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青銀の悪役令嬢

「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」


 大陸一の皇国であるウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇帝と皇太子のみが付けて良いとされる紫紺色のマントを皇帝に肩に掛けられた直後、本日めでたく立太子したアーサーは段上から会場を見渡しながら、静かな声で、けれど全員に聞こえるように言葉を紡いだ。


 会場には諸国の王族から皇国の貴族。そして、皇国の中でも極めて利益を上げている商会の会頭も招待されている。錚々たる顔ぶれにも動じず凛とした佇まいの新皇太子に、招待客の面々は言われた言葉がすぐには理解できず、ゆっくりと水に波紋が広がるかのように皇太子の近くから序所に会場の端へとざわつき始めた。


「どういう事かしら?」

「婚約を破棄されたと言う事か?」

「アーサー殿下から仰られたという事はレスガンティ嬢に問題があったと?」


 そんなざわめきを聞きながら当のアーサーは目当ての人物を見つけ、ゆっくりと段を降りてくると、まるで海が割れるようにアーサーの行く手にいる者達は左右に別れて、招待客は成行きを見守るようにアーサーとその向う先に佇む女性を交互に視線を送る。


 アーサーの正面に立つのは流れる青銀の髪をハーフアップに結い上げた、瞳と同じ深い緑色のドレスを纏ったアーサーの婚約者のロベリアだった。

 容姿端麗で次期皇妃としての資質も備え、公爵令嬢という立場にも拘らず偉ぶった所はなく、キツそうなその容姿とは裏腹に貴賎の別なく優しいロベリアは、国民からの評判も良かった。そんなロベリアはアーサーの言葉に真っ青になり、腹部の所で組んだ手に力を込めて今にも倒れそうに震えながらその深緑色の瞳を悲しそうに潤ませる。


「……今…何と?…」


 掠れた、やっと搾り出したというような小さな声で聞き返すロベリアに、一房落ちた見事な金色の前髪を後ろに撫で付けるようにかき上げると、アーサーは冷ややかにも見える青い瞳でロベリアを真っ直ぐに見詰めた。


「言った通りの意味だよ。ロベリア。婚約者の座を降りてくれ」


 ざわついていた会場は二人の成行きを見守るかのようにしんと静まり返り、誰かの唾液を嚥下する音が聞こえた。


「………………アーサー皇太子殿下の御心のままに…」


 長い沈黙の後、正面にいるアーサーにしか聞こえないのではないかというような小さな震える声でゆっくりと膝を折り、模範的なカテーシーで答えるロベリアの瞳からは、耐え切れなかった雫がドレスにぽたり、ぽたりと小さく落ちてドレスに濃い染みを作っていく。


「ありがとう。ロベリア。そう言ってくれると思っていたよ」


 涙を溢すロベリアを見下ろしながら、冷ややかな表情とは一転して晴れ晴れとした顔でアーサーは微笑むと、そのタイミングを見計らったようにピンク色のフリルとリボンの大量についたドレスを纏った少女がアーサーの元へ飛び出してきた。


「アーサー様ぁ!エリー、嬉しいです!!やっと一緒になれるのですねっ!!」


 嬉しそうにアーサーの腕に自らの腕を絡ませるように抱きつく少女に、アーサーは一際嬉しそうに笑顔を見せた。招待客達は、まるで異質なモノを見るようにエリーと名乗る少女に視線を送るが、本人は気付いていないのか頬を赤く染めながら尚も何かをアーサーに話しかけていた。


 目の前でどんな光景になっているか、下を向いたままでもわかるようなそのはしゃぐ声に、ロベリアは尚も瞳から雫を溢す。


(あぁ…前世の記憶なんてあっても意味はなかったのね…)


 むしろ、前世の記憶があったからこそ、この後待ち構えている自らの結末に余計に涙が溢れる。


 前世でプレイした恋愛ゲームに転生したとわかった時にはロベリアは絶望した。

 アーサーの婚約者のロベリアは、ゲームの中ではアーサーと恋仲になった皇国一番の商会頭の令嬢であるヒロイン(エリー)を虐げた罪が立太子式典で明らかにされ、投獄され、処刑される運命だった。

