悪役は誰なのか
彼女を選んだのは私だった。だからこそ、本当の悪役は私だったのかもしれない。
その日は私、アーサー・ウルグスタの十歳の誕生パーティーだった。
いくら皇子とは言え、まだ子供だった私のパーティーの参加者は同じ年代の貴族の子息子女とその両親で。どちらかと言えば、子供同士の繋がりの為の会だったように思う。
そんな中で父である皇帝と母である皇妃に紹介されたのは、青みが掛かった銀色の長い髪を背中に流した、夏の葉のように深い緑色をした瞳の三歳年下の可愛らしい少女だった。
「彼女はレスガンティ公爵令嬢のロベリア嬢。お前の婚約者だ」
目の前の少女は私の顔を見るなり、その緑色の瞳に涙を浮かべて一緒にいた母親らしい女性のドレスに縋り付くようにしがみ付く。嬉しくて潤んだというよりも、まるで私に怯えたようなそんな表情に、ふと何かの記憶が脳裏に過ぎった。
『アーサー様はワタクシのモノよ!貴女みたいな庶民に皇妃なんて勤まると思っていますの!?』
『アーサー様!何故!?何故なのですの!?ワタクシよりその泥棒猫を取ると仰るの!?』
『そんな…っ…この…このワタクシの何が悪いのですかっ…』
『……アーサー皇太子殿下の御心のままに…』
画面に映された私に似た男性とロベリアと呼ばれた少女に似た女性。そしてその男性と抱き合っている桃色の髪の少女。現実のそれではなく絵で描かれたその画面を見詰めながら、『私』は黒い『コントローラー』を握っていた。
画面に流れる、捕縛されながらも『私』を睨み涙を溢すロベリアに似た女性のイラストが、目の前の少女と重なった。
私はそこで全てを思い出した。
前世でこの世界のゲームをプレイしていた事。
それがとても好きだった事。
前世で死んで、このゲームの世界に転生したという事。
特に困惑したりはしなかった。
前世で転生物の小説や漫画を読んでいたせいだと思う。
この世界に生まれて十年も暮らしていたから、この世界が現実だというのも判っていたし。
そして、目の前でショックを受けている婚約者と紹介された少女…ロベリアも転生者かもしれないというのが伺えた。
だからと言って「キミも転生者?」なんて聞けないけれど。
もし違っていたら、確実に狂った人間扱いされてしまうだろうから。
「で?」
私の昔話を不機嫌そうな顔で聞いているのはロベリアの現在の義弟で、私の義理の弟になる予定のセシルだ。
ロベリアよりも青みの濃い青銀髪は、ロベリアの祖父のレスガンティ前公爵の血筋だという事を如実に示している。けれど瞳はロベリアとは違う濃茶色だ。
普段はどちらかと言えば可愛らしい容姿の彼は、今は半眼でこちらを睨んでいる。
「で?とは?」
「誰が姉上との出会いを語れと言った!?僕が聞きたいのは!何故!あの場で!姉上に!プロポーズしたかって話だ!!打ち合わせと違うだろ!!」
バンバンと言葉の合間合間にテーブルを叩きながら怒る様子は怖さは無く、むしろ可愛らしい。
「まぁまぁ。セシル。落ち着いてください」
「そうだぞ。怒ると可愛い顔が台無しだ」
セシルを宥めるように話しかけた神官長の息子のヘルメスは、さり気無くテーブルに置かれたセシルと自分のカップを奥へ押しやり落ちないようにしている。
次いで口を開いたのは騎士団長子息のダリル。
こちらも本人も親の後を継ぐべく騎士団に所属しており、この度私が皇太子になった為に近衛隊長になった。
あの立太子式典から丁度一ヶ月が経った今日。王城の庭園の東屋で幼馴染でもある『攻略者』の四人は、神官であるヘルメス以外の私を含む三人は全身黒い服に身を包み、ヘルメスだけは灰色の神官服でガゼボの円卓を囲み『報告会』をしている。
「プロポーズじゃないぞ。正式な婚姻願いだ」
「ドヤ顔で言うなし!!つーか、それをプロポーズって言うんじゃないのか!?ってか、あの時『プロポーズ』って自分で言ってただろ!?」
真面目な顔をして答えたらセシルに怒られた。じゃあ笑って言えばいいのか?と聞きたくなったが、ヘルメスが軽く睨んで諌めてきた為に自重する。
「まぁまぁ、セシル。これでも飲んで落ち着いて下さい。シュークリームもありますよ」
