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ドラゴニック・グランガルド  作者: こたろう
竜人
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PART4

 つまりは、救い主とはこの大地”ドラゴニック・グランガルド”に訪れた危機と戦う為に彗星に乗って現れるという。

 つまりは、凛音はこれから立ち向かうことになるであろう、彼の土竜”サンドドラゴン”をも凌ぐやもしれない脅威と立ち向かう為に強くならねばならないと言う。ガンダーが。


「その為にどうして畑を耕すのさ?」




 ――遡る事一日。救い主とは、この世界とはと言う凛音の衝撃的過ぎる疑問に急遽ソレイユの”なぜなにドラゴニック・グランガルド教室”が開かれることとなった。講師にお招きしたのはソレイユの幼馴染と言う少年”フレイ”。まずは形から入ろうというフレイの提案で雑貨屋ななつの前に黒板と机とそして椅子が凛音とルーン、そして何故かソレイユの三人分が並べられ、簡易的な青空教室がそこに出来上がる。フレイは中性的からやや女性方面に寄っているような愛らしい童顔に眼鏡を掛け、黒板に描かれた彗星と、そして剣を持った人物の絵を木の枝の先で指し示す。そして一度眼鏡をくいと持ち上げて位置を改めた後、この彗星と剣を持った人物がどのようなものであるのか、フレイはソレイユへと尋ねる。よもや開催した側であるソレイユ自身が巻き込まれることになるとは予想していなかったのであろう、椅子に座りこそすれど自らは呼ばれることはあるまい、そう高を括り机に肘をついて頬杖していたソレイユだったがフレイの思わぬ指名にひゃい! と間抜けたお返事を元気良く返してしまう。それを当然聞き逃すような凛音、フレイでは無く、けらけらと二人に笑われて顔を赤くしながらもソレイユはこの地”ドラゴニック・グランガルド”に伝わる伝説を答える。


 そしてそれから凛音は”物知りフレイ”の授業を通してこのドラゴニック・グランガルドに暮らす人々は凛音とは少し違う、”竜人”と伝承には語られる種族なのだと学ぶ。竜人は等しくその身に竜の血を宿し、角と牙、そして爪を持つ。特に色濃く竜の血を引く者は神官ヴァンダミンや、凛音の隣の席に座るルーンの様に翼や尾を備える者もいるという。そういった者はそれぞれ翼を持つ者を”有翼種”、尾を持つ者を”有尾種”と言われ、極々稀にその二つの特徴を同時に併せ持った”真竜人”と呼ばれる者も存在し、それは他のどの竜人とも比較にならない竜の力を宿すのだという。それ以外にも程度により鱗や甲殻をその身に持っていたり、外見すら人のそれとは異なるような者もいるらしいということも凛音は知る。


 そして次に救い主について。世間の人々には伝説やおとぎ話の中でそれは彗星と共にやって来ると語られているという。救い主、人によっては救世主、英雄とも呼ばれる。この世界を悪しき竜”邪竜”から救ったと謳われる、輝く剣の担い手にして使い手。その姿は竜人とは違う、そうまるで凛音のような角も牙も持たない唯の人だとか。その救い主と言うのだけは凛音はよく知っていた。ちらりと視線を隣の机に向ける、そこには木炭で出来た筆で皮紙に鳥か何かの黒い物体を描く楽し気な様子のルーンが居た。彼女が凛音に向けて言った言葉、それが救い主。凛音には今だピンときていない、選ばれたと言うならそうなのだろうか? それとも自分はただルーンに連れられ迷い込んだ一般人に過ぎないのか。しかし、しかし凛音の中には一つだけ確かなことがあった。それはルーンが助けを求めたということ。一体何から助けてほしいのだろう、邪竜から? それとももっと別の事。どちらにしても、今の凛音にはそれしか確かなことが無い、ならばそれに全力を傾けるべきだろうと、気が付くと凛音はその右手に握り拳を作っていた。それを見てふと思い出す、輝く剣。あの剣の事なのだろうかと凛音の中に疑問が生まれるが、それをフレイが黒板を軽く叩く音で掻き消して言った。


「確かにリオンくんは伝説に語られる救い主と見た目は合致してる。守護兵の人たちの話が本当なら、本当にリオンくんは救い主なのかもしれないね。でもこうしている君は至って普通、ボクらとなんら変わりない。……その、あんまり気負ったり無理しちゃだめだよ? ソフィみたいに図太くて無駄に頑丈なのとは違うと思うしイダァッ!?」

「無駄に頑丈とは何事よ! 無駄にって! それ以前に図太くないやい!!」


 凛音の様子が少し変わったことに気付いたフレイは嫌味の全くない調子で穏やかに彼に笑いかけると気遣いの言葉を述べる。それだけなら何も問題は無かったのだが、その為にソレイユのことを引き合いに出したことが運の尽き、フレイのしくじり先生であった。小気味の良い音と共にフレイの額のど真ん中へと木炭が投げ付けられそれがジャストミート、投げた犯人は勿論ソレイユでその表情は怒りに引き攣った恐ろしい笑顔であった。親しき中にも何とやらである。うずくまり額を摩る半泣きのフレイに変わり荒っぽく席を立ったソレイユが代わりに黒板の前に立とうとすると、果敢と言うか無謀と言うかそれでも先生と言う輝かしい立場に目が眩んでいるフレイは加えてソレイユが凛音に何を言うか分からないこともあって自分が教えると彼女に食い下がる。が、彼女がおもむろな動作で持ち上げた手で柔軟に波打つ指先、それが何を意味するのか凛音は先程思い知らされているし、幼馴染の仲であるフレイもまた彼女の異名を知らない訳はなかった。


