…さ、ま。わたくしも……だい、す…き」
わたくしの身体を貫く氷の杭。
迫り上がる血液が口から吐き出され声にならない声を懸命に発する。手を伸ばすがあの方までの距離が限りなく遠い。
腕の中には今貴方の寵愛を受けている彼女を抱き寄せてわたくしの死に際を眺めている。
貴方の手でこの命を終わらせる事が出来るならばこれで良かったのかもしれない。
遠のく意識の中で幼い頃の貴方様とわたくしが王妃様が暖かく見守る中箱庭を駆ける。楽しかったあの日々。毎日がキラキラしていた。
大好きで暖かくて第二のお母様であった王妃様の元へわたくしも行けるのですね。愛してやまない彼によって大好きでずっと会いたかった方の元へと行ける。わたくし、幸せですわ。
現世は辛いことばかりでしたもの。やっと、解放されるのですね。
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『覚えていて?僕は君の事が大好きだよ』
『わたくしも、大好きですわ。一生忘れませんわ。約束です。……スタン様』