ヘルメスはセシルを宥めながら、奥へ押しやったセシルのカップをセシルの前に戻し、ヘルメスの隣に置かれた網カゴのバスケットから真っ白なホイップクリームの挟まれたシュークリームを取り出して、またテーブルを叩こうとしたセシルの掌の上にそっと乗せた。
「………ありがとう…いただきます…」
「いいなぁ。私には?」
「アーサーの分はありませんよ。ダリルは如何です?」
「あぁ、貰おう。シュークリームなんて何十年ぶりかな?」
元々の計画と違う事をした私への罰だとばかりに美味しそうにヘルメス手製のシュークリームを頬張る三人は、次々にバスケットからシュークリームを取り出してたいらげていく。美味しそうに食べるその様子に思わずゴクリと音を立てて唾を飲み込んでしまうが、それに唯一気付いたセシルは手に取った最後の一個と私を見比べた。まるで『食べたければ言う事があるだろう?』とでも言いたげに。
「……悪かった。本当にこの通りだ。だから私にも一個、シュークリームを下さい…」
食べたい欲求を我慢できなかった私はその場でテーブルに両手を付きセシルに頭を下げる。
「何に対して謝ってる?打ち合わせと違う事をしたこと?それとも今、僕を煙に巻こうとして別の話をしたこと?それとも…最近の姉上の様子がおかしい事について、かな?」
「…とりあえず前者二つについて…です…」
「ふぅん?…姉上の様子がおかしい件は知らないと?…あ!」
段々と怒りで低くなるセシルの声に、小さく溜息をついたヘルメスがその手からシュークリームを奪い、顔を上げた私の目の前にシュークリームを差し出してくれた。
「セシルの怒りはわかるけど、あまり喧嘩ばかりするなら、セシルも次のおやつは抜きにしますよ」
「だってコイツが!」
「セシル?次はマカロンですよ?」
「…!……」
納得のいかない顔で不貞腐れるセシルの頭を優しく撫でるヘルメスは、いつしか私達のお母さん的存在になっている。
「ありがとう」と礼を言って受け取ったシュークリームを一口齧ると、甘いクリームが飛び出してくる。それを落ちないように舐めながら食べる。今は侍女も下がらせているから、多少行儀が悪くてもこいつらの前なら構わない。
「…シュークリームなんて…本当に何十年ぶりかな……凄く旨い…」
「この世界にはありませんからね。本当に、元パティシエで良かったと、心から思いますよ」
私の呟きに笑顔で答えるヘルメスに、セシルとダリルが羨まし気に呟いた。
「僕は死んだのは学生の頃でまだ就職すらしていなかったし、趣味なんてゲームくらいで料理は苦手だったし、それ以外だって出来ることは何もなかったから、前世のお菓子や料理の作り方を憶えているのは凄く羨ましいけどね」
「俺も料理はからっきしだからなぁ。ちょっとでも憶えておけば良かったと思うよ」
そう。ここに集まった攻略者全員が前世の記憶持ちだ。
否。子供の頃に思い出した、が正しいか。
私がロベリアに出会った時に思い出したように、私の十歳の誕生パーティーでロベリアに会った後に父の紹介で初めて会ったヘルメスとダリルは、私に会った際に前世の記憶を思い出したらしい。セシルは五歳の頃に実の父親であるセイガルド男爵に会った時に思い出したと言っていた。
記憶を思い出した私とヘルメスとダリルはお互いの情報を交換し、思い出した前世がただの夢とか妄想ではないと知って、その後、実母と暮らすセシルを探し出してお忍びで会いに行き仲良くなった。
そこからは毎月一回は全員で会うようにして、今後の対策を話し合ったりもした。
セシルがレスガンティ公爵家へ養子に入ってからは会う頻度も上がり、一ヶ月に2回から4回は会っていた。
私達攻略者が前世の記憶があるという事は、予測ではあるがヒロインのエリー。そして悪役令嬢のロベリアも記憶があるだろうという事は想像に難くなかった。だからこそ、対策が必要だった。
例えばエリーがハーレムエンドを目指していたら。
ゲームでは可能だったけれど、実際はこのウルグスタ皇国は一夫多妻も一妻多夫も認められていない国だった。