 ならばとエリーに会わないようにとイベントが発生する日には公爵邸に閉じ篭り、王宮にも城下町にも出ないようにした。

 虐げたという罪を捏造されないように、公爵邸以外では常に誰か…主にアーサーや他の攻略者と行動を共にもしていた。

 実際、それを実行していたおかげでエリーと遭遇したのはたった一回きり。それも、本来は別の日のイベントだったが、何故か起こってしまった。





 現皇妃のお茶会に皇妃宮に招待されたロベリアは、まずヒロイン(エリー)の予定を確認した。丁度そのお茶会の日は、エリーはアーサー狙いならば城下町でアーサーとお忍びデート。もし他の攻略者を狙っていたとしても、他の攻略者相手ならば皇妃宮や城へ来る予定はなく各攻略者の邸への訪問のはずだった。

 エリーがロベリアの義弟狙いだった場合は公爵邸へ来る事になり、邸にいたら遭遇するかもしれない為、皇妃のお茶会へ参加する事にしたのだ。


 皇妃のお茶会は皇妃とロベリア。それとアーサーとアーサーの姉妹二人との計五名で行われるはずだった。けれど、やはりエリーはアーサー狙いだったようで、アーサーは不在だった為に四名で行われた。

 そのお茶会自体はとても楽しい物だった。

 皇妃と、義理の姉と妹になる二人の皇女は優しく、ロベリアを実の娘や姉妹のように扱ってくれている。そんな三人と、美味しいお茶とお菓子を囲みながら色々な話をした。皇妃の最近のお気に入りのお茶の話から始まり、義妹になる第二皇女の好みの男性の話や、義姉になる第一皇女の今の趣味の刺繍の話等、ゆったりとした時間が流れるようなお茶会だった。


 そんなお茶会が終わり帰ろうとした際に「皇帝殿下も顔が見たいから帰りに寄ってくれと言っていたわ」という言伝を皇妃から聞いて皇帝の執務室のある王城の三階へ行った。

 久しぶりに会う皇帝も実の娘のようにロベリアを迎え、軽く話しをして帰ろうとした時だった。エントランスから二階へ上がる為の広い階段の上でロベリアは呼び止められた。


「『ロベリア様っ!』」


 階段を下りようとするロベリアの前に飛び出してきたのは、薄い桃色のウェーブ掛かった髪を背中に流し、右側のもみ上げ部分の一房をみつあみにして赤いリボンで結んだヒロイン(エリー)だった。


「え…何故…」


 会うはずのない人物。そして会うはずの無い日だったのに、目の前にいるエリーはニヤリと唇を歪め、聞いた事のある台詞を並べた。


「『もう止めてくださいっ!私はどうなっても構いませんっ!アーサー様を苦しめないでっ!』」


 一人芝居のそれに呆然とするしかないロベリア。

 聞いた事のあるその台詞はゲームの中で最大の山場のシーンだった。

 嫉妬心からエリーを苛め抜いたロベリアは、王城のアーサーの部屋に向うエリーを呼び止める。そして言うのだ。「貴女みたいな庶民がアーサー様に似合うとでも思ってらっしゃるの?」と。「アーサー様は皇太子になるべきお方よ。だから皇妃になるワタクシが全てを管理してさしあげているの」と。

 そして言い合いになり、ロベリアは激昂してエリーを階段から突き落としてしまうのだ。しかも、エリーの来るのが遅いと迎えに来たアーサーがそれを目撃してしまうという最悪のシチュエーションで。

 そしてそれが決め手となり、立太子式典の最中に断罪される。

 そのシーンをエリーは『演じて』いた。


「『きゃあああああ!!』」


 呆然とするロベリアを無視してヒロイン(エリー)はシナリオを完成させる。

 ニヤニヤと歪な笑みで悲鳴を上げると、ゆっくりと上体を後ろに倒した。


(危ない!!)


