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恋花の咲き開く時(四)


 断続的に打ち上げられた花火の音を皮切りに、桜花学園桜花高等学校の文化祭――通称『桜花祭』の幕が上がった。初日の土曜日は、学園内の生徒たちだけで行われ、二日目となる今日は学外からも多くの一般客が来ることで有名だった。

 曰く学校が出す資金は他の高校と比べて多いだの、曰く演目の多様性が売りだのと、どこからどこまで本当か良く分からないのだけど、中には一般参加者には地元の有力企業のお偉いさんがいるという噂があることくらいは善貴も聞いたことはあった。

 かといって、善貴たち生徒たちにとって、そうだとしてもそれらが直接的に関与することはないので、そのほとんどの生徒たちにってそうした噂のあれこれは、よほどの噂好きでもない限りどうでも良いことだった。

 それは善貴にとっても同じで、その資金がどうだからといって自分たちの還元されることがないことくらいは分かっているので、気にするようなことではない。むしろそれを気にしているのは大人たちなのだから、気にした所で意味がなかった。

 一般参加のある二日目が本番である今日、初日の昨日に引き続き、出し物の喫茶店のためにいつもと違う様子の教室内で簡単なホームルームを行った。クラス全員でやる喫茶店のシフトを確認しておくこと、全員一丸となって桜花祭を成功させようという担任の挨拶があった。

 その後すぐにシフトを確認し合い、各々が仕事につく者、時間まで学内を回る者と、一斉に解散となった。善貴は一番人が多いと思われる昼からのシフトなので、午前中に学校内を回るつもりだった。

 もちろん、メンバーはいつも通りのメンバーで、と思ったのだけれど、あろうことかその一番のツテだったはずの裕二が断りを入れてきたのである。

「ごめん、よしき氏。実は今日一緒に回る人いるんだよね」

「外から来るの?」

「うん。まぁ、紹介くらいはしておきたいから少し待って」

 外というのは一般参加者、つまり学校外からの客のことを指す。どうやら裕二は、この日に友人を呼んでいるらしい。ちなみに内海はそれらしい人はいないので一緒に回ろうかと思ったが、残念ながら彼とはシフトの関係上、午前中は一緒にはいられそうになかった。

「朝一で来るって言ってたから、そろそろ校門の方に来てると思う」

「分かった。じゃあ一緒に行こう」

 そんな会話をしつつも、僕はある子のことを求めて、さり気なく視線を彷徨わせた。どうにも気になって仕方のない彼女の姿を見つけようとする自分が何だか滑稽だったけれど、否応なくそうしてしまう。

(いた)

 目を向けた先に、示し合わせたようにすぐに彼女を見つけることができた。もしかしたら向こうもそうだったのか、一瞬互いの目と目が交わった。が、それはすぐに離れ、お互い向かうべき場所に向かって距離が離れていくばかりだった。

 瀬名川はどうする気なんだろう。仲の良い金森由美や原田瑞奈と一緒にいたから、やはり一緒に学校内を回る気なのだろうか。始まった本祭を前に、周囲の生徒たちもざわめき立っているにも関わらず、僕には何故か彼女と友人たちの声がかすかに聞こえたような気がして、校門へと向かった。


 校門の前には、すでに待ち構えていたらしい一般参加客たちのグループがいくつもたむろしていた。もちろん、そのほとんどが学校の生徒たちの友人たちだろう。中学時代の、あるいは小学校時代からの友人というグループもきっとあるに違いない。

 そのほとんどが本祭開始時刻と同時に学内へと入り、互いに待ち合わせていた友人らと邂逅してはどこかへと消えていっていた。僕は裕二と共に彼が紹介したいという友人の姿を探して、校門の辺りをうろついていた。

「あ、いたいた。おーい」

 裕二はすぐにその存在を見つけたようで、大きな声でこちらへ手招いている。僕は誰が来るのかと裕二の向けた視線の先を追ってそちらを向くと、そこに見慣れない女の子が一人、こっちへ小走りにやってきた。

「ごめん。待ってるって言ってたのに、遅れちゃった」

「いや、良いよ別に。こっちも今来たとこだし」

 ごく自然に振る舞いながら話す裕二に、僕はぽかんとしてしまっていた。裕二の紹介というから、てっきりオタク仲間かな?、などと勝手に想像していたのだけど、その想像はいとも簡単に破られたのである。

 いわゆるゴスロリファッションというものに身を包み、パッチリとした大きな瞼が特徴的な可愛らしい感じの子だった。僕は完全に言葉を失くし、あんぐりと裕二とその子を見比べた。

