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ダリルの日常3

ダリルの日常2の続きのお話です。

 若干湿った軍服を着てノリス弟の元へ戻ると、自愛に満ちた優しげな微笑でノリスに毛布を掛けているノリス弟がいた。なんだかんだ言って兄が風邪をひかないようにとの配慮なのだろう。どっちが兄かわからないなと思わず苦笑してしまった。

 俺の含み笑いにノリス弟が反応してこちらを振り向くと、照れくさそうに笑った。


 可愛い。


「服、大丈夫でしたか?」

「あぁ。若干まだ湿っぽいが着ているうちに乾くだろ。でもこの短時間でこんなに綺麗に落ちるとは思わなかった。ありがとう」

「いえ!元はと言えばノリスが悪いんです!本当にすみませんでした…」


 申し訳なさそうなノリス弟の頭に何故か無いはずのしゅんと垂れた犬耳が見える気がする。可愛い。


「えっと。話、でしたよね。ノリスが何か悪さでもしましたか?…いや、現に今日しましたね…すみません…」

「もう謝らなくていい。そんなに怒ってないから」


 恐縮するノリス弟を怖がらせないようになるべく丁寧な言葉を選んで話す。でもそれが良くないのか、声に出すと無骨な感じになってしまう。


「とりあえず座ってください。お茶、淹れなおしますね」

「あぁ。気遣いありがとう。でも、あまり長居はしないつもりだから大丈夫だ。さっきのも残ってるし」


 さっきまで座っていた椅子に座り、さっきの残りの紅茶を一口含んでみせるとノリス弟は正面にあるもう一脚の椅子に腰掛け、背筋をぴんと伸ばしてその綺麗な泥色の双眸で俺を見詰めた。思わず見返すと、流石兄弟と言うべきか。その表情はノリスが真剣な時と同じ顔だった。


「話、というのは、ノリスもだが、キミも相当剣の腕が立つようだが誰か師でもいたのか?」


 思っていたのと違う話だったようできょとんとしたノリス弟は、小さく頷いた。

 ノリスが入団してきたのは最近で、俺の部隊と言っても俺は戦闘指示の為に前線にいるのに対し、ノリスは伝令兵の為あまり接点はなく、まだ家の話等は聞いていなかった。

 入団するにあたって父であるシール騎士団長は身元確認等をしたから知っているかもしれないが、俺はまだ聞いていなかった。

 まぁ、騎士団の詰め所にある団員名簿を見ればいいんだろうが、なんとなくノリス弟に聞きたくなった。


「師、と言いますか…私達の父なんです。父は元々商家の生まれだったのですが、騎士に憧れていたらしくて…常に『誰かを守れるか、せめて自分を守れるようになれ』と、私とノリスにも剣を教えてくれていました」

「商家?…えっと…失礼だが、確かスラム出身だと…」

「はい。商家、でした。私が14歳、ノリスが13歳の頃まで、ですが」

「うん?…キミが14でノリスが13…って事は、キミの方が年上だったのか。さっきはすまなかった。弟などと言って…」


 ノリスより小さくて可愛いから思わず弟だと思っていたら兄だったなんて…

 ノリス弟改め、ノリス兄は「気にしないで下さい。良く言われますから」と笑って顔の前で手を振った。


「失礼な事を聞くが、キミが14までって事は、その時に事業でも失敗したのか?」


 良くある話だ。家を継いで上手くいかず、事業に失敗して借金を負った為にスラムで…というのは。

 けれどノリス家は違うようで、ノリス兄は表情を曇らせ、言い辛そうに視線を彷徨わせた。


「言いたくないのなら無理には聞かないから、言わなくてもいい」

「…いえ……大丈夫です。ただ……死者を冒涜するような発言をします。お許し下さい」


 そう一言置くと、瞳を閉じて思い出すように、まるで物語でも紡ぐようにノリス兄はその小さな桜色の唇を開いた。


「父の事業は順調でした……。元々私達一家は隣国で商会を経営していました。私が9歳の時に父の商会が忙しくなり、新社員を募集した所、別の商会で働いていたという男性が来まして……とても優秀な人だと父は褒めていました。常にその人の名前が父の口から上るくらいには。父はその人を凄く信頼していて……副会頭になるまではすぐだったと思います。確か、私が13歳の時には商会の半分を取り仕切っていましたから…」


 瞳を閉じて思い出しながら繋ぐノリス兄は時折堪え切れないというようにぐっと眉を寄せた。辛そうなその顔に、思わず止めようとするが、首を横に振ると言葉を続けた。


「こういう事でもないと言えませんから…続けさせて下さい」


 そう言われれば、止める事もできない。


「その日はノリスの13歳の誕生日の日でした。母と私でノリスの誕生パーティーの準備をしていたら、父が商会を継いでからずっと父を支えてくれていた人が家に来たんです…血塗れで…『父が殺された』と…『あいつはキミ達の父の商会を乗っ取った』とも…『だからここにいては危ない、いますぐ逃げろ』って……その人が乗って来た馬車に、母とノリスと一緒に乗って、この国に逃げてきました…」

