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君と武士と、夏の終わり(八)


 出入り口の壁がガラス張りになった店内からは、出口の向こうで見知った女の子達が派手な恰好をした男達三人に囲まれていた。まさに先生の言う通りの展開になろうとしていることがありありと見て取れる。

「君らカワイイね。俺達と遊ぼうよ、駄目?」

「ぁ……」

 ぐっと見下すように、迫るチンピラに美樹子は言葉を詰まらせる。特に背が小さいわけでもない美樹子だが、一七〇センチ台後半はあろうかという男からぐっと迫られては、流石に萎縮してしまっていた。その様子を横目に見ていた瀬名川は、男と美樹子の間に割って入り喚く。

「結構です。あたし達もう帰るので」

「君めっちゃカワイイね! おれ惚れちゃいそー!」

「おれ、こんなカワイイ子見るの初めてかも」

 三人とも日本人の割りに高めの身長ということもあり、いくら気の強い瀬名川もそんな男たちに囲まれては緊張して、顔が強張っている。

「ねぇねぇ、いいじゃん。俺らと遊ぼうぜ」

 美樹子に迫った中央の男が割って入った瀬名川にも迫る。下卑た目で品定めされるように見つめられる瀬名川は、恐怖に負けまいと黙って男を睨みつける。

(瀬名川……)

 その顔を見て善貴は、ずんずんと一歩ずつ着実に出口へと向かう足に合わせて、気が昂ぶっていった。助けなきゃ……でも……。そんな恐怖との葛藤に苛まされるも、その体を自由にすることはできなかった。

 出口を出たところで、”僕”は強引に男たちの間に入りこみ、瀬名川と美樹子の手を掴む。

「”遅れてごめん。さあ帰ろうか”」

 なんともスムースな言葉。なんというか僕でない誰かが僕の言葉を真似てみたといったような、演技でもしているような言葉だった。もちろん、先生がそう言ったことくらいはすぐに判ったが、そんなことどうでも良いと思えるくらいに”僕”は次の行動に移る。

 掴んだ二人を連れて、足早に男たちの壁をぶち破って抜けた。その際に、右の男に思い切り肩をぶつけたからか、その男は簡単によろめいて尻餅をついた。”僕”に連れ出されて脇を通る瀬名川がその男を尻目に、引かれた手の方に視線を移した。

「ちょ、ちょっと……」

「竹之内くん」

「”良いから”」

 ああ、また、もし僕だったら言いそうな台詞を吐いている。二人はそれ以上何を言うわけでもなく、”僕”に連れられてファーストフード店の横の道に折れた。すると、そこでようやく男たちがこちらの行く手を阻むように道を塞いだ。

「おい、いきなり何すんだ!」

「ってぇなぁ……てめえのせいで怪我しちまったろうがよ!」

 はっきりと僕に向けられる怒気。美樹子は元より、気丈だった瀬名川も完全に萎縮してしまっているのがその手から伝わってくる。

「大体お前、その子たちの何なん? もしかして彼氏とかぁ?」

 ぎゃはははと癪に障る高笑いに、”僕”は二人から手を離した。じっと三人の様子を見据え、何かを探っている様子だ。

「悠里、美樹子。お前たちは先に帰れ」

「え? で、でも……」

「竹之内くんはどうするの」

「早く!」

 あれ? 今、自分の口から出てきたような……。いやまさか。今は僕が引っ込んでいるのだからそれはない。多分、先生がさっきと同じように台詞を僕らしく真似たのだろう。

「……分かった。いこ、ユーリ」

「だ、だけど……」

 美樹子に手引かれて、瀬名川は僕の背後に路地を抜けていった。

『……先生、やっぱりやるんですか?』

「ここまできたら当然だろう。ここらで少し”うぉおみんぐあっぷ”というのをお前に教えておいてやらんとな」

「さっきからこっち無視してんじゃねえよ!」

「ぶっ殺すぞ、てめえ!」

 物騒な台詞を吐く連中に、先生はいささかも動じることなく、不敵な笑みを浮かべながら言った。

「ところでお前達。こんなところじゃなんだから、もうちっと奥に行こうや」

 先ほどまでとは打って変わって、突然性格が豹変したこちらに、男たちはいくらか不穏な物を感じ取ったかもしれない。しかし、すぐにまたそれも元通りになり、提案を呑んで路地裏にまで来るよう言った。

 人気のない雑居ビルと古いマンションの間のデッドスペースに連れて来られたところで、連中は僕を睨みつけながら陣取る。前に二人後ろに一人、出口は入ってきた路地裏の道一本のみ。それも背後の一人によって完全に遮られてしまい、完全に逃げ場を失った状態だった。

「で、こんなとこで良い訳だな、てめえの死に場所は」

「勘違いするな。別に殺し合いをしようというわけではあるまいよ。ここで話し合い解決するも良し、それができぬなら……」

 初めから話し合う気もないのに、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだと冷静に突っ込みつつ、僕は先生の見つめる視界の動きに合わせて、自分も状況を見据えることにした。どのみち僕にはどうしようもないのだから、黙ってみていることしかできないのだけれど。

「できねーってならつまりは……こーゆーことかよオラぁ!」

 まず動いたのは右の男だった。右拳で殴りつけようと距離を一気に詰めてくる。

「良ぉく見ておけよ、ヨシタカ」

 右腕が大きく後ろに引かれるのを見て、繰り出される拳をギリギリまで見据えた直後、相手の右拳を素早く避けると同時に懐へ一歩踏み込むと、次の瞬間に男の脛の横を蹴り飛ばした。