「……えと、裕二?」

「ああ、ごめんごめんよしき氏。こちら、ちょっと前に知り合った綾音ちゃん。で、こっちが前々から話してたよしき氏」

 そういって互いを紹介する裕二。はじめまして、という言葉に加えてお辞儀する綾音ちゃんに、僕も釣られるように会釈した。

「裕二くんからお話は聞いてます。なんでも、何度も同じ輪廻を繰り返しては出会ってきた、魂の血盟で結ばれたお二人だとか」

「え? 魂の血……なに?」

 なんだろう。今、どこかで聞いたことがあるような無いようなデジャヴュがあったのだけど、そこを突っ込んだほうが良いのだろうか……。

「あ、綾音ちゃん、よしき氏はそういうの分かんないんだ」

「え? そうなの?」

「うん。何度言ってもよく分からないからってすぐに切り上げられる」

「そうでしたか、それは残念です。もしかしたら善貴さんとは魂のミッシングリンクになり得るかもしれないと思ったのですが」

「残念ながら、よしき氏はそうじゃないと思うよ」

 軽く頭が痛くなってきたのを自覚して、思わず額に手をやった。ここでこの二人の会話に入った所で、結局置いて置かれてしまうことは目に見えているので、深くは突っ込まない方が良いだろう。

 まぁ、ゴスロリっていう時点である種のシンパシーを感じたのは確かなのだけど、なるほど、それは間違いなく、裕二と知り合いになっただけのことはある。僕はそう自分に強く言い聞かせた。

「それで二人の馴れ初めはなんなの?」

「いきなりぶっこんできたね、よしき氏」

「いいじゃないか、教えてくれても」

「んー、隠すようなことでもないから良いんだけど。前々からネット上で知り合った人たちとライングループ作って、コミケとかの度に一緒に行ってたの知ってる?」

「ああ、確かコミケに行く度に一緒に行く友達がいるって言ってたね」

「そう。そこで知り合った子なんだ。今までラインでやり取りしてたし、お互い写真も送り合ってたからまぁ良い機会かなって」

 なるほど、これで合点がいった。つまり、この友人はこの夏、勉強もせずに通常どおりの夏を過ごしつつ、コミケに行きがてら彼女と接点を持ったということだろう。僕は頷いて続けた。

「それで二人は付き合ってるってわけだ」

「え?」

 思わず二人が驚いてきょとんとするのを見て、何か言ってはいけないことでも言っただろうか。そう思うも、すぐに二人の態度がおかしなものに早変わりした。

「流石よしき氏、何度転生を繰り返しても相棒のこと良く見てんな」

「すごい……これが魂の血盟……」

 なんだか鬱陶しいな、このやり取り……。そう言うが早いか、裕二が矢継ぎ早に言った。

「実はさ、おれたち付き合ってるんだよね」

「は?」

「ん?」

 僕と裕二は互いに、驚きに表情を変えながら互いの顔を見つめ合う。

「付き合ってるって、え? いつから?」

「いやいや、付き合ってるって見抜いてたんじゃないの?」

「知らないよ、そんなこと。単なる冗談なんだけど……」

 そう、先程付き合ってるなんて言ったのは、ただの冷やかしで言っただけだ。だというのに、この二人はどうも本当に付き合っているらしい。それを知らされて、驚かないはずがないではないか。

「はぁ……。まぁ、良いけどね。まさか裕二が女の子と付き合うなんて予想のかなり斜め上いってるよ」

「まぁね。でも、会ってるうちに楽しくなってきちゃって、どうせならもう付き合おうってことになったんだよ」

 へぇ、とも、はぁ、ともつかない曖昧な返事をしつつ二人の様子を眺める。繰り広げられる会話にはまともについていけないのだけど、何というか感性が共通しているのを、そこはかとなく感じさせる。

「そっか、裕二にも春が来たのか……」

 以前、確かあれはまだ僕らが入学して幾ばくかした頃、互いの趣味が似通っていたことから仲良くなったばかりの頃に裕二は、女の子と言えば二次元に限る!、などと豪語していたはずだったのだが、あれから二年ちょっとの間で随分と様変わりしたなぁ、などとちょっと感慨深くもあった。

「そういうけど、よしき氏もそうじゃないの?」

「どういう意味?」

「いや、だから、よしき氏も最近恋する男の顔になってるよ」

 なんだそれは。男に恋する顔もあったもんじゃないと思うのだけど、何かおかしいというのか。そう思うとそれこそこちらの方が笑えてくる。

「どんな顔だよ」

「んー、そんな顔?」

 そんな顔と指を差されて言われても困るのだけど……。まぁ良いか。それをあれやこれやと否定した所で、多分明確な答えは帰ってこないことは分かっている。よって、ここは流しておくことにした。裕二もそんな僕の様子を察したのか、一度頷いて話題を変えた。

