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出会いと邂逅(三)


 心臓に悪い――私は小さくそう呟いた。

 まだ胸をドキドキさせたまま、あたしはようやく待ち合わせ場所にやってきた。ここらでは有名な、駅の前のロータリー前のモニュメント前を待ち合わせ場所に、同様に待ち合わせする人たちの姿があった。

 予定時刻を一〇分ほど過ぎたところでやってきた私を、待ち合わせしていた友人の由美が見つけて、こっちに向かって手を振った。それを見つけた私もようやく安心して、向かう足が急ぎ足になってしまった。

「セナ、おそーい」

「ごめん」

 そういつつも遅れてきた私を咎めることなく、由美は早速どこか行こうと言って、つい先日リニューアルオープンしたばかりの雑貨店に向かって歩き出した。

「だけど、セナが遅れるなんて珍しいじゃん」

「電車に乗り遅れちゃってさー」

 適当な言い訳をして、早々にこの話題を切り上げさせた。まさか、前に由美の紹介で会った奴に出会って、ナンパされただけでなく強引に路地に引き込まれたなんて、言えるような雰囲気じゃなかった。明らかに由美は今日のことを楽しみにしているのが態度から判るし、自分も少しだってあんな嫌なことはさっさと忘れたい。

 さっきのあいつは、由美のバイト先の先輩の知り合いらしく、余計にたちが悪い。いくら由美の先輩の知り合いだからって、そうそう会うこともないだろうと思い、前会ったときは適当に話を合わせてお別れしたはずだったからである。

 なのに今日に限って、なぜあんなのと鉢合わせしてしまったんだろう。前会ったときは全く違う場所に住んでいて、この辺りは、そもそも縁がないみたいなことを言っていたはずなのに。

 もちろん、人がどこをほっつき歩こうが自由なわけで、それは構わないのだけど……。だけどそれがよりにもよってまた再会してしまうなんて、むしろ最悪な巡り合わせという他にない。

 だからこそ由美も、いつもは自分が後にやってくるのに、今日に限って後でやってきただけでなく、私が遅刻までしたことを怪訝に思ったのだ。もちろん、そこに他意はないだろうけれど、あまり詮索されたくないというのも本音だった。

 それに今日は電車に乗り遅れてしまったのも事実だ。本当は約束の時間までには確実に到着していたはずなのだけれど、それをあのナンパ男は余計なことをしてくれたものだった。私は思わずため息をついた。

「何? もしかしてどっか具合悪い?」

「んーん。どこも悪くないけど、なんだか変なナンパにあっちゃって……」

「マジ? 最悪じゃんそれ」

 適当に相槌を打った。これも嘘じゃない。あのナンパ男についてもそうだけれど、それ以上に気にかかったのは”あいつ”だ。

 先々週行われた、学年をあげての受験に向けた勉強合宿。まさかあんなことが起こるなんて思わなかった、あの合宿の夜。

 その最終日の夜にあった肝試しでのことだ。あの日の夜、私は夕方に早めの晩御飯を食べて部屋で皆とおしゃべりしていたところ、由美がクラスの男子たちが肝試しをやるというので参加することになった。

 正直、あんなところに来てまで肝試しなんてしたくなかったけれど、由美や瑞奈も参加するというので、半強制的に私も参加することになった。参加するまではまだ良かったけれど、その後が最悪だった。

 男女混合の七グループになって行われることになった肝試しで、私は四番目のグループとして由美、瑞奈といういつもの三人と男子二人のグループで、合宿所裏手の山を登頂目指して出発した。

 始めはなんとか言っていたけれど、途中の分かれ道に差し掛かったところで、私たちはちょっとした言い争いになったのだ。男子の一人がどうしても左に行きたいと言い出したのだ。

 そいつの主張によれば、左に行っても山頂にはいけるらしいということだったけれど、なんだか裏がある気がして私たちは反対したのに、由美は面白そうといって仕方なく行くことになってしまったである。

 けれどこれがいけなかった。ことある毎に言い寄ってくるあいつが、私のことを狙ってることは薄々勘付いていた。

 由美が来ると分かった瞬間、由美に対して露骨に嫌な顔をして見せたあの男を、心底嫌ったのは言うまでもなく、それをあたしと二人きりになろうと見え透いた魂胆でいたあの男に気を許すはずもなかったというのに。