「っこほん……リオン、良い? 気負うも何も、そもそも救い主だとかそれ以前にね、強くなくちゃ生きていけないのがこの世界の決まり事よ。だから、肩書や立場以前に、リオンはリオンとして強くならなくちゃダメなの。その子の為にもね」


 草原の中に捨てられた哀れなフレイ。笑い声と言う悲鳴も長くは続かずに、彼はソレイユの前に呆気なく撃沈した。そして黒板の前のソレイユと、彼女のその恐るべき擽り術の前に恐怖し大人しく話を聞くしかなくなった凛音、絵を描くのにも飽きたのか飛んできた小鳥と木炭筆を転がしては取って来てもらう遊びを机の上で始め戯れる相変わらずのルーンの三人。ソレイユは拳を交互に突き出す仕草や、時折見事なハイキックを放ったりをしながら自らの考え方を凛音へと語り伝える。そして老ヴァンダミン直伝だという回し蹴りで風を切った後、にっと笑い凛音に一瞥向けそして次にルーンを見る。ソレイユの技の数々に目を輝かせて拍手するルーンを凛音も視界に捉え、確かにその通りだと初めての戦闘での時のことを思い返す。一瞬の隙から危機に陥ったこと、意識が無くなりそして再び目覚めた時にはどうやら自らが知らないところでサンドドラゴンを倒していたことを。あの時、凛音はルーンと確かに一つになっていた、そんな状態で自分がやられればルーンはどうなってしまうのだろうと考えると寒気がする。ルーンを助ける為にも、その願いの為にも、凛音は自らがもっと強くならなくてはいけないのだと確かに確信する。


 ……と、言うことで呼んでみました。と、場所を変えてまた村の端にある別の野原に移動した一行。そう言うソレイユの隣で胸を張りよろしくと告げたのはガンダーだった。突然の事態に目を点にした凛音とフレイの二人、ルーンは凛音の頭の上で小首を傾げるばかり。ガンダーは話は聞いているといつ聞いたのかも定かではないながら自信あり気と言うか何か別の意味で楽しそうにしながらまずはこれをと凛音に彼が手に持っていたものを差し出す。それを受け取った凛音はますます混乱を深めていた、何故ならばガンダーが差し出したもの、強くなるのならば素振りだとか模擬戦だとかで使う武器の類だろうと思っていた凛音、しかしその予想に反して渡されたもの、それは紛れもない”クワ”だった。


「此処を田園にする。牧場にする。その為にリオン、お前はクワを振るのだ!」


 凛音と彼の身を案じるフレイは同時に間の抜けた声を出す。ガンダーが何を言っているのか分からなかったからだ。彼の傍らで腕組みし頷くソレイユとがははと高笑いするガンダー、そしてその後ガンダーが指差したのは杭とロープで出来た簡易的な柵であり、まずはあそこから始める様にと凛音に告げる。ソレイユは凛音の背中からルーンに降りるよう言って、代わりに自分の背に来るようにと促す。渋々と言った様子ながら凛音からの口添えもあって漸く降りたルーンは、しかし立つから良いと代わりにソレイユと手を繋ぐだけして彼から離れる。そして凛音とガンダー、残る一行は柵の方へと向かった。


 ガンダー曰く、畑仕事は己との戦いだという。強くなれるのだという。もしかしてソレイユのあの思考回路は彼によって刷り込まれたのではないのだろうかと勘繰る、言葉にしなかった凛音のそれを直感で悟ったのか正解だと言うように柵の外でフレイが頷いていた。凛音は自らが着ている服、つまり制服なのだがそのブレザーとシャツを脱いでインナーだけの姿になって柵の中。クワを手にどうしたものかと考える。現代っ子で都会っ子の彼は畑など耕したことがないどころか農機具自体触れるのはほぼ初めて。クワと地面を交互に見遣りながら固まる彼を見かねたガンダーが柵の外から命じる。


「確り柄を握って、持ち上げてクワの重さを利用して振り下ろせ。大事なのはその後、土を引っくり返す時だ。腰入れろよ」


 儘よと言われた通り凛音はクワを思い切り振り上げ、力強く振り下ろした。しかしクワはどういう訳か地面に弾かれて上手く刺さらない。首を傾げる凛音に更にガンダーから指示が出る、振り下ろす時には余計な力を入れず、刃の向きにだけ注意してその調整に手は使うのだと。凛音は半信半疑に言われたことをやろうとする。初めの数回はまだ上手く行かなかったものの、次第にちゃんとクワを地面へと突き立てられるようになり始める。そして問題はまだまだあった、突き立てられるようになったまでは良いものの、土を掘り返せないのだ。無理にやろうとするとクワが地面から抜けてしまう、そこで凛音はガンダーの言葉を今一度思い返した。腰を入れる。もう一度クワを地面に突き刺し、手首を上手く使い持ち上げる様な感覚で、更に腰を落とし両脚を踏ん張って重心を移動させる。すると草の音を千切る音と共にクワの内側が土を持ち上げてとうとう上手く掘り返すことに成功した。凛音は嬉しくてついその晴れやかな顔を皆の方へと向ける、そこではやれやれと言った調子ながら微笑むガンダーとソレイユ、そして対照的に素直に彼を誉めて拍手しているルーンとフレイが居た。それを見てただ土を掘っただけなのになと内心思い照れる凛音だったが、同時にまだそれだけなのに喜び過ぎな自分に気付いて今度は急遽恥ずかしさに顔が熱くなった。それを隠すように今得た感覚を失わない様にと柵の中の土を黙々と掘り返して耕して行く凛音だったが、戦いとは違う気がして何故畑を耕すのだろうとやはり疑問は拭えない。しかし楽しくなってきたのも確かで、やるだけやってから色々聞いてみようと、その日は一日中ガンダーの指示の下、凛音は畑作りに勤しんだのだった。

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