「で、さ、よしき氏」

「うん?」

「今日、これから綾音ちゃんと二人で回ろうかと思うんだけど……」

「あー、そういうことね。了解」

「ごめん。シフトまでにはちゃんと戻ってくるからさ」

「オッケ。俺も適当に回るよ」

 僕はそう言うと足早にその場を離れた。こんな時、お邪魔虫は早々に退散するに限る。でなければ、見たくもないベタベタした所もお目にかからなくてはならないハメになる。そんなのは僕の見たいものじゃない。

 それに、あの二人の会話のやり取りについていけなくなることも目に見えている。……どんなやり取りが繰り広げられるのかも気にならないこともないが、とにかくここは折角のデートを邪魔するわけにもいかないだろう。

 とはいっても、多分今日のことで裕二を知ってる何人かの噂にはなること間違い無しだ。そうなった後のことで想像してみると、裕二は多分、相も変わらずどこ吹く風なのだろうと、すぐに想像することができた。

(内海は知ってるのかな)

 ふと、なんとなくそう思った。頻繁に会う僕らだけど、僕よりも内海の方がその辺りについては情報通なのだけど、どうなのだろう。いや、内海のことだから、知ればきっと僕には真っ先に教えてくるに違いない。ということは、本当に二人はまだ付き合いだして日が浅いということなんだろう。

 そう考えているうちに、僕は自分が手持ち無沙汰になっていることに今更ながら気がついた。勢いであの場を離れた僕だけれど、一番の頼みの綱であった裕二があれでは自分と一緒に回るということはないだろう。となると、一人で学校を回っても面白みがない。

 大人しく教室にでも行こうか。そう思って脚を教室に向けようとしたところ、先生が呼びかけてきた。

『アテが外れたの、ヨシタカよ』

「ええ、まぁ。まさか裕二に彼女ができてるなんて思いもしませんでしたよ」

『うむ。だが、男は見てくれだけではないからの。乱世にはあの男よりも地味な醜男しこおもおったが、それでも娘っ子をもらっておる者もあったくらいぞ。それにあの者はああ見えて弁も立つ。おまけに性格も良く、器量もある。そこが分かっておれば、さほど容姿にとらわれることもなかろうよ』

「良く見てますね」

『それくらいはな。それにあやつは性格的に表裏がない。そこもある種の女子からすると、きっぱりしていて男気を感じられるのだろうよ』

 確かにそれは言えているかもしれない。ああいう裕二の性格に幾度となく救われたことがあるのは事実だった。確かに趣味についてはあまり大きな声では言えないかもしれないけれど、さっぱりとした性格は思いの外親しみやすいものだ。

 おそらく、先生もまた登校の初日にああいう裕二の性格に助けられていたのを思い出しているのだ。今思っても、あの時裕二がフォローしてくれていなかったら、今こんなにも平然としていられたか、その限りではなかったかもしれない。

『それで、ヨシタカよ。これからどうするつもりだ』

「うーん、一応教室に戻るつもりですが、先生はどうします?」

『うむ。折角だからわしはこの”がくえんさい”というのを見て回ろうと思う』

「そうですか。じゃあ交代します?」

『うむ。時間までに戻れば良いのだろう?』

「はい。お願いします」

 その一言を合図に、僕らの意識が交代した。一瞬、ぐにゃりと大きく視界が揺らぎ、鈍い頭痛にも似た気持ち悪さが押し寄せてくる。それと同時に、これまで見ていた光景が、大きなスクリーンに映し出されて見えるような、なんとも不思議な光景に変わった。

 これが意識の交代を完了したことを告げている。ここからは僕が中で、先生が外に出たことになる。一瞬だけ気分が悪くなるので、本当は頻繁に交代したくはないのだけど、手持ち無沙汰になってしまって暇の潰し方を潰された僕よりも、桜花祭が気になる先生と交代した方がいくらか有意義だろう。

 相変わらず僕と先生とでは、僕の意識で勝手に意識を交代させられないが、今日は特別ということで少しの間だけ桜花祭を見て回りたい先生と意識を交代したのである。どのみちシフトが来たら向こうが勝手に僕と意識を交代してくるだろうことは予想がついていた。

 僕の意識と代わって外に出た先生は、まるで自分が一般参加者と言わんばかりに学校内を見て回り始めた。




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