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君と武士と、夏の終わり(三)


 真夏の陽射しが最高潮に達した午後の二時。数ヶ月ぶりに会う友達と一緒に、遅めのランチを取った私はデザートも食べ終えて、いつものようにおしゃべりタイムに花を咲かせていた。

 いつもなら、高校のクラスメイトである由美や瑞奈たちと一緒にいることが多かったのだけれど、さすがに友人はあの子達だけではない。久しぶりに連絡が来て、お互い午後から暇ということでを知ると、ランチでもしようということになったのだ。

「そっかー、ユーリはそのまま附属大にエスカレーターするわけだね」

「まあ一応そのつもり。これといって何かやりたいこともあるわけじゃないし。それなりに興味が沸いたところに進むよ。ミーコは?」

「んー……実はまだ決めかねてるんだよねえ。一応親はどこでも好きなところに行ったらって言われたけど、いざ自分で決めようとすると、あれもいいこれもいいで良く分からないんだー」

「ああ、それ良く分かる」

「だよねー」

 二人して、うんうんと頷き合うこの子は高島美樹子といって、小学校時代からのあだ名はミーコと呼ばれていた。私もその時の友達からはずっとユーリと呼ばれている。

 ミーコは、二重瞼気味の奥二重とアーモンド型のぱっちりとした瞳が特徴的で、透けるようなという形容詞がそのまま当てはまるほどに白い肌と、猫を思わせる少し控えめな口が印象的な子だ。

 私の美的センスからは、可愛いタイプと言っても良いタイプで、同じクラスメイトの由美や瑞奈とはまた違ったタイプの可愛さを持っている。

 小中と一緒の学校に通い、所謂幼馴染と言っても良いのだけど、その幼馴染にはどういったわけか特定の男の子と付き合ったりといった色恋沙汰は聞こえてこない。

 ちょっと……いや、結構マイペースな子だけれど、私なんかよりも頭の出来は良く、事実、私じゃ例えこの子の三倍勉強したって行けなさそうな高校に通っている才女でもあった。

 それとなく気になるような男の子はいるかと、年頃の女の子にあるトークを入れてみたけれど、その様子からは風の噂の通りだった。

「ところでさ、ユーリ」

「んー?」

 あたしはデザート後のコーヒーを両手で口元にやって啜り、ミーコからの質問に目をやった。

「ユーリって誰か付き合ってる子、いるの?」

「ぶっ」

「わっ! ちょ、汚いよユーリ!」

 ミーコからの思いもかけない質問に、私は飲んでいたコーヒーを噴出してしまい咳き込んだ。いきなり何を言い出すのだこの子は……。

「もー……ユーリってば、相変わらずそそっかしいんだから」

「げほっげほっ……うぅ、ごめん……」

 噴出してしまったコーヒーは、正面に座るミーコにも飛んでしまっていた。謝りながら、二人しておしぼりなどで汚れを拭き取りながら、ミーコはあたしの反応を面白がるように続ける。

「でもさ、今の反応はやっぱりいるってことだよね?」

「いやなんでそうなるわけ? いるわけないでしょ!」

「そーなの? でも、この前お姉さんと会ったとき、ユーリにも春が来たって……」

 半ば焦るように言う私に、ミーコはその情報源が誰であるかをサラりと言ってのけた。予想はできたけれど、やっぱりか……。店員さんにおしぼりの替えを持ってきてもらうよう要求し、私はため息混じりに言った。

「いや、お姉ちゃんの情報なんて当てにしちゃ駄目でしょミーコ」

「うーん、そっかなぁ……この前電車に乗ってたの、ユーリかと思ったんだけど違ったのかな」

「ちょっと待ってよ。それいつの話?」

 それこそどこの話だと思って、身を乗り出してしまった。

「夏休み入る直前だったかな? 制服着てた男の子と一緒に電車に乗ってたでしょー? もう夜だったよ、うん」

 もちろん記憶にある。記憶にあるどころか、つい先日のことではないか。ミーコはその後も二人して、同じ駅で降りたその駅名も言い当て、真犯人を追い詰めた名探偵のような素振りをして見せる。

「それでまだ何か言いたいことはあるかね? というわけで、あれは間違いなくユーリだ!」

 びしっと人差し指でこちらを差したミーコに、あたしはいよいよ頭を抱えた。そこまで言い当てられるとは思わなかった。しかも、大体の時間もほとんど当たっているし、もうごまかしようがない。