 そのことを知っていた由美は、逆にあいつを脅かしてやろうと画策してのことだけれど、いざ脅かそうとしたら、どこからともなく叫び声が聞こえてビビッてしまい、思わず逃げてしまったのだ。

 その際に、あの男は私の手を掴もうとしたのでそれを振り払ったところを、足を滑らせてしまい、あの男ともども道の脇に足を滑らせてしまって落ちてしまったのである。

 あんな場所に落ちるなんてほんと最悪だった。おまけに合宿期間は大半が雨が降っていたこともあり、地面はぬかるんでいた。足場が悪いこともあって急いで足を滑らせることだって考えられたのに、本当に最悪だった。たまたま落ちたのが山の裾の柔らかい土の上だったのが幸いだ。

 けれどそこからが問題で、手元に懐中電灯もない、スマホは一時没収されてしまって元から手元にない、声を出しても誰も気付かないの三拍子で、あの時ばかりは本気で遭難してしまったと不安になって仕方なかった。

 おまけに、落ちた際に足を少し痛めてしまったらしく、それがなおのこと不安を増長させた。歩けないことはなかったけれど、暗い山の中を歩けるとも思えず、結局あの場に蹲ることだけが関の山だった。

 それからどれくらいしたのか、にわかに頭上で人の気配を感じた私は上を見上げて助けを呼んだ。けれど、聞こえたのかすらも分からずもう一度声を上げようとしたら、なぜかそこにあいつが落ちてきたのだ。

 大して話したこともないあいつ。いつもクラスのオタク友達と一緒にいて、接点なんてないはずなのになんでだろう……。

『うん。瀬名川探しにきたんだ』

 ぶっきらぼうに言った私に、あいつは何を考えるでもなく即座にそういった。

『もしかしてと思ったけど、やっぱりここに落ちたんだね』

 接点なんてなかったはずなのに、どうしてそこまでしてくれるの? 私は絶対に下心があるに決まってると、決め付けて食ってかかるように言ったのに、あいつは上を見上げなが、らそんなあたしのことなど気にすることなく続けた。

 ただ事実を確認するだけだったようだけれど、私にはなんだか馬鹿にしてるようにも思えて、つい思ってもないことを口走ってしまった。

 そして、その後に起こった地震……。あの時は本当にやばいと思った。地震なんて、あまり経験したことがなかったから良く分からなかったけれど、それでもあの揺れの大きさは身の危険を強く感じさせるには十分だった。

 事実、その直後に起こった土砂崩れに、あいつが身を挺して守ってくれなかったらと思うと、感謝の言葉しかない。もしあいつが来てくれなかったら、土砂に生き埋めになったかもしれないのだ。

 それだけでも大変だったけれど、その後も大変だった。地震自体はすぐに収まったのだけれど、土砂崩れに巻き込まてしまったあいつを助け出さなくてはならなくなってしまったのだ。

 もちろん、私を探しにきてくれたという由美たちクラスメイトたちも、私を見つけるなり喜んではくれたけれど、すぐに事態が変わって、あいつを救出するってことになった。そこに先生たちがこぞって現れて、もう大変な騒ぎになったのだ。

 どうも先生たちは、あたしたちが何かしているらしいことを、何がきっかけか察知したようで探しに来たのである。そこで偶然山を降りてきた女子たちと鉢合わせてしまい、肝試しがバレたという運びだった。

 そこであたしを捜索してくれてるメンバーも先生たちに見つかって、結局先生たちも一緒に私を探すということになった直後に、あの地震が起きたらしい。事情を説明したので、生き埋めになったあいつが救出されたのだけど……。

 ただ、私たちは土砂の流れてきた縁にいたため、埋もれてしまったあいつもすぐに救出できたのがせめてもの幸運だった。そのまま合宿所に運ばれ、救急車で病院に搬送されていくあいつを見た私は、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 その後はもちろん、先生達から大目玉を食らうことになったのは言うまでもない。あたしも怪我をしてなかったわけじゃないけれど、あいつのあの状況で今更おめおめと自分も怪我してますなんて言えるはずもなく、私も甘んじて説教を受けた。

 でも結局。説教の後に足の怪我が判明して、また先生たちを呆れさせることになるのだけど、もうこの辺はどうでも良いだろう。とにかく、あんなことをしでかしたことで、あたしたち肝試しメンバーは全員、反省文を書かされることになったのは言うまでもない。