 思わず無意識に伸ばした両手はエリーを掴む事が出来ずに空をかく。エリーはその様子に満足気に瞳を細めると、即座に手摺りにしがみ付いて落ちるのを防いだ。


「大丈夫か!?」


 階下から複数の足音と共に心配する声が聞こえた。

 エリーは手摺りにしがみ付くように屈み込み、それより上にいるロベリアは両手を突き出している姿。一部始終を見ていなければ、まるでその姿はロベリアがエリーを突き落としたようにも見える。

 そんな二人を見上げるのはエントランスから来た攻略者の面々だった。

 ロベリアの婚約者である皇太子予定のアーサー。ロベリアの義理の弟のセシル。騎士団長の息子のダリル。神官長の息子のヘルメスの四人は階段を登り、二人の下へ近付く。


「アーサー様…皆様…痛っ!」


 アーサー達の登場に、ホっとしたような笑顔を見せて立ち上がろうとするエリー。けれど、立ち上がろうとしたが、眉を寄せるとその場にまた屈み込んで左足首を手で押えた。


「怪我をしたのか?」

「大丈夫ですか?」

「とりあえず移動しよう。ここでは治療もままならない」

「そうだな。俺が運ぼう」


 アーサー、セシル、ヘルメス、ダリルの順にエリーに声を掛ける。この流れもゲーム内と一緒だな、なんてぼんやりと考えるロベリアはすでに申し開きをするのを諦めていた。

 次に来るセリフを粛々と待つ。

 何度もプレイしたゲームだから、一言一句憶えている。


「『ロベリア。詳しい事情を聞きたいから、私の部屋で待っていてくれ』」

「…はい…殿下…」


 ダリルがエリーを横抱きにして治療をする為に移動する。

 他の三人はそれに付いて行くと別室でエリーに詳しく話しを聞き、怒ったアーサーは、自室で待つロベリアの元へ向う。


 プレイヤーはヒロイン(エリー)だったから、そこまでしか知らない。

 最愛の少女を虐めたという決定的な場所を見たのだ。どちらの言い分を信じるのかは判りきった事だし、ゲームでの翌日は、悪役令嬢(ロベリア)は泣き腫らした瞳でヒロイン(エリー)を睨みつけてくるというイベントが発生する事で、ロベリアにとって悪い事柄があったという事だけは判っているけれど。


 エリー達五人が立ち去った後、今後起こるだろうストーリーを思い出しながらふらつく足取りでゆっくりとアーサーの部屋に向った。






(あのたった一回…たった一回で私の未来が決まってしまったのね…)


 この後は投獄されて処刑される。

 多分エリーも前世を持っているのだろう。だからあの場に来て、シナリオを完成させたのだろう。『虐められた』という事実が無ければ、ヒロイン(エリー)はアーサーや他の攻略者達と結ばれる事はないから。


(けれど、あの日。アーサー様の部屋でした会話で、冤罪とわかってくださったと思ったのに…やっぱり強制力が働いているのかしらね…)


 事件の後でアーサーが部屋に戻ってから、ロベリアはエリーが勝手に落ちたのを助けようとしただけだと説明した。信じて貰えないだろうと判っていたけれど、それでもやっていない罪を甘んじて受けるつもりは無かった。

 説明をしたロベリアに、アーサーは「わかった」と。「ロベリアを信じるよ」とも言ってくれた。


(もしかしたらあのお言葉は、面倒になって流しただけだったのかしら…それとも、エリーと一緒になる為に、冤罪と判っているのに知らぬ顔をなさっているの?…)


 エリーと一緒になる為にはロベリアは邪魔な存在だ。

 ゲームのように傲慢で我侭で、国民を見下すような女性だったなら『国母に相応しくない』という理由で婚約破棄できるだろう。けれど、いくら皇太子であっても模範的な淑女であったロベリアを何の理由もなく婚約破棄はできない。

 むしろ、何の理由もなくそんな事をすれば、ロベリアに対して好意的な国民達はアーサーに対して不信感が募るだろう。場合によっては反乱もあるかもしれない。

 だからこそ冤罪でも罪を被せた方が婚約破棄しやすいのだろうとロベリアは納得した。


「衛兵。この者を捕らえよ。私の最愛なる女性であり次期皇妃に対し、罪を着せようとした娘である」


(あぁ…やっぱり投獄されるのね…ならもっと自由に生きれば良かったわ…もっとアーサー様に愛を伝えれば良かった。お慕いしておりますと、言ったのは一回だけだったもの…もっと心を伝えたらよかった…)


