9 従業員宿舎
昔の名残りで店舗も広いけど、敷地も広く店舗の裏には従業員宿舎もある。現在では使ってないから、掃除しないと住めないけどね。
「本当によろしいのですか?」
「使っていなかったから、掃除をしないといけないけど、それでも良かったら、ここは一応従業員宿舎なんで使ってくれて構わないですよ。無駄に広いから大変かもしれませんが」
曽祖母の時代には何十人もここに住んでいたというから、部屋数も結構あるのよね。使う部屋だけ掃除すれば良いけど、玄関とかお風呂とかは共同で使うものだから掃除しないと使えないかも。
家には保存の魔法がかかっているので、建物自体は昔に建てられた割に傷んではいない。雨漏りがするとか隙間風が酷いということはない筈だ。
どうして雨漏りとか隙間風のことを気にするのか。それはケイシーたちが住んでいる住居が雨漏りもあるし、隙間風も酷いと聞いたからだった。ケイシーさんが風邪を患ったのも無理ない話だ。
そこで現在は利用していない従業員宿舎を紹介したのだった。建物の名前も従業員宿舎って言うのだから、従業員に住んでもらうのが一番だろう。
「あら、あれは何ですか?」
窓から見えるガラス張りの温室に気づいたようだ。
「薬草園ですよ。ポーションには薬草が必要ですからね」
「キラキラしてとても綺麗ですね」
光がガラスに反射して確かに綺麗な光景だった。
「貴重な薬草もあるので鍵がかかってるんです。入りたいときは言ってくださいね」
「見せていただけるんですか?」
「花は少ししか咲いてないから、それほど綺麗でもないですがよろしかったらどうぞ」
植物園なら楽しいだろうけど、薬草園もどきだからね。あれを見て楽しめるのは一部の人間だけだろう。
「ホコリは魔法ではらっておきますね」
「何から何までありがとうございます」
「いいえ、これからも店の方お願いしますね」
掃除もあるだろうから、私は失礼することにした。
「本当にいいの? ここって一等地だから、金出して住みたいってやついると思うぞ」
アルフォンスが従業員宿舎から私を追って出てきた。
「うーん。確かにそういう話は祖母が生きていた頃からあったけど、祖母が頑として譲らなかったのよ。ここは従業員宿舎だからって。その頃は従業員を雇えなくなってたんだけどね。でもいつかは昔のようにって、昔の栄光が忘れられなかったのね」
「昔の栄光?」
「曽祖母の頃は魔女のポーションがたくさん売れてたらしいの。従業員をたくさん雇って、すごかったって祖母がよく話してくれたわ。ふふ、今では見る影もないけどね」
「そんなことないよ。『魔女のラーメン』はまだまだ売れる。きっと昔の栄光? っていうのも取り戻せるよ」
「そうね。そうなるといいわね」
励ましてくれるアルフォンスにはそう答えたけど、ポーションが売れてくれない限り無理だろうなって思う。
確かに『魔女のラーメン』は騎士団からも注文があるほど売れてきたけど、単価が安いからね。