PART2
リオン。リーオン! リオーン!! りおんっ。
それからの凛音はまるでちょっとしたスター気分だった。凛音の名前と活躍はガンダーや神官ヴァンダミンが例え口を滑らせずともあの遠征、あの戦いから帰還した守護兵たちがたっぷり村中隅々にまで言い触らしており、既に村人たちの周知の沙汰となっていた。特に子供たちからの人気は凄まじい。気分を変えてこいとガンダーに神官や官僚たちの集会所から追い出された凛音とルーン、いざ外へと一歩足を踏み出した途端に見知らぬ子供たちから名前を連呼され付き纏われると言う淡き目に遭う。
ぱぁーって変身するやつをやってよ。剣を見せて。どこから来たの。変な格好。あんまり強くなさそう。と、様々な事を立て続けに訊かれたり言われたり、凛音は今にも目を回しそうになる。ルーンもルーンで凛音の頭とその背中と言う所定の場所を子供らに奪われまいと、ダメと繰り返して凛音によじ登ろうとする子供を必死に追い返そうとするが、半ば子供らはそれを楽しんでいる節が見られますますその数を増やして行くのだった。
「参ったな……これじゃ誰かに話を聞こうにも……」
ガンダーたちは彼らだけで暫く話し合いたいと言って、凛音の訊きたいことは後回しにされてしまっていた。故に聞き込みしようと言う意図もあり村へと降り立ってみればこの様、大人たちも居るには居たがそれぞれの世間話や遠巻きに凛音を眺めているばかりでなかなか話を聞くと言うところまでは行けなかった。
竜人たちにとっても有翼種と言うだけでなく、羽毛に覆われた一見すると鳥か、何ならば天使の翼のようなルーンの翼は珍しいらしく、その翼を子供たちが好奇心で引っ張るのが嫌なのかルーンは更に高度を上げて子供の手の届かない位置、凛音の頭上以上まで浮かび上がって避難しており、相変わらず揉みくちゃの凛音はそんな彼女の能力が羨ましいと溜め息を溢すのだった。
このままでは一日中引きずり回され、聞き込みは愚か休息にもなりやしないと凛音がふと顔を上げると、向こうにある家屋の影から何者かが勢い余り気味に飛び出し、両足によるドリフトを決めた後、土煙を巻き上げながら猛然と凛音を中心とした子供たちの群れへと全力疾走してくるのが見えた。
何だろうと凛音が思ったときにはもうその人物は子供の群れへ突っ込んでおり、子供たちを千切っては投げ千切っては投げ、凛音までの道筋を力業で切り開いて見せる。そうして凛音の眼前に現れたのは足首まで届くかと思えるほど長くボリューミーな金色の髪を二又のおさげにした、タンクトップ風の衣服を纏う少女だった。前二本と後に一本、それぞれ額と後頭部から計三本の小粒な角を生やしたその少女は腰を折り膝に手を着いて露出した健康的に焼けた肌をした肩をゆっくり大きく上下させながら、汗の浮かんだ顔をばっと上げて凛音を見る。切らした呼吸を繰り返しながら碧玉の様な瞳で凛音を見詰め、凛音がどなたですかと尋ねるよりも速く、折っていた腰を思い切り伸ばし腕を鞭の様にしならせた直後びしりと真っ直ぐに凛音の顔に人差し指を突き付けた少女は息切れで逆上せた様な顔に勝ち誇ったような笑顔を浮かべ言った。
「ハァ……あなたがっ……ゼェ……リオン……ゼェハァ……ねっ! ハ~ァ……ちょっと一緒に……ハァ……一緒に……キテッ!!」
おい、ソレイユ、邪魔すんなよ! と子供の中の一人が少女に向けてであろう罵声を投げかけるが少女は黙らっしゃいと一蹴、適当な近くの男子を一人捕まえると悪い子はこうだと言って両手をその男の子の両脇に突っ込み擽り始めた。耐え切れず膝が折れる程笑うその男の子だが、実はと言うとその子は罵声を投げた子供ではないし全くの無関係のとばっちりだ。所謂”見せしめ”にされた可哀想な男の子の尋常じゃない笑いっぷりは最早立っている事も出来ずその場に崩れ落ち涙に涎に鼻水を垂れ流す程の凄惨な光景を子供たちに見せ付けた。
今日はこれくらいで許してやろうと男の子から手を離した少女、その少女の足元では擽りの刑が終わったにも関わらず余韻で今だ笑い声を薄く上げ、ぴくぴくと痙攣を続ける男の子が横たわる。それを子供たちは目の当たりにして顔面蒼白、”擽り上手のソレイユ”と誰かが呟き皆一歩また一歩と後退った。何ならば凛音も後退りついでに逃げ出そうとしたのだが、いち早く伸びて来た少女の手が彼の手首を捕まえ「擽り勘弁っ」と凛音の懇願虚しく馬鹿言わないでと少し恥ずかしいのか顔を赤くした少女は凛音を引き摺り、子供たちの冷ややかな視線を背に来た道を戻るのだった。