 けれど一番の問題は、合宿が終わった翌週になっても、あいつがまだ学校に来れないということだった。担任の話では、救急車で運ばれてからというもの、数日で意識が戻ったそうだが、記憶に混乱が見られるというので、まだ学校には来れないということだった。

 そうなった責任の一端が自分にある以上、こんなことになってしまったあいつに対して、どんな顔して良いのか、皆目見当がつかない状況になったのだ。

 それと、どこからともなく聞こえてくるようになった噂も、あたしを不快な気持ちにさせた。あの地震の時、なぜかあたしを助けてくれたのが全く違う、別の誰かということになっていたことだった。

 確かに、あの地震があった後、あたしを連れて合宿所に送ってくれたのは別クラスの隆二だった。あれを勘違いした誰かが、そんな噂を流したのかもしれない。

 かといって、なんでそんな突飛した話になってしまったのか解せないのだけれど、助けてくれたのは隆二。噂が真実であるような空気になってしまっている中、おまけにその責任があるあたしに、それを否定するような度胸がなかった。

 どのみち、そんな噂も放っておけばいずれはなくなる。なので、今はあいつが一刻も早く回復してくれることだけを願って、下手な言動はしないようにした。

 もっとも、そんな噂が立ったのは、元が根暗そうな感じのあいつがこんなときだけ一人で私を見つけられるはずがないという、ある意味で周囲の勝手なイメージもあったからだろう。実際に、あの事故の後、私に寄り添ってくれていたのが隆二というのもまずかった。

 ちなみに隆二というのは、女子である私から見ても結構女好きのする顔立ちで、隣のクラスの中心的な男子だ。いわゆるイケメンといっても過言でない。入学時から女子たちの間でもずっと話題にあがる男の子で、瑞奈や由美たちの会話にも出てくるので、私ももちろん知ってはいた。

 けれどそれだけだ。隆二本人が名前で呼んでというからそう呼んでいるだけで、さほど中が良いわけでも気になったこともなく、ましてや好きなどということなど絶対にない。それなのに、ただ一緒に連れられて合宿所に戻っただけなのに、隆二の手柄扱いになっているのがなんとなく嫌だった。

 最も、あいつが助けにきてくれたというのも少しおかしかったけれど、結果としてあの土砂崩れから守ってくれたのは、あいつであるのに間違いない。だから、あいつにお礼くらいは……そう思っていたのに、当の本人が事故の後にまだ学校に来てないというのだから、お礼をしたくてもできない。

 一応は担任に入院先を聞いて訪ねてみたことはあったけれど、結局聞かされていること以上のことを知ることもできず、病院を後にした記憶も新しい。

(だって言うのに……)

 なのに今日に限って、またあいつと会うなんて……。土砂崩れから身を挺して守ってくれたことはもちろんだけど、今度はあのナンパ男から守ってくれた。あのナンパ男は本当にしつこい男で、ほんのちょっと挨拶で済ますはずが、あんな人目のつきそうにない場所に連れ込んで……。

 あたしは思わず身震いした。これまでもしつこいナンパ男はいたけれど、あそこまで強引な奴はいなかった。おまけに、由美のバイトの先輩の紹介ということで、無下にできないことを分かっている様子だったから、なおのことたちが悪い。

 それをまたも助けにきたあいつ。助けてくれたのに、またお礼を言い損ねてしまった。今まで学校休んでたのに、なんでまたあんな場所にいたんだろう。出歩いてるってことは、もう良くなったってこと?

 だとしても、まるで私のこと知らないみたいだった。それに女って……。

「流石にその言い方はないでしょ」

「え?」

 思わず思っていたことが口に出ていた。突然変なことを口走った私に、由美はよほど気になることだったのか、必要以上にどうしたの?と聞いてきた。

 この子はたまに、しつこいくらいに詮索しようとするきらいがある。好奇心旺盛なところが由美の良いところではあるけれど、なんでもないと言っているのに、しつこく聞いてくるところはちょっと直した方が良いと思う。

「ううん、なんでもない。ちょっとお姉ちゃんと喧嘩してて」

 などと、適当にごまかした。ごめんお姉ちゃん。……まあ、最近はあまり会話してないので、似たようなものかもしれないけれど。

 そういうと由美はようやく詮索をやめて、次の興味へと移っていった。付き従うように私も由美の後を追った。明日からまた月曜日。明日、チャンスがあるならその時こそきちんとお礼をしよう。私はそう心に決めた。




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