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出会いと邂逅(二)


 僕は”僕”のする行動を、何をするでもなくじっと眺めながら、どっと出た疲れに深いため息をついていた。

 実際には、僕自身の意思で体が動いていない今、ため息もついていないし疲れているわけでもないのだけれど、とにかくそういう気持ちだった。この”僕”が何かをやらかすんではないかという漠然とした不安が、見事に適中したのだ。

 まず駅に向かった”僕”はそこで何を思ったのか、自動改札の横をそのまま素通りしようとして駅員と揉めるわ、やっと乗れた電車でぶつかったサラリーマンに謝らぬとは何事かといちゃもんをつけるわで、大変だった。

 ようやく着いた駅では、またも買った切符を改札に通すことなく自動改札機にマジ切れしてみせるし、まるで常識というものがない。しかも降車駅は定期の区間内で、無駄に乗車賃を払ってしまっていた。

 家を出て、まだ一時間と経ってないうちにこの有り様だ。これを疲れずしてなんと表現して良いのか僕は知らない。ともかくこの調子では、店に着くまでにまたひと悶着ありそうで、気が気でならなかった。

「ここだったな」

 再び深いため息を漏らしたい気分だった僕をよそに、”僕”は到着駅からものの数分のところにある、テナントの入った小さな雑居ビルにやってきていた。

 見上げるそこには、武道や格闘技に関する道具や商品を売る専門店だった。角ビルということもあり、道に面した壁はショーウィンドウになっており、サンドバックや筋力トレーニングの器具などが外からでも分かるように陳列されている。

 ”僕”は迷うことなくその店へと入っていき、店内を作業していた店員を呼びつけた。向こうも”僕”についてすでに知っているのか、顔を見た瞬間、届いてますよと言ってすぐに奥へと引っ込んでいった。

 店内の様子を眺めてみると、書籍はプロレスはもちろん、空手、柔道、合気道、中国武術など、甚だ僕からは縁遠いものばかりで溢れていた。これまでの僕にとって、縁も所縁もない場所であることは一目瞭然だった。

 店は一階から三階までのフロアを全て専有しており、奥には二階へと通じる階段と、トレーニングジムを併設していることも分かった。会員募集と書かれたプラカードが壁に貼られているから、会員になるとジムを使えるということなのだろう。

 奥へと消えていった店員を待つ間、手持ち無沙汰になった”僕”はその辺りをうろつき始め、適当にダンベルを持ち上げたり興味深そうに、それら器具を手にとっては眺めていた。

 しかし、もう一つ気になったらしいのは壁の一角に並べられている書籍コーナーで、そこをしげしげと眺めていると、奥から先程の店員がその手に知ってはいるが、見慣れないものを運んできた。

「お待たせしました」

 戻ってきた店員の手には、三本の棒があった。棒とは言っても本当に棒と呼べるものは一本だけで、後は所謂木刀が一本、もう一本は多分木刀なのだろうと思ったけれど長くて太く、大きな棒のようにも見える見慣れない形をしたものだった。

「お代はいただいていますので、レシートとの引換えになります」

「レシート……ああ、あの白い紙切れだな」

 思い出したように、”僕”は財布からくしゃくしゃになったレシートを取り出し、それを店員に渡した。店員はレシートを確認するとペンでサインし、半券としてそれを受け取った。残りの半券は受領書として”僕”に戻した。

 レシートの日付を見ると、商品の買った日は四日前であるらしい。おまけにクレジットカードと記載されているから、買いに来たのは”僕”だけでなく、おそらく母か父のどちらかも来ていたんだろう。僕はクレジットカードなんて作ったことはないから、間違いない。

 僕の知らないうちに、”僕”が何か犯罪でも犯したというのなら話は別だけれど、さすがにそれはないだろうから大丈夫のはずだ。先ほどの母との会話からも、そう察することができる。


「ありがとうございましたー」

 店員の元気な声と共に、”僕”は手馴れた手つきで、三本の棒を専用の入れ物に納めながら店を出た。

 一番長い棒は、一七〇センチを少し超える程度の身長の僕よりも長く、一八〇センチくらいは十分にあった。他の二本はまだ良かったが、この一番長い棒は仕方ないといえ目だって仕方ない。

 僕は本当に”僕”のやりたいことが分からず、頭を悩ませる。まさか僕という意識を切り離された途端に、体を動かすことに目覚めたとでもいうのか。一応中学の時は運動部に所属していたから、体を動かすことが嫌いなわけでもない。けれど、自発的に自分の体を苛め抜いてまでやりたいほどはなく、結局高校では帰宅部に所属したくらいなのだ。