 バタバタと駆け寄る足音がロベリアとアーサー、それとその腕の中にいるであろうエリーを囲む。

 仲睦まじい二人を見たくはなくて下を向いたまま涙を溢すロベリアは、大人しく捕らえられる為に手首を前で揃えた。


 暖かい大きな掌が手首を包む。縄ではないその感触にロベリアは身体を強張らせると、もう片方の手で強く肩を抱かれた。


「ちょっと!?何よ!?私じゃないわよ!?捕らえるのはそいつでしょ!?」


 抱き寄せられるその格好で横から喚く女の声を聞き、顔を上げたロベリアに映ったのは、衛兵達に囲まれて手首に縄を掛けられたピンク色の可愛らしいエリーの姿だった。


「その娘、エリー・エトワールは私の至宝であるロベリア・レスガンティ公爵令嬢に対し、有りもしない罪を着せて私を謀ろうとした者である。また、その娘の親であり、商会頭でもあるダン・エトワール及びその妻リリー・エトワールに関しては、皇国で禁止されている奴隷売買を行っていた罪ですでに投獄済みだ。そして奴隷売買をするよう薦めたのが娘、エリー・エトワールという事もエトワール夫妻が自供している」

「はぁ!?あいつら喋ったの!?信じらんない!!誰のお陰でたんまり稼げたと思ってんのよ!?ちょっと!痛いんだけど!?私はヒロインよ!?離しなさいよ!!ってか、アンタがちゃんと悪役らしくしないせいよ!!何か言いなさいよこのドブス!!」


 ふわふわの可愛らしい髪を振り乱し、周りに威嚇する少女は今までの可愛らしさが抜け、まるで鬼のような形相で周りの衛兵達と、アーサーに守られるように肩を抱かれたロベリアを睨んだ。


「ヒロイン…ね…。とんだヒロインも居たもんだ」


 周りの輪から出て来て、ロベリアを守るようにロベリア達の前に立ったのはロベリアの義弟のセシルだった。


「セシル様!助けて!冤罪ですっ!」


 今までの自分を取り繕い、瞳に涙を浮かべる少女に周りの全員が眉を寄せた。


「今更取り繕っても遅いんじゃないかな?」


 神官長の息子であるヘルメスが同じく輪の中心に進み出て、同じくロベリア達を守るようにロベリアとエリーの間に入る。


「ヘルメス様!そんなっ取り繕ってなんていません!」


 ふるふると顔を横に振る少女は、その部分だけを見たら確かに可憐で騙される男性は多いだろう。現に捕らえていた衛兵の力が若干弱まった。けれど、弱まっても男の力であり、簡単にエリーがその手から抜け出す事はできないのだが。


「女って怖ぇ…」


 若干青褪め、まるで化け物を見るような目つきで輪から出てきたのは騎士団長の息子のダリルだった。一応騎士として仕えているダリルは、ロベリア達の最前に立ち、エリーと一番近い場所で他の四人を守るように立った。


「ダリル様っ!私を信じてくださいますよねっ!?」


 涙声で悲痛に叫びながら近付こうとするエリーに余計に引いたように眉を寄せたダリルは、腰に付けた剣を抜き取りそれ以上近寄らないようにエリーに剣を向けた。


「うん。流石に俺も脳筋馬鹿とか、騙されやすい男ナンバーワンとか言われるけどさ。お前には騙されねぇわ」

「な…んで…!何でよ!?あんたたち、私が好きなんでしょ!?なのに、なんで!?私はヒロインよ!?私が世界の中心なのに!!んぐっ!?ンー!!!」


 また喚きだしたエリーに、煩いとばかりに捕らえていた衛兵は猿轡を噛ませ、エリーを黙らせた。けれど尚も何かを喚くエリーに、ロベリアの肩を抱いたままのアーサーは唇を開いた。


「エリー・エトワール。キミの中ではキミがヒロインだったのかもしれない。けれどね、人間というのは、全員が全員、自分自身がヒーローでヒロインなんだ。エリー・エトワールという主人公(ヒロイン)の話もあるだろう。けれど、同じように、ロベリアにとってはロベリア・レスガンティが主人公(ヒロイン)であり、私にとってはアーサー・ウルグスタが主人公(ヒーロー)なんだよ。この世界は誰かの夢や物語かもしれないけれど、私達は生きている限り、自分自身が主人公で登場人物なんだ」

