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二人をつなぐ距離(三)



「ん……」

 暑さで寝苦しくなって私は目を覚ました。初夏を過ぎて季節は梅雨に入っているから、もう部屋を閉め切ったままだと夜は寝苦しくなっても不思議はない。実際に、それを証明するように酷い寝汗を染みこんだパジャマが気持ち悪い。

 布団から起きて、目覚ましの鳴る前にその音が鳴らないよう止めると、大きく背伸びした。時刻は六時半を回ったところだ。普段よりも少し早いから、肌に纏わり付く酷い寝汗を流すには十分の時間があった。

 そう思い立って脱衣所に向かうと、着ているパジャマ脱いでを洗濯機に放り込む。温めのシャワーで汗を流し朝の洗顔も終えると、少しだけバスチェアに腰かけて数週間前に怪我してしまった足を摩った。傷口は見た目ほど深いものではなく、三週間もすると大体治ってしまっていたけれど、何となくこうするのが癖になってしまっていた。

 膝にできた、かすかな傷痕をぼうっと見つめたまま摩っているうちに、脱衣所の向こうから声をかけられた。姉が起きてきたらしい。私はシャワーを止めて風呂場を出た。

 最近は、なんだか落ち着かない気分になる。なんというか、もやもやした気分になるのだ。

『お主、先ほどから何か用でもあるのか』

 あいつの言い放った妙な言葉が、なぜか耳の奥に焼きついていた。お主って何。今時そんなの流行るわけないのに、突然なんだってあんなこと言ったんだろう。第一、まるで私のこと知らない風だった。いや、お前が助けたんじゃん! ……って言いたかったけど、なんかあの場では思わず何も言えずに……。

 っていうか、あんなぶっきら棒な言い方ってなくない? あの日、助けてくれた時だって全然こっちのこと判ってない風だったけど、あれはなんで? やっぱりあの事故で何か頭がどうかしちゃってるのだろうか……。先生が言うには、事故で記憶の混乱があるっということだけれど。

 この前、駅で会ったときもそう。友達の家から来たなんて言ったけれど、半分嘘で半分本当だ。友人の家に遊びに行ったまま泊まることになって、普段使わない電車で降りるはずの駅で降りられなかったので、たまたまあの駅で降りたところをホームのベンチでパンを頬張ってるあいつを見かけたのだ。

 あの時のお礼を言ってなかったから、きちんと言わないきゃと近付きはしたものの、あいつはぼうっとしたままこっちに気付きもしない。あんなにすぐ近くにいたのに気付かないとかあり得る? 普通は気付くだろ! なのに、あいつはずっとパンに夢中で、ちらりともこっちを見ようとしないのだ。

 おまけに最後には、独り言を呟いてる始末……。雰囲気暗いんだから、周りに人がいないところでそんな独り言呟いてたら、ますます暗い……むしろ、ヤバい人にすら見えてくるのだから、もっとシャンとして欲しい。

 で、そのままずっと何も無い駅の向こうを見つめたままこっちに気付く気配がないから、こちらから声をかけた。名前は流石に覚えてるから間違うことはないけれど、今までまともに話したことがないからなんと声かけするべきか迷ったけれど。

 声かけられて、あいつはようやく私の存在に気付いたらしく、ひどく驚いた様子でちょっと狼狽していた。そんなにも驚くなんて、逆に失礼だと思ってしまうほどの慌てふためき具合だけど、多分、あいつにそんなこと言ったところであまり気にしなさそうなので止めておいた。

『何やってんのこんなとことで。学校は?』

『え? いや、今から行くとこ、だけど……。そういう瀬名川こそどうしたの? っていうか、この駅だったっけ?』

 あそこがあいつの最寄駅だなんて知りもしなかった。遅刻確実の時間に、あんなとこで一人いるなんて何か理由があるはずだと思ってそう聞いたのに、あいつはこちらの意図など読めずにそう言った。そういって、適当な受け答えをしたのだけれど、あいつはやっぱり特に気にする様子も無い。

 今まで私がどの方面行きの電車を使ってるってことを知らなかったんだろうか。いや、知らなくても仕方ないのかな……接点はなかったわけだし。

 けれど、そんなことすらあいつは気にした様子はなかったため、本当にこちらのことなど、気にも留めたことがないのだなと思って、思わず少し感情的になって小ばかにしてしまうようなことを言ってしまった。

『ふーん。初めてきたとこだけど、この辺りなんもないね』

 ベッドタウンだという、彼の言い分もその通りなのだけど、もう少しきちっとした受け答えして欲しくて言ったのに、まるで堪える様子がなくて肩透かしを食らった。

 とにかく会話が続かない。せめて何か、こう、もっと続くような会話はないものかと考えながら、じっとあいつを見ていたところ、あいつがじっと私を見て呟いた。

『……何?』

 本当にそっけない。察しろとまでは言わないけれど、会話が続かないのになんでそうもそっけない言い方しかできないのだろう。そんなことを考えて、私はようやく向こうからかけてきた言葉に、繋ぐように席を譲ってくれるよう言った。

