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恋花の咲き開く時(二)


 染みるような肌寒さが人肌恋しくなる季節に入り、善貴は予備校も終えて家路に着く途中、乗換駅のホームで電車を待っていたところ、思いもかけない人物と遭遇した。突然声をかけられた時は、一体誰だと訝しんだ彼だったが、彼女の姿を見てすぐにそれも氷解した。

「やっほーヨシタカくん」

「えと、美樹子さん、でしたっけ?」

 出会ったのは、悠里の友人である高島美樹子だった。ただでさえ女子から声をかけられる機会が少ない善貴にとって、聞き馴染みのない女子から声をかけられても、それだけでは瞬時に誰か判別できない。それだけに現れた美樹子に対し、善貴は即座に対応することができなかった。

「すみません。一瞬誰か分からなくて」

「あーひどいなー。制服だと分かりにくかった?」

「ええ、まぁ。だけど顔は覚えてましたから」

「そっかそっか。一度しか会ったことないから、忘れられてたらどうしようと思ったんだけど、声かけてみるもんだねー」

 うんうんと腕を組んで頷く美樹子に、善貴はたじたじだった。彼女のことが苦手だとかそんなことはないのだけれど、切り返しが良くわからないといった感じだ。けれど、彼女は瀬名川とはまるで性格が違っており、むしろ好感のもてる性格であるように思われる。

 それと、以前会った時は自分ではなく先生だったので、自分という外見は変わらなくても善貴自身とって、彼女とは実質的な初対面だった。そこに加えて制服だ。紺色の地に白いラインが縁取るセーラー服が、善貴の通う学校指定のブレザーよりも新鮮だった。

「美樹子さんも予備校の帰りですか?」

「んーん、今日は補習の帰りだよ。そういう君は予備校帰りなんだね」

「ええ、まあ」

「予備校通いも大変だよねぇ、私も行ってるけど補習もあるから嫌になるときがあるよ」

「俺もです」

 そんな会話をしながら、善貴と美樹子の二人は電車を乗り継ぎ、互いの向かう電車のホームで降り立った。途中まで一緒だという美樹子と共に、善貴は乗り換えホームへと向かう。

「それにしても私は君とは初めて会った気がしないなぁ」

「まぁ二度目ですし」

「あはは、そうだけどね。でも、そういう意味じゃないよー?」

「……というと?」

「お? そう返しますか」

 にんまりと含みのある笑みを浮かべた美樹子は、さてどういう意味でしょう?、と逆に善貴に問い返した。これが他の子なら嫌味に思ってしまうところなのだけれど、美樹子相手だと不思議とそういう気にならなかった。むしろ、何故だと自問自答してしまいそうだった。

「あはは、ごめんごめん。深い意味はないから気にしないでよヨシタカくん」

「えーと……まあいいか。それよりも美樹子さん、僕の名前はヨシタカではなくて」

「知っているよ。ヨシキっていうんだよね? 竹之内善貴くんだ。だけど、こっちの方が呼びやすいからこっちで呼ばせてもらおうかなって。でも、もしほんとに嫌だって言うなら止めるけど」

「あー、いや、別にそこまで嫌ってわけでもない、かな……です」

 語尾を言い直した善貴に、美樹子はコロコロと笑った。特別な関係でもなく、さらに付き合いもほとんどない人にタメ口というのも憚られるので、丁寧語を使っているだけなのだけど、どうも美樹子にはその辺りが逆に面白いらしい。

「君は面白いね。普通、敬語や丁寧語なんて使わないよ」

「ああ、いや、まぁそうなんですけどね。ただいきなりタメ口だと失礼かなって」

「別に良いんじゃないかな。そもそも私たち学校こそ違うけど同級生なんだし?」

 言われてみればその通りだ。あまり気を使いすぎて他人行儀になりすぎても、人によっては嫌う人もいるのだから必要以上に言葉を選んで話すのも、逆に失礼かもしれない。

「わかりました……分かったよ」

「言い直すくらい緊張してる?」

 くすくすと笑う彼女に、なんだか恥ずかしくなって善貴はうつむき加減に頭を掻いた。

「それじゃあ改めまして、だね。よろしくねヨシタカくん」

「うん、こちらこそよろしく美樹子さん」

「ダメダメ。なんでそこだけ他人行儀なるのかな君は。美樹子で良いよ。ミーコでも良いけど」

「いや、流石にそこまでは……」

 気持ちの上では分かっているのだけど、さほど付き合いのあるわけでもない女の子を突然下の名前で、呼び捨てにするのはどうかと思う善貴にとって、最後の抵抗だった。もう一度そう言わないように言う彼女に、善貴もため息をついた。

「分かりました。じゃあミーコさんで」

「ミーコさんなのー? むー……まぁ仕方ない。今回はそれで許してあげるよ」

 言葉とは裏腹に美樹子の表情は柔らかい。許すも何も、初めからそこまで気にしてないという感じで、僕の好きにして良いというのを暗に言ってくれているようだった。

 そこで初めて彼女が呼び方よりも、僕との会話を楽しむためにそう切り出したのかもしれないことに気がついた。彼女なりのネタ振りだったということだろう。善貴は自分でそう納得させて話題を変えた。