「経典の一説にもあります。この世界は神が作られた物語だと。けれどエリー。貴女は神ではなく、神の使者でもない。もし貴女が自らを神の使者だと言うのであれば、それは神への冒涜にも等しいでしょう」


 補足するようにヘルメスがそう伝えると、エリーは瞳を見開き首を横に振る。噛まされた猿轡の下でくぐもった声を上げるが、言葉として出てこないそれを誰も理解できない。


「まぁ、もし貴女が本当にこの世界のヒロインだとしても、『貴女のように傲慢で我侭で、人を人と思わず罪を被せようとするような女に、私は惚れたりなんてしませんけど』」


 それは、ゲームのヘルメスルートでのロベリアの断罪の際にヘルメスからロベリアに伝えられる台詞だった。


「『人を唆して犯罪を犯させるような女、人間とは思えねぇな』」


 ダリルルートではロベリアが懇意にしている商人に人身売買を持ちかけてエリーを売ろうとし、その罪も明らかにされた際にダリルに言われる言葉だ。


「『令嬢として…いえ。人として最低ですね。貴女とは金輪際縁を切らせて頂きます。』まぁ、まず縁なんて無いんですけどね」


 セシルルートでのセシルの言葉。義弟のセシルは全ての罪を知っていた。


「『キミのような心が醜悪な女性は国母には相応しくない。彼女のような純粋で美しい心の娘が皇妃に相応しい』」


 肩を抱いたままのロベリアを、エリーに見せ付けるように力を込めて身体を密着させるアーサー。

 腕の中のロベリアは、何が起こっているのかわからないまま呆然と立ち尽くしている。


 四人の台詞は全てロベリアが言われるはずの台詞だった。

 それを四人の攻略者達に言われたエリーは、愕然として膝から崩れ落ちるしか無かった。まるでゲームの中のロベリアのように。


「牢へ連れて行け」


 力の抜けきったエリーを促し、衛兵達は彼女を地下牢へと連れて行く。

 舞台から強制排除されたヒロイン(エリー)を見送る人も、引き止める人もこの場にはいない。けれど、まだ舞台は終わってはいないとばかりに、会場は静まり返り、アーサーとロベリアへと視線が注がれている。

 と、アーサーはロベリアの肩を抱いていた手を離し、ロベリアの前に跪きロベリアの両手を取って見上げる。


「レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティ。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタの婚約者の座を降りて欲しい。そして、私の妻の座に…皇太子妃、ロベリア・ウルグスタになって欲しい。式はまだ先になってしまうけれど、今日、この場で私の妃になると誓ってはくれないか?」


 青いアーサーの瞳に映るのは、婚約破棄されたと思い込んで泣いて、泣き腫らした瞳のロベリアだった。けれども、その泣き腫らした瞳からはまた涙が溢れる。


「…っ…どれだけ…泣かせるおつもりですかっ…」

「うん。ごめんね。叱責は後でたっぷりと受けるから」

「…アーサー様はっ…こんな事されて…私がお断りすると…思わないんですかっ…」

「断られても何度もプロポーズするから大丈夫。ロベリアがうんと言うまで、何度も、ね。それとも、僕を嫌いになった?」


 ロベリアを逃がさないように両手を握った手に力を込めると、まるで子犬が叱られたかのようにしゅんとした表情で伺い見るアーサーに、ロベリアは涙を溢しながらも顔を赤らめる。


「嫌いになんて…なるはずが無いでしょうっ…お慕いしておりますのに…」

「良かった。愛しているよ。ロベリア。僕のお嫁さんになって?」


 普段は自らの事を『私』と言うアーサー。けれど、ロベリアの前でだけは、『僕』と言い甘えたような声を出すのを、ロベリアは知っているのだろうか。

 一部の貴婦人達は気付いているようで、小さく「まぁ」と声を上げて、赤く染めた頬を両手で抑えている。


「ねぇ。ロベリア。返事は?」



「…はい…アーサー様……『アーサー皇太子殿下の御心のままに』…」


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