まぁ、まずその前に皇帝を夫に持つ皇妃が愛人を持つのは異常だし許されないだろう。また、ゲームの強制力でそれが可能となってしまったら…エリーを操ろうとする者が出てくる可能性が高く、場合によっては皇国が破滅する可能性も出てくる。
エリーが私達の誰か一人を選ぶのならその問題もないだろうが、私達も前世持ちだから、ゲームのように親密度を上げる為に必要な会話だけするエリーに必ず恋をするかと言われたら難しいだろう。
そして一番最悪なのはエリーが性格が悪かった場合だ。
ゲームのように心優しく民にも優しい人格ならば良い。けれど、真逆の性格だったなら……私達四人に相応しくない女性ならば、彼女を選ぶわけにはいかない。
だからこそ、ゲームの強制力がどう出るかわからないから『ゲームの通りに進め』ていき、最後の最後で『ご退場』して頂かなくてはいけなかった。
その為には一度しかゲームをプレイしていないと言っていたダリルや、色々なゲームをしすぎて完璧に憶えていない私。そして『好みのタイプではなかったから』とヘルメスルートをしていなかったヘルメスの三人ではどうしようもなく、唯一ゲームをやり込んでいて、設定資料集も後から出たノベルもコミックも全て網羅していたセシルに助言を貰いながら『ゲーム通りの台詞』『ゲーム通りの行動』をする事にした。
結果。エリー・エトワールはヒロインとして相応しくない性格の女性だった為に『ご退場』という方法を取った。
そして今日がその『ご退場』…エリー・エトワールとその両親の『処刑』の日だった。
正直、当初は処刑までは考えていなかったのだが、していたコトがコトだった為の結果だった。
幸い、私達四人は誰一人としてエリーに心を奪われる事もなく、唯一あったゲームの強制力はエリーとの『イベント』くらいだった。
まぁ、もしかしたら、彼女が『奴隷売買』などというヒロインとして、いや、人間としてのタブーを犯したからそのくらいの強制力で済んでいたのかもしれない。
紅茶を口に運びながら、さっき天に召されたばかりのヒロインに思いを馳せていると、ダリルが手に付いていたクリームを舐め取りながら、灰色の神官服を着たヘルメスを上から下まで不思議そうに見やる。
「そういえば、ヘルメスは何で灰色の服を着てるんだ?」
「あ。それ僕も気になる。確か、処刑とか葬儀とかの人が死んだ場合って白の神官服だよな?今日いた他の神官達は全員白だったし」
ダリルの疑問にセシルもきょとんとしながら首を傾げる。そして私もふと処刑場を思い出したが、その場でヘルメスを見なかった事を思い出した。
「というか、ヘルメスを処刑場で見なかった気がするんだが…」
「えぇ。これを着ていたせいで、父に処刑場への出席を禁止されましたから」
にこやかに微笑むその容姿はまるで天使のように整っている。けれどどこか背中がゾクリと寒くなるような笑顔をヘルメスはその綺麗な顔に貼り付かせた。けれどセシルにはその異常さはわからないらしくきょとんと「神官長に?」と不思議そうに聞き返す。
「えぇ。普段は知っての通り紺の神官服ですが、セシルの言った通り、人が亡くなった場合のみ白の神官服を着ます。それは『白』は『天の身使い』を意味し、天におわします神や天使の方々に『ここに貴方様の元へ行く者がおります』と言う道標として着るのです。けれど、彼女、エリーは天国に行ったら、また転生してしまうじゃないですか?『灰色の神官服』は『この者は罪深き、人ならざるモノだからお迎えはいりません』という意味があるんですよ。まぁ、他の意味として『永遠に地獄を彷徨いなさい』という意味もあるんですがね」
最後までにこやかに微笑みながら言うヘルメスに、流石にセシルも異常を感じたのか「そっか」と引きつった笑顔で一言だけ発して温くなった紅茶を一気に飲み干した。
「まぁ、私の話はさておき。アーサーはロベリア嬢と籍はもう入れたんでしょう?式はいつになるんですか?全然そういった話を聞きませんが?」
…一番触れて欲しくない所に触れられ、機嫌が直っていたセシルがまた不機嫌そうに俺を睨む。けれど喧嘩をしたら次のおやつが無くなるというさっきのヘルメスの言葉が影響しているのか、瞳は笑っていない笑顔を作った。