「ミーコさんは、瀬名川とは付き合い長い……の?」

 いけないいけない。何も考えていないと、思わず丁寧語が出てきてしまいそうだ。

「うん、それなりに。というか、多分あの子と付き合いのある女の子の中じゃ、私が一番付き合いが長いんじゃないかな?」

「へぇ」

「小学校一年の時、同じクラスになってからずっと一緒にいる時間長かったよ。三年生と四年生の時は別々だったけど、五、六年でまた一緒になってね。中学校じゃ三年間ずっと同じクラスだよ」

「まさに親友って奴ですね」

「そそ。三年前、高校でも同じとこ行こうよって、できもしない約束もしてたんだけどね。……流石に高校はそういうわけにはいかなくなって」

 自分の知らない瀬名川のことを嬉しそうに話す美樹子に、僕は相槌を打つことすらも忘れて聞き入っていた。もちろん、美樹子のことも”友人として”話に興味はあったが、何よりもあの子の過去のことが気になって仕方なかったのである。

「ほんとはねぇ、ユーリも私と同じとこ受けたんだよ」

「え?」

「中学校の担任からは、相当頑張らないと難しいから、一つか二つレベルを下げて受験してみたらどうかって言われてたんだけど、あの子、ちょっと頑固なところあるからさ。無理に押し通しちゃって、結局同じところ受けに行ったわけ」

「もしかして、受けたとこって……」

「うん。今私が通ってるとこ。本当は私が一つ下げて、あの子が一つ上げる。これくらいがちょうど良かったんだ。だけどね、親がどうしてもここ頑張れっていきり立っちゃってさ、私は仕方なくここ受けることになったってわけ。

 お互い高校では別々になっちゃうねって言ったら、次の日になってユーリ、突然ここ受けるって言い出し始めてね。それで担任や親とも揉めたみたいなんだー……」

 善貴は黙って美樹子の言葉に耳を傾けていた。

 なんだか判るような気がする。今の瀬名川の、表面的な部分しか知らなかった頃の自分ならそんなはずは、と思うかもしれない。けれど、なんだかんだで彼女はきちんと勉強合宿にも参加していたし、きちんと返すべきものは返してくれたりもした。

 つまり、根はかなり真面目なのだ。根が真面目な分だけ、彼女なりに頑張ろうという気持ちが強くあったのではないか。親や担任と揉めたというのも、高校も一緒に、という美樹子との約束があったからなのだろう。たとえそれが口約束でしかなかったとしても。

「結果はご存知の通りだけど、一緒に学校まで番号見に行ったけど、私だけ合格しててすごく気まずかったのは良く覚えてる。本当は自分も悔しかったろうし、悲しかったと思うのに自分のことみたいに喜んでくれて……」

「そう、だったんだ」

 思いもしなかった瀬名川の過去を聞いて気分が沈む。どれだけ仲が良かろうが、そればかりは気まずくなって仕方ないだろう。いや、むしろ仲が良いからこそ気まずくなったに違いない。

「美樹子……ミーコさんは瀬名川と一番仲が良いんですね。瀬名川がまさかそんな風に考えてたことがあったなんて」

「知らなかった?」

「ええ、まあ」

「あはは。ユーリは口下手だからねー。上手く喋ろうとして空回りしてることなんてしょっちゅうだったよ。お陰でいらない諍いが起こったことも一度や二度じゃないよ。……これ、本当は言わないほうが良いのかもしれないけど、君にだけは教えとくね。ユーリさ、小学校の時イジメに遭ってたんだ」

「イジメ? 瀬名川が?」

 予想外過ぎて思わずオウム返しになっていた善貴は、もう一度言葉の意味を整理してみたが、やはり辿り着いた答えは同じだ。まさか、あの瀬名川がイジメに遭ったなんて今クラスにいる誰が想像できるだろうか。

 ……こんなこと言うのも何だけれど、僕の知る彼女のイメージからすると、どちらかと言えばイジメをする側の方がむしろしっくり来るくらいだ。そりゃ誰だって過去があるのは当然だけれど、まさかあの瀬名川がイジメに遭ったなんて考えたこともなかった。

「ほら、ユーリって可愛いでしょ? 女の子の私から見てもそれは同じだよ。だからかなりモテたんだよ実際。中学校でもそうだったし小学校でもそうだった。特に小学生の時は、ちょっと仲の良かった男の子と本気に付き合うんじゃないかっていう噂も立てられるくらいに仲の良かった子がいたんだけど」

 善貴は頷いた。説明によれば、瀬名川と仲の良かった男子が付き合ってるなどと持て囃されたのだという。何とも子供の考えそうなものだが、自分もかつてそうだったからこそ分かるというもので、幼心にそういう持て囃されるのは意外なほどに恥ずかしく、むしろ晒し者にされるようなものだ。だから瀬名川もそう言われるのが嫌だった。

 ところが、その噂を真に受けた子がいた。元々その男子はクラスの人気者で、他にもクラス内でその男子を取り合わないよう暗黙の協定があったらしい。瀬名川は男子とは特に何かあったわけでもないようだけど、男子の方はだんだん瀬名川を好きになっていったようだった。