「……その助けてくれた人は?……」


 一際瞼に力を込め、眉がぎゅっと寄った。その閉じられた瞼を縁取る長い睫が薄っすらと光っているように見えるのは、堪え切れなかった涙だろう。

 辛そうなその様子に、思わず近寄って慰めるように…できるだけ優しく肩を抱くようにして撫でた。


「………『私がいると血の跡でバレてしまうから置いていけ』と……すでに出血が酷くて……っ…優しい…祖父が商会頭の頃からいてくれた人で……私とノリスにとっては、第二のお爺ちゃんでした……」


 堪え切れなかった涙はその柔らかそうな頬を伝い落ちる。

 その涙を拭ってやりたいという衝動に駆られるけど、普段からハンカチなんて持ち歩かない俺は、軍服の袖でそっと涙を拭いた。


「…ありがとうございます…すみません……せっかく綺麗にしたのに…」

「いや…俺こそすまない…辛い事を思い出させて…」


 何故だろう…胸がざわざわする。

 彼を泣かせる『そいつ』が、許せないと怒りが湧く。

 今まで部下や友人達で、不幸なやつらもいた。

 前世でだって、親から虐待を受けたり、殺されかけたという友人もいて、そいつの話も聞いたけどこんな気持ちにはならなかった。

 まるで、自分がその当事者になったような…いや、それ以上に腹が立つなんて…


「もう…大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言って瞳を開いたノリス兄は、照れくさそうに、困ったように笑った。

 その微笑に胸が高鳴った。

 心臓が煩い。なんでだ。不整脈か?…酒の飲みすぎか?


「あー…で…そいつは…キミ達の父親を殺したヤツは捕まったのか?それに母親は…」

「母は…逃げる途中で追っ手が来て…私達を逃がすために囮に…その後はどうなったのか…………父を殺した人は、もうこの世にはいません。……全ては、ウルグスタ皇太子殿下とシール隊長さん。貴方方のお陰です。私の親の仇を取って下さって、ありがとうございました」


 ノリス兄は椅子から立ち上がると、濡れた瞳で俺に真っ直ぐに頭を下げた為、困惑する。


「?…俺は何もしていないと思うんだが…」

「いえ。して頂きました。私の元の名前は『テレージア・エトワール』。エトワール商会頭だった父、セインツ・エトワールの第一子です。隣国は商会の名前を変える事ができないのと、その商会を継ぐには商会の名前が苗字でなくてはいけません。王子達が罰して下さった『ダン・エトワール』の元の名前はただの『ダン』です。父の商会を継ぐに当たって苗字まで奪われました。だから、ダンを捕らえて下さった皇太子殿下と隊長さんには感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」


『ダン・エトワール』…娘に唆されて奴隷売買をしていた、エリーの父親か…あいつ、前科持ちだったのか…

 簡単に処刑せずに少し痛めつけてやればよかったか…

 って…ちょっとまて…


「……テレージア?……」

「あ。はい。ノリスの姉のテレージアです。宜しければテレサとお呼び下さい」

「……女?……」

「はい。あ。もしかして、この格好ですか?」


 テレサが自らの服を見下ろして、俺の勘違いした理由を把握したらしい。


「皆様のおかげで奴隷狩りは少なくなったのですが、それでも逃げたのがいたみたいで…女の格好だと男の格好の時よりも襲われる事が多いんです。それに、ズボンだと剣振り回し易いですから」


 なるほど、と頷く。

 女と言われればそうにしか見えない。何故俺は男だと思っていたんだ…


「……重ね重ね申し訳なかった……まさか女性だとは露知らず…」

「いえ。判り難い私が悪いんです。髪も、男に見られるようにと自分で切ってるくらいです。あ。でも、スラムから出られたのでまた伸ばせるようになったんです。ありがとうございます」


 長い髪のテレサを思い浮かべ、思わず頬が緩む。

 長い髪は可愛らしいテレサに似合うだろう。女性物の服もきっと似合う。

 よくよく見てみたら、全然ノリスとは似ていないじゃないか。ノリスよりも目の前のテレサは可愛らしい。

 ノリスより薄い泥色の髪に、逆にノリスより濃い泥色の瞳。肌もノリスよりも白くて、細い肢体はもう少し栄養を取らせたほうが良いだろうけど。


 だが、これで納得した。

 女性なら、騎士団には入れない。

 今の騎士団は女人禁制だ。

 どうしても男より女の方が力に劣るからと、女性が入る事は禁じている。


 でも、それは違った。

 素人だったテレサ父の教えだけで強くなったテレサは、かなり良い腕だった。

 親父が言っていた『人材は宝だ。富んでいようが貧しかろうが、その素質がある者を野放しにするなんて勿体ない』という言葉が頭を過ぎる。

 それに、今日の夜会で気付いた。

 皇妃や皇太子妃という尊い女性には、女性の騎士を付けた方がいいんじゃないか?と。

 男しかいないから、着替えやトイレ、風呂の最中に狙われたら助ける事ができないんじゃないか?と。


 ただ…できるんだろうか?