「確かにあれ、あたしだけどさミーコ、だからといってあたしがそいつと付き合ってるっていうのはちょっと話が飛躍しすぎなんだけど」

「そうなの? 私はてっきり……」

「お姉ちゃんのデマに惑わされないの! あたしは別にあいつとは付き合ってなんかないわよ。そもそもあいつは……」

 そう言いかけて、言葉に詰まる。そういえば、あいつは私の何だろう。付き合ってるか否かで言えば間違いなくノーだ。好きかどうかで言ってもやっぱり答えは同じ。なら、どういう関係? 助けてくれた恩人? もちろんそれはある。いや、それこそ間違いない事実だ。

(だけど……)

 今ここでそう言ってしまったら、また何かと色恋沙汰に取って変わられてしまうような気がする。自分にとっては間違いないのだから、それを認めれば良いだけの話なのだけど、当の本人はどうも私とは距離を置きたがっている様子だ。ここであれやこれやと言うのは止しておいた方が良いか……。

「そもそも?」

「そ、そもそもあいつは単なるクラスメイト! あの日、たまたま遊んだ後に乗った電車が一緒になっただけよ。だから、あいつとは何にもないの。分かった?」

「なんだか怪しい気もするけどー?」

「なんでそうなるのよ」

「だって、直哉君も言ってたし」

「あ、あいつは……」

 どうせ直哉は適当なことを吹聴し、姉がそれを誇大広告よろしく尾ひれを付けたのだろう。直哉のやつ、最近姉と仲が良いからって、言って良いことと悪いことがあることの区別くらいつかないのか、あの単細胞は。

「とにかく! あいつのことは何でもないから!」

「わ、分かったから……ユーリ、顔怖い」

 少し引き攣った顔のミーコに、私はようやく席についた。いけない。なんだかあいつのこととなると、つい反射的に口が出てしまう。

 はぁと思わずため息。確かにミーコの言う通り、あの夜、電車で偶然出会って以来、あいつとは会ってない。せめて夏休みに一度くらいはと思ったけれど、元より学校以外で接点がないだけに、学校がない期間はこんなにも会えないものなのかと改めて痛感した。これが他の友達とかならいくらだって連絡の取りようもあるのに……。

「あ、ユーリ、電話鳴ってるよ」

「ほんとだ。ごめんちょっと出るねって……お姉ちゃんからだ」

 ミーコに断りを入れて、まだ鳴っているスマホを取り上げた。もっとも、鳴っているとはいっても、サイレントモードのスマホはあくまで震えるだけなのだけど。

「もしもし?」

『あ、ユーリ。ついさっきなんだけどねー……』

 なんだろう。何か問題があったんだろうかと思った矢先、姉の何か含みのある声に違和感を覚えたとき、姉の口から告げられた旨に私は驚いて慌ててしまい、持っているスマホを落としてしまいそうになってしまった。

「うそ!?」

「ふっふっふー。嘘じゃありませーん。あんた、確か連絡先は知ってるでしょ? 帰ったら連絡したげなさいよ」

「え、あ、うん。……って、なんでお姉ちゃんが知ってるの」

 なんで姉が、私があいつの連絡先を知っているということを知っているのか。その事実の方が驚きだ。変なところで情報通な姉だけど、こういうのは本当にやめて欲しい。

『急ぎじゃないって言ってたけど、多分すぐあんたに電話してほしそうだったから、早めにしときな。なんなら今教えてやろうか?』

「ちょっと、勝手に人の部屋漁らないでよね!」

『落ち着きなさいよ、しないって。とにかく伝えたからね。彼にはあんたが帰ったら折り返すって言っておいたから』

「はぁ!? ちょっと何勝手に……」

 そういって一方的にお姉ちゃんは電話を切った。呆然気味にスマホを耳から離しながら、強制的に通話が途切れたことで通話終了の文字が表示される画面を、ホームに戻ってスタートボタンでスリープさせる。

「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。ちょっとね……」

 なんでもないとか言ってた傍から、突然あいつのことを話題にされて少し取り乱してしまっていた。姉がなぜあいつの連絡先を聞いていることを知ってるのかはさておき、あいつが何の用で電話なんかしてきたんだろう? というか、なんであいつがうちの連絡先知ってるんだろう……?

 いや、私が担任から聞いたのと同じ手を使ったことくらい、容易に思いつくはずだ。ただ、それをするかしないかはよほどの事情がなければ行わないだけで……。だとしたら、そのよほどのことということだろうか……。

「ユーリ?」

「ごめん。そろそろ出よっか」

「え? まあいいけど……」

 そういって席を立ったあたしに釣られて、ミーコは怪訝な表情を崩さないままに席を立った。支払いを終えて店を出ると、ついてきたミーコは気を利かせてこのことについては何も聞かないでくれた。ただ夜に電話すれば良いってだけのことなのに、妙に鼓動が早鐘を打っていることに自分でも気付いていなかった。





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