 そこにきてその噂が立った時、真っ先にクラスの女子たちの間で女王気取りだった子の標的になったという。もちろん、瀬名川も瀬名川でただイジメられていたわけでなく、美樹子や当時の友人たちに相談するなどして事なきを得ようとしていた。

「でも結局、六年の時だったかな? その仲の良かった男子が転校することになって何とか一件落着したの。流石に見てらんなくて先生に言ったりもした直後だったから、なんだか居心地悪くてねー」

「瀬名川にそんなことがあったんだ……」

「うん。でも、頑固でしょ? だから、あの子イジメられてなんかないよって強がってて……。だからかなー? 中学校に入ってからはあまり男子と仲良くすることなくなったんだよね。それでも、同級生や先輩から何度も告白されてたけどね」

「あー、でも全員見事に玉砕されてたってわけか」

「そそ。男の子たちにも皆、それなりに人気のある子もいたからねぇ。特にそういう人には警戒してたみたいなんだ。小学校の時みたいなことは嫌だったはずだから」

 美樹子の話を聞いていて、善貴はなぜ瀬名川があんなつっけんどんな態度を取るのか、少し理解できた気がした。思えば、クラスの女子たちとは仲の良い金森由美や原田瑞奈はもちろん、女子とはそれとなく話ている姿を見るが、いつも囲む男子グループとはほとんど話している姿を見ない。というより、男子と話す時もいつもすぐ近くに女子がいる環境であるような気がする。

「そうか。あれはあいつなりの防衛策だったのかな」

「ん? ユーリに何かあった?」

「あ、いや。その話を聞いて色々と納得できたよ。瀬名川がなんであんな態度取るのかとか」

 日頃、悠里を見る機会が多くなった善貴には、必要以上に男子と接触している様子があまりない姿がありありと思い浮かんだ。そんな過去を持っていたのでは、自衛してしまうのも仕方ない。

「もしかしてユーリ、高校じゃあまり上手くいってない?」

「そんなことはない、と思うけど……多分。瀬名川とはすごく仲が良いってわけじゃないから、裏では良く分からないよ」

「裏で何かできるほど器用な子じゃないよ」

 あははと笑う美樹子に、善貴はそうだろうかと考える。そもそも、口下手とは言ったけれど、善貴のイメージでは割りと良く喋っているような気がしないでもない。自分といる時も、大抵話しかけてくるのは向こうからであり、それだけ何か話題を持っているのだなといつも感心してたほどだ。

「それにヨシタカくん。仲が良くないのに、一緒に帰ったり一緒に食事したりしないと思うよ?」

「そんなもの、かな?」

「そりゃそうだよ。女の子は嫌だなって思った子とは結構きっぱりだから。大体、君は私の食べかけの照り焼きバーガーを食べたし、ユーリもわざわざ君に施しを与えたくらいじゃない。つまり、君が思ってるほどユーリは君のこと嫌ってないはずだよ。むしろ、好感持ってるくらいじゃないかぁ?」

 あの瀬名川が僕に好感を持っている? そんな馬鹿な……。

「あ、その顔は信じてないなー。なんだったら今確かめても良いんだぞー?」

「信じてないわけじゃ……ただ、あの瀬名川が何故かと思って」

「それを信じてないって言ってるんだよ、ヨシタカくん。君も満更じゃないでしょ?」

「い、いやいや僕が瀬名川なんて……」

「ユーリなんて?」

 隣で僕の顔を覗き込む美樹子に、善貴はたじろぐ。彼女はそういうけれど、善貴自身、自分の気持が良く分からないのだ。それこそ、もしかして好意と呼んでも良いのだろうか?、と自問自答したことはある。確かに最近、彼女とは話す機会があるのも本当だ。けれど、かと言ってそれが特別な感情なのかどうか、断言できるような確たるものではない。

 だから今も美樹子に問い詰められてなお、自分の持つ感情がはっきりとしないでいる。彼女が僕に何かしらの恩義を感じているのかも、と思える節はあり、自分の気持にすらはっきりと言えない凝りがあるように思えてならなかったのだ。

「……多分、勘違いですよ、それ。瀬名川は僕に助けられたことへの恩があるからで、それ以上の感情なんて持ってないと思います。僕もそうです」

「……君はすっごーく頑固だね。ユーリとどっこいどっこいの頑固さだよ」

 何か……美樹子の感情を逆なでするようなことを言ってしまったのだろうか。彼女はしかめっ面に唇を尖らせて、鈍感だとか唐変木だとか、思わずこちらが凹んでしまうようなことをブツブツと言っている。

「あ、あの……」

「ま、いっか」

 何だか、気の良くない美樹子に話しかけようとした時、彼女は何を思いついたのか、パッとこちらに向き直った。その薄く浮かんだ笑みから予想外の言葉が投げかけられた。

「じゃあさ、ヨシタカくん。私と付き合ってみるっていうのはどうかな?」

 その時、列車がやってくることを告げるアナウンスがホームに響くと共に、列車がホームに滑り込んでくるのが僕の目に映った。




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