 三人がけの椅子の真ん中に陣取っていたあいつは、こんな時間では人など来ないということを知っていたんだろう。だからこそ、今なら好都合かもしれないと言っただけなのだけど、あいつはご丁寧に真ん中から隣の席に座り直した。

(別に気にしなくても良かったのに)

 隣の置いた荷物をどけてくれるだけで十分だったのに、わざわざ席一つ分を隔てるのに、何か彼との壁を感じた私は、つい反抗心を燃やしてしまい、座っていた席に置かれたあいつの荷物の上に自分の鞄を置いた。自分でも子供っぽいと思ってしまったけれど、何とかあいつと話すきっかけが欲しかった。

 でも、相変わらずあいつは何を話してくるわけでもなくて……。もうこうなったら最後の手段だと思って、私はお金を貸してもらおうとか、そんな小ざかしい真似をしてまできっかけ作りをしてしまった。

「はぁ」

 食事をしながら、ついため息が漏れる。姉がそれを気にして、しきりに何か言おうとしているけれど、今はそれを気にするような余裕はない。

(失敗だったよね、あれ……)

 そもそも電車賃くらいのお金くらいは持ってる。あんなのは口からでまかせ、本当は嘘だったのにお金をせびってしまった私に、彼の態度と表情は明らかに嫌悪感が滲み出ていた。本当はそんなんじゃないって言いたかったのだけど、どうしてもそれが言葉にできず押し通してしまう。

 けれど少しの間考えて、彼は仕方ないなとお金を貸してくれた。いやな顔をしながらも貸してくれたのは、少しは気を持ってくれたことなのかと勝手に思っているけれど、やっぱりそうじゃないよねなんて思いながら、やってきた電車に乗り込んだ。

 でも、そこからの会話は一切なく、学校最寄の駅に着いたら着いたらで、ちょっとコンビニに寄るからと言ってそこで別れたまま、ついぞ話す機会を失ってしまった。気の良い男子なら多分、私に話しかけられたらそれなりの態度でお金も貸してくれるんだろうなと、ちょっとだけ優越感を持っていえるのだけど、あいつに関してはむしろ心象を悪くした感すらある。

(でも……)

 一緒の学校でしかも一緒のクラスなのに、自分だけコンビニに寄るからなんて言って別れたりしたんだろう。結局あいつはそのまま二時間目が終わってから登校してきたのだ。あれ、もしかして私に気を遣ってくれた、とか?

 だけど、そんなの気にしなくても良いような気もしないでもない。あいつは目立った存在ではないし、私といたら何かと問題になると考えたのかもしれない。私とて気のない男と一緒なんて絶対に嫌だ。もちろん、そうなったらその男子についてはちょっと可哀想かとも思うけれど、やっぱり嫌なものは嫌だ。

 とするとあいつは、こんな私と一緒にいるのが嫌だっていう意思表示なのだろうか。 自分がそう思うなら、相手もそう思うとは限らない。むしろ心象が悪くなっているらしい私と一緒になんか絶対にいようと思うはずがない。そう結論に達すると、自己嫌悪に陥ってしまう。

「はぁ……」

 またため息が漏れてしまう。この数日の間、ずっとこんな感じだ。ふとした時に、あの時自分が犯した失敗を思い出してはため息をつくの繰り返し。大体、あいつはなんだってあんなに無口なんだろう。せめて、女の子といるときくらい、気を遣って話すとかできないの?

「それができる奴なら苦労しないか……」

「悠里? どうしたの、ほんと」

 思わず声に出てしまっていたらしい。私は大慌てで姉に何でもないと言いはしたものの、妙に勘の鋭い姉は、眉をへの字にして心配そうにしている。ちょっと前まで喧嘩、というか微妙な空気だったのに、今では何もなかったようにお互い普通に接している。

「悩み事あんなら聞いてやるけど?」

 いつもこんな風に上から目線の姉の横柄な態度は、時に私をイラつかせる悩みの種だけど、こんな時は妙に感の鋭くてこちらを見通している感すらあるその性格に救われもする。

 けれど、それは同時にいつまでもうじうじしてんな、というメッセージも込められている。この姉の性格上、むしろそういったニュアンスの方が強い。

「お姉ちゃんに言うようなことはないよ。それよりも、あたし後で出かけてくるから」

「お? 彼氏か? ようやく悠里にも春が来たかー」

「年がら年中男漁りしてるようなお姉ちゃんには言われたくないんですけど」

「アホ。あたしは男漁りなんかしとらんっちゅーねん。ただ色んな男友達に声かけられてるだけだわ」

 似たようなもんでしょ、とため息をつきながら今日やることができた私は、これ以上姉の戯言に付き合う気はなく、早々に会話を切り上げて用意された朝食を食べて早速出かける準備に取り掛かった。





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