「姉上が最近体調がよろしくないようで…食事の時間になると食事の匂いで気分が悪くなって席を立つことが多くてですね。僕もどういう事か知りたいんですよ。丁度あの『階段イベント』の日から一月半…もう少しかな?経ちますね。あの日、姉上は邸に戻ってこなくて、翌日の朝に戻ってきたと思ったら今度は部屋に閉じ篭り…姉上付きの侍女に聞いたら、身体中に赤い跡があったと…どういうことでしょうかねぇ?皇太子殿下?」
言葉に棘があるのなら、今頃私はその棘に刺されまくって出血多量で失命しているだろうなという位に刺々しく、普段この四人だけの時には使わない敬語で話すセシル。
これは言い逃れできないな…
「あー…うん………食べちゃった★」
「『食べちゃった★』じゃねぇよ!!このド腐れ皇子!!!!」
言い逃れできそうにないし、と可愛らしくウインクしつつ唇の端から舌を出して言ってみたけど、やっぱりダメだったようだ。
椅子を蹴倒して立ち上がり、私の首に手を掛けるセシル。うん。いくら弱い力でも男の力だね。思ったよりも絞っていてちょっと苦しいかな。
「セシル!落ち着きなさい、セシル!一応この人皇太子だから!!落ち着いて!!ダリルも見てないで止めて!!」
「あ…あぁ…」
慌てたようにセシルの手を私の首から引き剥がそうとするヘルメスに、呼ばれてセシルを後ろから羽交い絞めにして引き剥がすダリル。
「離せ!!こいつ殺す!!よくも!よくもロベリアを!!」
涙を浮かべながら再度私の首を絞める為にダリルから逃れようとジタバタするセシル。けれど、小さな身体のセシルでは、騎士団で鍛えているダリルの腕を外すことはできないようだ。
セシルがロベリアを姉としてではなく女性として好きだった事は知っていた。だからこそ誰にも…セシルにも奪われないように、あの時私のモノにしてしまったんだけど。
けれどね。セシル。私は知っているんだよ。
「手を付けたことは謝る。けれど、セシル。キミ、最近王城図書館の司書の彼女ができたよね?」
「なっ!?なんでそれを!?」
「知らないとでも思った?しかもすでにキスまで済ませているそうじゃないか。そんな、他に彼女のいるキミが怒る筋合いも道理もないよね?」
女の情報網は広い。
特に『ここだけの話』は、大抵すぐに広まるものだ。
セシルがロベリアに気付かれないように、司書の彼女に『暫く付き合っている事は秘密にしよう』と伝えても、女と言うのは幸も不幸も人に話したくなるもの。特に『秘密』ならば。
そして友達に『ここだけの話』として話して、それがその友達に広まる。
そんな事を繰り返せば、三日もあれば城中、場合によってはその家族にまで話は回るんだ。だから、すでにそれを知っているレスガンティ公爵も司書の彼女の実家である伯爵家と婚約の話を纏めている頃だろう。
まぁ、セシルの性格上遊びで付き合う事はないだろうし、彼女に好意があるから交際を始めたんだろうけれど。
「あれだけ秘密だって言ったのに…」
私への怒りよりも焦りの方が大きかったらしく、後ろからダリルに持ち上げられた状態で自らの親指の爪を噛むセシル。
「ちなみに、すでにロベリアも知っていたよ」
「なっ!?そんな…っ」
実際は、私が知った経緯はロベリアから「セシルに恋人ができたみたいなのに紹介して貰えない」と相談されたからだった。
本当はロベリアにバレている事は秘密にしてあげようかとも思ったけれど、さっきちょっと苦しかったからね。その仕返しだよ。
呆然とした…というよりは絶望した表情でセシルはダリルに支えられている。
「どの世界でも女は噂話が好きだからね。それは知っていただろう?」
私の言葉はすでに耳に届いていないようで、反応を示さないセシルの代わりに、新しいお茶を淹れ始めたヘルメスが苦笑しながら頷く。
「つーか、お前ら全員、前世が女だろ?なのに恋愛対象は女なのか?」
完全に消沈しているセシルを椅子に座らせたダリルはその隣にもう一脚の椅子を寄せて座り、セシルが倒れないように片腕でセシルの背中を支えつつ不思議そうに首を傾げた。