「ま、こんなもんかの」

 ……またそんな言い回しを。頼むからもっとマシな言い方をしてくれ。そう願いながら”僕”は再び駅の方へと向かって歩いていった。

 店を出た”僕”は何を考えているのか、真っ直ぐ駅に向かうことはなかった。正確には駅の方へと行ったけれど、駅の横を素通りし、人通りの多い目抜き通りへと向かっていったのだ。

 どういうつもりなのだろう。まさか、この道を真っ直ぐ家の近くまで歩いていこうというのだろうか。確かに、家の近所の通りに真っ直ぐ繋がっているこの広い国道だけれど、そこまで行くには歩きでは三時間は優にかかる。

 流石にこんな荷物を持ったまま、三時間も歩きたくないというのが本音だった。いや、別に僕が疲れるわけではないけれど、こんな目立つ恰好でそんなことをして欲しくなかったからだ。

 案の定、すれ違う人の何人かは、奇異な視線を向けてきていた。多分これが僕なら、他のことを考えながら気をやり過ごすところなのだけれど、意識と体が別々になってしまっているらしい今は、はっきりとその視線の針が分かってしまう。

 それがこの上なく恥ずかしい。このまま家までこの調子なのかと思うと、本当に顔から火が出そうな気持ちなのだけれど、なぜか”僕”は、いくらか進んだところで突然曲がり角を曲がって、やや狭まった道を縫うように歩いていった。

 てっきり、このまま家まで行くのだと思っていただけに、あまりの予想外の行動に僕は完全に呆気にとられていたかもしれない。

(どうしたんだろう)

 一体なぜこんな道を行ったのか、その理由が分からない。何かきちんとした理由があるなら問題ないのだけれど、この”僕”の行動はあまりに理解できないので、正直単なる思い付きなんではないのかと勘ぐってしまう。ともかく”僕”は突然折れた路地を迷うことなく進んでいく。

 すると、その先から何やら言い争っている男女の声が聞こえてきた。どうやら、”僕”はその声に導かれて、ここにやってきたらしい。

「やめてって言ってるじゃん」

「別にいいだろ。前は次会った時って言ってたろうが」

 路地を抜けると、複数のデザイナーズビルに囲まれる形でできたスペースに、一組の男女が言い争っていた。金髪に浅黒い肌の男が、正反対に白い肌をした女の腕を掴んで、強引に引き寄せようとしている。

(瀬名川……?)

 間違いない。男に乱暴されているのは、善貴のクラスメイトである瀬名川悠里だった。

「痛っ! ちょ、ほんとにやめて! 痛い!」

「うっせえ! 何がもう会いたくないだ! こっちはてめえのために色々用意してやったろうが」

「そんなのあたし知らないから。痛……放してよ!」

 なんで彼女が? 何があったのか知らないけれど助けなきゃ……でもどうしよう、誰か呼ばなくちゃ……。僕は言うことを聞かない体をよそに慌てふためいた。けれどそんな僕の意思とは無関係に、”僕”はつかつかと二人に近付いていく。

「お主、何をやっている」

 ほんの少し、時間にして数秒だろうか。二人の様子を眺めていた”僕”は、瀬名川への威圧をやめようとしない男に向かってそういった。

男はこちらには全く気づいていなかったらしく、突然声をかけらてえらく驚いた様子だった。振り返りざまに、肩が上下したのを見逃さなかった。

「あぁ? 誰だよてめえ」

「誰でも構わん。それよりも何をやっている」

「てめえには関係ねえだろうが! ぶっ飛ばすぞ!」

 突然現われた”僕”に驚きを隠せない男は、矛先をこちらに向けて瀬名川から手を放した。瀬名川も瀬名川で、”僕”に驚いているのようで、大きな瞳をさらに大きく見開いている。

「関係はないが、さすがに女をそんな乱暴に扱う奴を見過ごすわけにいかんな」

「うるせえ! こっちはこの舐めた女に説教してるとこなんだよ! すっこんでろや!」

 一瞥する彼女の二の腕には、男の掴んだ手の跡が痛々しいくらいにくっきりと残っていた。それを一目見た”僕”は、説教ねぇ、と小さくごちた。もちろん、その跡を見て説教の範囲を大きく逸脱していることくらいは僕にだって分かる。

「あんだよ、文句あんのかてめえ! 」

 噛み付かんばかりの勢いで喚きたてる男の目は、瀬名川とは違った意味で大きく見開いて、その縁を血ばらせていた。まさに狂犬、そう思った。まさにこの言葉がぴったりな男は興奮状態で、善貴を威嚇してきていた。

