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ヘルメスの日常1

 前世の私は『ヘルメス・リグ・ターナー』があまり好きではなかった。


 男なのに白銀色の背中までのサラサラストレートヘア。

 優しげな眼差し。

 服の上からでも判る細くバランスの取れた身体。

 元々私の好みはダリルのような男らしい人だったし、前世の私は同い年の人達よりもふくよかで、髪は天然パーマな上に硬く太いためゴワゴワで伸ばしたくても伸ばせなかった。しかも一重で三白眼だった為に、常に笑顔で居ないと「何怒ってるの?」と聞かれるくらいだった。

 だから、いくらゲームの男キャラであっても、自分のコンプレックスとは間逆のヘルメスは好きになれなかった。


 けれど前世の記憶が戻った時、好きではなかったキャラに転生してしまったショックもあったけれど、それ以上にヘルメスになれた事が嬉しかった。

 でもそれはその時だけ。

 ゲームのヘルメスは容姿と同じように中身も優しいキャラだった。だからこそ、頑張ってそれに近付こうとした。

 けれど、ヘルメスの攻略をした事がなかった私には完璧な『ヘルメス』はできなくて、一時期悩んだ事もあった。


「そのままでいいんじゃないか?中身が違えば、どんなに頑張っても違う人間になるのは仕方がないだろう?」

「中身がお前だから私もこうやって素で居られるし、ゲームより親しくなれたと思ってる。言わないだけで、セシルもダリルも同じだと思うよ」

「大体、容姿と中身が違うと言うような人間は信用に値しないと思うんだけど」

「それに、どうせ変わるのならば自分のなりたいように変わった方が自分も楽しめるんじゃないか?」


 アーサーと二人で居た時に「どうしたらヘルメスらしくなれるのか?」と相談したら言われた言葉。


それが『ゲームのヘルメス』から『現実のヘルメス』になれた瞬間だったと思う。


 そして、その礼にとアーサーへお菓子を作った事が『定例会』の始まりだった。



 元々神殿でお菓子を食べる習慣がなく、王宮でアーサー達と定例会と言う名の茶会をする時にしかお菓子はほとんど食べなかったから、毎回出てくるのがクッキーかマドレーヌやフィナンシェ等の焼き菓子か、タブレットチョコレートしか出て来ず、不思議に思って調べたら『生クリームをお菓子に使う』と『泡立てる』という概念が無かった。


 かと言って泡だて器等の道具が無いという事もなく、材料も前世と同じ物があった。問題は『使い方を知らず置いてあるだけ』という、不思議な状態になっていただけで。



 だから久々に作ったお菓子は前世でパティシエになってから初めて作った、思い出深いけれどこの世界では食べたことがなかった『シフォンケーキ』と『生チョコレート』。

 それを持って行った時のセシルの顔は未だに忘れられない。


「また生チョコが食べれると思わなかった…」


 満面の笑顔で涙を浮かべつつ口の周りをチョコレートでベタベタにしながら頬張ってたっけ。




 思わず、その時のセシルを思い出して頬が緩む。


 目の前にはあの時と同じように、焼きあがったばかりでまだ湯気の立っているシフォンケーキと、これから形を作る生チョコレート。けれどチョコには前回入れたような洋酒は入れない。


 そして初回でベタベタにしていたから、それ以降は食べやすいようにトリュフ型に丸めていた。

 シフォンケーキに乗せる生クリームは溶けてしまわないよう、ホイップしたクリームを軽く冷凍して凍らせると長時間の移動にも安心だ。


「喜んで頂けるといいのですが」


 今日の定例会はどうなるのだろうかと、半分楽しみ、半分心配になって一人で苦笑してしまった。




◆◆◆◆◆



「今日も皆が集まってくれて嬉しく思う」


 ニコニコと嬉しそうに微笑む見目麗しい皇太子殿下はいつもの彼の席に座っていた。膝の上に最愛の妻を乗せて。


「あの…殿下…下ろして下さいませ…」


 恥かしそうに真っ赤になりながらアーサーの膝から下りようともがくロベリア皇太子妃殿下。そのお腹は少し膨らみ始めているのか、腹を締め付けないゆったりとしたドレスだ。


 そんなロベリアの腰を優しく抱きしめているアーサーは甘えるような声で「ダメ」とロベリアの耳元で囁いている。全員に聞こえているけど。


「アーサー殿下。姉上が嫌がっています。今すぐ!即刻!下ろしてください!!」


 怒りながらも無理やり引き剥がすことができないセシルは、怒鳴りながらテーブルをバンバンと叩いている。

 今回の茶会と言う名の定例会は、悪阻が終わり公爵家から王宮に居を移したばかりのロベリアも参加となった。

 また、ロベリアには全員の前世の記憶がある事を伝えていないから、今回の茶会でその話もする事になっている。


「アーサー様…下ろして下さいませんとご挨拶もできませんわ…」


 真っ赤な顔で困ったように眉を寄せるロベリアは、ゲームでしか知らない私には別人に見える。

 ゲームでは高飛車で我侭だったけれど、目の前のロベリアは華奢で少し触れただけで崩れそうなイメージで、可憐という言葉が良く似合う女性だ。


「じゃあロベリアからキスしてくれたら下ろしてあげる」

「はいはい。いい加減にしてくださいね。イチャイチャするのならお二人だけの時にしてください」


 そろそろ我慢できずに殴りかかりそうなセシルと、目の前でのイチャイチャのせいで当事者よりも真っ赤になって顔を両手で抑えているダリルをチラリと見てから言うと、アーサーはしょうがないと言うように小さく息を吐き出してロベリアを下ろした。