そう。ここにいるダリル以外の全員、前世では女だった。
だからこそ、エリーの強かさや考えが判ったから色々と先手を打つ事ができたんだけど。
「まぁ…今は男ですからね。前世では確かに恋愛対象は男でしたけど、男に生まれ変わって二十二年も男をしていれば、男性より女性に惹かれますよ」
ダリルの質問に律儀に答えたヘルメスは、新しく淹れた紅茶を全員の前…けれどセシルだけ少し前に離して置いた。
セシルも小さく「僕も同じ…」と呟いて落ち込んだままの表情で顔を上げると、紅茶の入ったカップを両手で手を温めるように囲んだ。
流石にやりすぎたかもしれないと、少しだけ罪悪感を感じながらそっと茶請けのクッキーをセシルの前に押してやる。
「そんなもんなのか」と私に視線を移したダリルににっこりと微笑んでみせた。
「私はほら、前世から両方イケたから。まぁ、今は女性にしか反応しないけれど」
「は?…え…マジで?…」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのはこういうのを言うのだろう。普段細いダリルの瞳がめいいっぱい開かれ、瞳が零れ落ちそうになっている。
「マジだよ。腐女子だったから、好きになったらどちらでも大丈夫だったし。というか、ヘルメス。男性より女性に惹かれると言っていたけど、良い人でも居たのかい?」
「残念ながら。それに良い人がいたとしても、まだ神官としても未熟ですから一緒にはなれませんし、まずその前に神官も貴族と一緒で自分で相手を選ぶことはできませんから」
昔、教師に神官は貴族よりも婚姻が難しいと聞いた事がある。詳しくは知らないけれど、ヘルメスの様子からして事実なんだろう。
「そうか。じゃあ、ダリルは?ダリルもまだ婚約者はいないんだよな?」
「俺は……暫くはいいや…ちょっと流石に、アレ見たら女って怖いなって…」
エリーを思い出しているらしく、若干青褪めながら首をぶんぶんという擬音が付きそうな程に強く横に振る。
男になってわかったけれど、男は思った以上に純情だ。
私達のように前世が女で、女の汚い部分を知っているならばまだしも、知らない状態でアレを見せ付けられればショックで女性不信になってもおかしくはない。
思わず私達三人はダリルを哀れみの表情で見詰めてしまった。
けれどそんな私達に気付かずにダリルは誰かを思い浮かべたらしく、優しげな微笑を浮かべた。
「それに今は、アイツといる方が楽しいしな」
「ちょっとまて。今、暫くいいやとか言ってなかったか?」
「言った。言ってた」
「言いましたね。アイツとは誰です?」
私、セシル、ヘルメスの順で、テーブルに身を乗り出しながら聞くと少し頬を赤く染めながらダリルははにかんだ。
「最近騎士団に入ったばかりの新人がいてさ。なんか可愛いんだよ。小動物みたいで。しかも、俺を『先輩、先輩』って慕ってくれてさ。この前なんて訓練中に虫が肩に止まっただけで泣き出して…」
延々とその『アイツ』とやらを思い浮かべては嬉々として語るダリル。
視線は明後日の方向を見、傍から見たら完全に惚気を言っているようにしか聞こえない。
「ぇー…ぇー…騎士団って…男だけだよな?…」
隣り合っていた椅子を気付かれないようにそっと離すセシル。
「おやおや…この世界での同性婚ってできましたっけ?…」
片手を頬に当てて苦笑するヘルメス。
「永遠を誓うくらい愛する相手なら、私が皇帝になったら法律を変えられるよう努力しよう」
それには、貴族の古狸共を黙らせられるくらいに力を付けなくてはいけないけれど。
それにはかなり骨が折れるだろうが、隣に最愛の妻と来年には生まれるだろう子供がいて、幼馴染達が支えてくれるのならば難しくはない未来だろう。
お読み頂き、ありがとうございました。
元々、ここまでの三部作で考えており、これで一旦完結とさせて頂こうと思っています。
需要があれば番外編としてヘルメス、セシル、ダリルの話、その後の甘々なロベリア達の話も書くかもしれません。その際にはお付き合いいただけましたら幸いです。
本当にありがとうございました。