 ところが”僕”は、そんな男のことなどまるでどこ吹く風と言わんばかりに、今度こそはっきりと瀬名川の方を見つめながら言った。

「大丈夫か女。この男に強引にされていると見受けるが?」

 驚いているのか、混乱して冷静に判断できていないのかもしれない。瀬名川は男の方と”僕”を交互に見て、かすかに頷いた。ふるふると震えるピンクの唇に、恐怖を感じさせた。

「ふむ。では男よ、さっさとね。女に振られて暴力を振るうことほどみっともないものもなかろうよ」

 火に油を注ぐとはこのことで、男はこめかみから頬にかけてぴくぴくと痙攣して見せると、火を切ったように右手を大きく振りかぶった。

「ざけんじゃねえ!」

 なんてことをしてくれたんだ”僕”は。僕は男から向けられた暴力に、なす術もなくひるんだ。情けないかもしれないけれど、それが事実だった。大きく振り冠られた右手の拳が”僕”めがけて一直線に向かってくる。

 もう駄目だ……そう思いながら僕は、多分目をつぶったんじゃないだろうか。感覚的な問題で、僕の意識と体の動きとが一致していない僕にとっては、習慣的なものでそう思ったが違った。

 ”僕”の視界が大きく揺れる。男から叩きつけられた拳による衝撃あるはずだと思ったが、違ったのだ。それは一瞬のことで、良く分からなかった。

 ”僕”はいつの間にか、右手に持っていたはずの木刀の入った袋を捨てており、もう一方の手で持っていた棒を、相手の右の首元近くに打ちつけていたのだ。そのまま棒を反転させたかと思うと右脇腹にも一閃。これで相手は大きく体勢を崩した。

 そのまま男の懐深くに潜りこんだかと思えば、棒を強く男に押し付けて、次の瞬間には地面の辺りを見ていたのだ。

 何が起こったのか理解できなかった。”僕”は殴られたのではなかったのか。しかし衝撃はない。意識と体が乖離してしまっている今、痛覚があるのか判らないけれどそれは間違いない。

 むしろ今視界に写っているのは、地面に叩きのめされて、呻き声をあげている男の姿だった。”僕”は、背中から地面に叩きのめされた男を見下ろしていたのだ。

「くッ、ぁぁ……」

 棒で体勢を崩された男は、脚をひっかけられて背中から地面にひっくり返されていた。その背中に受けた強い衝撃のために、男は地面の上でうずくまることすらも許されずに、手足を震わせながら呻き声をあげていたのである。

 その衝撃は、苦悶に満ちた表情から察するに、よほど強い衝撃を背中に与えられた証拠で、呼吸もうまくできていない。時折ピクピクと体を震わせて、打ち上げられた魚のようだった。

「女、お主も早く行け。いつまでもこんなところにいた所でえきはないぞ」

 さも何事もなかったように”僕”は瀬名川の方を流し見ながら言った。

「え……う、うん」

 瀬名川は短くそういうと、こちらを何度も気にしながら、足早にこの場から去っていった。その後ろ姿を見つめつつ、”僕”はまだ倒れている男の襟元を掴んで引っ張り、背中を壁に寄りかからせた。まだまともに呼吸ができていない様子の男は、”僕”にされるがままだ。

「命を取られんかっただけありがたいと思うんだな、小僧」

 なんとも物騒な捨て台詞を吐きながら、”僕”は捨てた荷物を担ぐと、ひょうひょうとした様子で来た路地を抜けていった。

「肩慣らしにもならんわ」

 路地を抜けて、今度こそ家路に着く”僕”は呆れた口調でため息をついた。確かにその言葉通り、”僕”は肩で呼吸をしていない。先ほどと変わることなく平然と過ごしているようだった。体が鈍っていると言わんばかりに、”僕”は首を左に右に骨を鳴らして、けだるげに横断歩道を渡った。

 ”僕”の振る舞いもどうかとは思うところはあるけれど、それ以上に去っていった瀬名川の後姿が忘れられず、僕は後ろ髪を引かれる思い、で必死に来た道を振り向こうとしていた。

 当然、そんなのはどうすることもできないことは嫌というほど判っているつもりだったけれど、そうせずにはいられなかった。あんな場所になぜ瀬名川がいたのか。大丈夫だったのか。それを知りたくて仕方なかった。

 それに、いくら自分の体とはいえ、あんなことが簡単にできるなんて……その強い衝撃に、善貴は打ちのめされていた。それはかつて、善貴の欲しかった力、それであることに気づいていなかった。





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