「ありがとうございます。ターナー様。改めまして、ロベリア・ウルグスタと申します。ご挨拶はした事がございましたが、あの…ちょっとした事情がありまして、ターナー様とシール様とはちゃんとお話しした事はありませんでしたわね…本当にすみませんでした…」

「いえ。なんとなく事情はわかっていますから謝らないでください。ウルグスタ皇太子妃殿下。どうぞ私の事はヘルメスとお呼び下さい」

「?えっと…でしたら私の事はロベリアとお呼び下さい。公では難しいようでしたら、せめてこの場だけでも。もちろん、シール様も。」


 何故事情がわかっているのかわからないらしく首を傾げたロベリアは小さく頷いてくれた。


「あ、俺の事もダリルで良い。騎士団で働いているせいか、どうもシールと苗字で呼ばれるのは慣れていないんだ」


 ごほんと小さく咳をして顔の赤さを誤魔化しながらダリルが言うと、ロベリアは「はい」と嬉しそうに頷いた。


 多分、だけれど、今まで『悪役令嬢』だったロベリアは自分の未来を変える為に頑張っていたのだろう。

 私達が揃う時や、イベントがある夜会には出席せず、一切話す事もしなかった。まるでゲームと同じ未来を歩まないようにする為に、少しでも可能性を潰すかのようなその行動は彼女も前世の記憶があると言っているような物だった。


 けれど私達を避けていたロベリアには、私達がゲームと違う事を知らないから不思議そうな顔も仕方が無いだろう。

 そんなロベリアを気遣うようにセシルはロベリアの隣に行き、そっとアーサーの正面の席にロベリアを促す。


「姉上はここで」

「おーい…それ私の妻なんだけど…」

「煩い色情魔。茶会くらいは僕に姉上を譲れ」


 ジロリとアーサーを睨みつけながらロベリアを座らせようとするセシルにロベリアはぎょっとし、咎めるようにセシルの腕を掴んだ。


「ちょ!?セシル!?アーサー様になんてことを!!不敬ですわ!!」


いくら妻の義弟だとしても不敬になるような態度を取るセシルに慌てたらしい。

 さっきまで赤かった顔は青くなっている。


「大丈夫ですよ。ロベリア様。そのくらいじゃアーサーは怒りませんし、いつもの事ですから」


 会話を聞かれないように茶会は毎回侍女も護衛も付けていないから、アーサーが不敬だと言わなければ特に罪には問われないのだとロベリアに伝えると、ホッとしたらしくセシルの腕を掴んでいた手を離した。


「とりあえず全員席についてください。ダリル。紅茶よろしく」


 前もって用意された皿にシフォンケーキと生チョコトリュフを乗せて全員の席に配り、紅茶セットの一番近くにいるダリルに頼むといつものように紅茶をカップに注いでテーブルに並べてくれた。


「え?……シフォンケーキ?…それに…トリュフチョコ…ですか?」

「ええ。私の手製なのでお口に合うかわかりませんが」


 始めは驚き、徐々に嬉しそうに顔を綻ばせたロベリアはサーブされた皿を持ち上げると、きらきらとした瞳で私と皿を見比べる。


「ヘルメス様がお作りに?もしかして、他のお菓子もお作りになられたりします?」

「えぇ。シュークリームもエクレアも、マカロンやチーズケーキも。大概のお菓子は作れますよ」

「マカロン!!!!あぁ…もう食べる事はできないと思っていました…作れる方がいらっしゃるだなんて…」


 相当好きなようで本当に幸せそうな顔で微笑む。


「ヘルメスは前世がパティシエだからね。もし食べたい物があるなら次の定例会で作ってもらうといいよ」


 前振りもなく私達の秘密をバラしたアーサーに、全員が固まる。


「え……ぜん…せ…?…え?…」


 何となく行動から前世持ちだと思っていたけど、ロベリアは盛大に固まると私を見た。

 脳の処理ができていないようで何度も瞬きを繰り返している様は可愛らしい。


「あ。ちなみに私とセシルとダリルも前世の記憶持ちだから」


「……………は?……え?……え?……」


 完全に脳内停止したようで、言い出したアーサー、セシル、ダリルの順に視線を巡らすとふらりと倒れかけ、隣に座っていたセシルが慌てて支え、逆の隣にいたダリルが落としかけた皿を掴んで落下を防いだ。


「アーサー…もうちょっと順序考えて言いましょうよ。それじゃ誰でもびっくりしますよ」

「ってか、姉上は妊娠中なんだからちょっとは考えろ馬鹿アーサー!」

「流石にこのタイミングは俺もないと思う…」




 全員に非難されたアーサーは悪びれもなくにへらっと皇太子らしくない顔で笑った。


ここまでお読み頂きありがとうございます。

思った以上の方々に読んで頂いて、沢山のブックマークや評価。感想も頂いて、本当に嬉しくて、嬉しすぎて番外編を書かせて頂きました。

今回はヘルメス編となっていますが、ヘルメス編はまだ寝ている話がありますので多分また次を書くと思い1と数字を付けさせて頂きました。

色々と考えていたら本編より番外編が多くネタが出来てしまったので、ゆっくりと順次投稿できたらなと思っています。

本当に、ありがとうございました!!


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