 女性で騎士を目指す人なんて、いるんだろうか?

 一人もいなければ、女性騎士制度を進言しても意味がない。


「テレサ嬢…もし、もしも、だが…もし、女性騎士になれるとしたら…なる気はあるか?」

「…え?…」


 まっすぐにテレサを見詰めると、戸惑ったように視線を動かし、暫く考えるそぶりをすると小さく頷いた。


「……なれるなら…なりたいです。もし…もし私がもう少し剣が強かったら、せめて母だけでも助けられたかもしれないし…それに、女は女の戦い方ができます。私、動き難いからズボンでと言いましたけど、実際はスカートでも戦えるんですよ。だから、できるなら、なりたいです」


 真っ直ぐに俺を見返したテレサの瞳には、迷いは無かった。


「もし、女性騎士制度ができたとしたら、大変だぞ?周りの男騎士から馬鹿にされるかもしれない。いじめもあるかもしれない…まぁ、そんな事はないようにはするが、ゼロとは言えない」

「構いません。それに、馬鹿にするような人達は伸せばいいんですよね?」


 ニッと唇を歪めて笑うその顔はノリスに似てるななんて思い、思わず苦笑してしまった。


「わかった。…いつになるかはわからないが、女性騎士制度ができるよう、動いてみる。できない可能性の方が高いから、絶対とか待っていてくれとは言えないが…」

「いえ!!そのお気持ちだけで十分です!ありがとうございます!!」


 身体を直角になるくらいに曲げて礼をし、勢い良く起き上がったテレサ。

 思ったよりも長く話し込んでいたようで、窓から差し込んできた登りかけの太陽の光が、そのテレサの満面の笑顔を彩るように明るく照らした。




◆◆◆◆◆


 後日。定例会にて。

 ダリル以外のアーサー、セシル、ヘルメス、そして最近加わったロベリアがテーブルを囲んで顔を寄せてひそひそ話しをしている。


「なぁ…最近ダリルが定例会遅刻するの、多くないか?」

「あぁ。なんでも、女性貴族を守る為の女性騎士団をと言っていたからな」

「私もそれは聞きましたわ。女性の騎士がいてくださるととても助かるので、賛成致しました」

「そういえば、うちの修道女達の中にも『女性騎士になりたい』という人がいましたね…それでこの前神殿に来てたんですか…」


 テレサと話をしたその日の内に騎士団長に進言した女性騎士団設立の話は、やはりその日の内に皇帝と皇妃に進言された。

 そして皇妃とロベリアが大賛成をした為、すぐに設立される事になり、その訓練場や女性騎士団の団室の手配は全て言い出したダリルの仕事となった。

 もちろんすぐに大量の希望者を入れるわけにはいかず、今は思った以上に来る希望者達の面談や、部下を使っての希望者の過去遍歴を確認したりと大忙しで余裕が無い。


「でもさ…忙しい忙しい言ってるわりにさ…この前見ちゃったんだよ…」


 セシルが眉を寄せて、声を尚も小さくする。


「何をです?」


 つられた様に声を小さくして聞き返すヘルメスに、残りの二人も聞き漏らさないようにと顔を近付けた。


「……ダリルの隊の部下の可愛いやつ……ノリスだっけ?…」


 全員、ノリスの顔を思い浮かべるのを待って、セシルが頷いて続けた。


「…ソイツに女装させて……城下町で嬉しそうに肩抱いてデートしてたぞ……」


「え?……それは…本当ですか?…」

「まぁ…あらまぁ…あの…ノリス様って…あの、可愛らしい、茶髪の騎士の方…ですわよね?…」

「…………早めに、同性婚できるようにしてやらないとだな……」





――――――


お読み頂きありがとうございます。


前回のダリルの日常2の続きになります。

多分、ダリル編はこれで終了。だと思います。(気が変わらなければ)


ダリルは泥色泥色と言っていましたが、実際は黄土色に近い茶色だと思って下さい。ダリルは色の表現とかわからないんです。筋肉馬鹿だから。

そしてホモ期待していた方、ごめんなさい。実は姉でした!




他キャラのおまけはまた書く予定ですので、また読んでいただけましたら嬉しいです。



ブックマーク、評価、感想が凄く励みになります。ありがとうございます。心からの感謝を込めて。

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