 激しい痛みにぐらりと上体を崩した男に、目を奪われた背後の男に向かって、立ち上がり様に一人目の男の腕を掴んでクロスさせながら思い切り一本背負いに極める。その瞬間、男の悲痛な叫びが人気のないデッドスペースに木霊する。

 腕を極められながら投げられた男は、背後にいた男めがけて飛ばされてしまい、投げられた拍子に男の踵が背後の男の頭を直撃したのだ。再び悲鳴。”僕”は一歩でリーダー格の男まで這いよろうとした瞬間、何かを察知して瞬時に背後に後退した。

「おいおい、なんだてめえ。単なるオタクじゃねえのかよ」

「なんだその”おたく”というのは」

 ここでもいつも通りの先生節に、男は端正な表情を崩しながら唾を吐いた。

「ふん。まさかこんな野郎にやられるなんて、こいつらも情けねえ」

「その通りだな。わし一人相手に三人がかりでもやられるなど、今後外も出歩けんだろう」

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことで、余計な一言で相手は完全にやる気になってしまったのが変わってしまった雰囲気から善貴にもすぐに分かった。

「てめえ……おらぁよ、昔空手やなんかやってたんだ。本気になりゃてめえみてぇなもやしは一発だぞ」

「空手?」

 そうだった。戦国時代を生きた先生にとって空手を知っているはずがない。善貴は知っている空手のイメージを伝えると、先生はほっとおどけたように笑った。

「なんだ、そんなものか。その程度なら問題ないわ」

「言ってくれるじゃねえかガキィ!」

 空手をやっていたというだけあって、男の俊敏な動きは距離を取ろうとするこっちにもいとも簡単に詰められ、真っ直ぐに拳を繰り出してきた。

 ”僕”は避けるものの、拳の先端が胸の板をかすって後ろに押されてしまう。勢い余って背後にこけたかと思った瞬間、ぐるりと地面を見たかと思えば、すとんと地面に両足を乗せていた。

 こけたはずの体は、ごろんと後ろに倒れ込み樣に一回転して、そのままの勢いで立ち上がった。良く分からなかったが、善貴にはそんな風に感じられた。

「な、なんだぁてめえ……」

「危なかったわ。”からて”とかいうのは知らんかったが、要は徒手拳だな。慣れてしまえば大したことはないの」

『……先生、空手知ってたんですか?』

「知らん。だが、小具足や捕手は知っておる。動きの範囲こそ似たようなものだが、脇差や小太刀を持っていない分、間合いが狭くなり懐にも詰めやすい。

 剣の動きとは、即ち円の動きよ。ただの直線の動きが円、螺旋の動きに太刀打ちできるだろうか。否、ただ突き進むだけの動きが円の動きを穿てるはずもなし。つまり、範囲と狙い所の分かる動きなどはいくら速かろうとも、見切られ、対処できるものだ。

 よって一度見切ればもう十分よ。次でこやつを倒してさっさと帰るとしよう」

 なんだか分からないけれど、相手の一突きは、先生には実力が十分過ぎるくらいに分かるだけの情報を与えたらしい。たった一度見切られただけで、敗北宣言されたチンピラは逆上して再びこちらに向かってくるも、その動きは完全に見切られていた。

「ヨシタカ、お前に面白いものを見せてやろう」

 男の突きをかわした先生は、面白いことを思いついた顔つきで言った。男は拳が駄目だと知るや、次は蹴りに変えて真っ直ぐに蹴りを突き出した。瞬間、善貴には男の動きがスローモーションのように見えて感じられた。

 つま先が当たる瞬間ギリギリまで見据え、当たりそうになった瞬間に体をかすかに背後へと揺らし避わすと、引っ込もうとする脚の動きに合わせて体を横倒しにしていく。膝がカクンと抜けたような、そんな感じであったかもしれない。

 そのまま右手で思い切り引っ込んでいく脚の膝裏めがけて突き上げた。男は何が起こったのか一瞬訳が分からなかったに違いない。膝をとられて体勢を崩した脇腹ごと両手で掴むと、丹田に力を込めていくのと同時に、両手で男の体を締め上げていく。

「て、てめ……や、やめ……」

 じたばたとする男のことなどお構いなしに、みしみしと骨が軋む音が聞こえるようになると、男は抵抗するできなくなっていた。そのまま”僕”は男の体を宙に浮かべるように自分ごと腰を高くして思い切り地面に張り飛ばした。

 背中から地面に叩きつけられて、男はまともに呼吸もできなくなってしまっていた。ぴくぴくと地上に上がった魚のように時折身を強く痙攣させながら、白目を向いている。

「ふむ。ま、こんなもんかの」

『先生、今のは……』

「なぁに。丹田を思い切り膨らませて腰据えにすると、瞬間的に力が生まれるだろう。あれを利用して男の胴体を締め上げてやっただけよ。その際に下あばらを巻き込むのがコツだ。人体は思いの外、外部からの圧には弱いからの。胴、それも横胴というのは人間の急所の一つ、ということだ」

 ニヤリと笑みを浮かべ、先生はまだ痛みに呻いている男たちのことなど、さも存在しなかったように飄々とその場から去って行く。僕はただただ呆気に取られたまま、茫然として言葉を失ってしまっていた。

「久々に体を動かすと気分が良い。今日は美味い飯が食えそうだ」

 うきうきした調子の”僕”の気持ちを表しているのか、雨上がりの雲の切れ間から、薄っすらと太陽の光が地上に差し込む。先程まで降っていた雨は、先生が予告していた通り、すっかり上がっていた。





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