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出会いと邂逅(一)


 ある夜、”僕”は不思議な夢を見た。

 暗い森に一人、なぜか誰もこないことを知っている”僕”は、まだ見えない何者か達から逃れるためにこんな暗い森にやってきているということも。いや、それは暗い森だと勘違いしていただけかもしれない。けれど、それは確かに森だった。

 ふと”僕”は空を見上げた。満点の星空に似た何かが渦巻いていた。似ているというのは、それがなんだか釈然とせず、薄ぼんやりとしているからだった。けれど習慣なのか、”僕”は星空だと思ったらしかった。

『その果てがこれか』

 ”僕”の声でそう言った。

『おれは家のためでもなく、自分のために戦っていたかったのだ』

 またも”僕”の声でそう言った。けれど、それもそもそもが僕のイメージに過ぎず、本当に僕の声であるのか分からなかった。これまで自分が思ったことを口にすれば、そのように声が出たからそうイメージしたに過ぎない。

 どうやら”僕”はこの夢の中では兵士か何かであるようだった。”僕”が見上げていた空から、切り替わって暗い森の向こうへと視線が動いた。暗がりの向こうから何か、不吉な物が押し寄せようとしていることを実感する。

 それの実感は夢であるはずなのに、現実さながらの恐怖を持って”僕”に襲い掛かる。

(やめろ……)

 声が出ない。叫ぼうとしても僕には声を出すことができなかった。次第に押し寄せてくる見えない何かに僕が取り囲まれた瞬間、そこでようやく意識が引き戻されていく。

「やめろ!」

 僕は叫んだ。ようやく出た言葉に叩き起こされた僕は、はっとなって飛び起きる。いや、”飛び起こしてしまった”。荒い息、いつの間にか肩で呼吸している。

「今のは……」

 ”僕”の声が言った。けれど、それがとてつもない違和感。

(そんなこと僕は言ってない)

「まさか夢に見るとは」

 ”僕”の声だ。間違いない。けれどイメージといえばこんなものなのかとも思った。実際に録音してみると聞きなれたと思っている自分の声が、案外自分の持っているイメージとは違ったりするものだ。

 これもそんな感覚に近かったかもしれない。まるで自分が意図しない声で、”僕”の声で誰かがそう言った。そんな感じだった。

(え?)

 なんだか嫌な予感がした。何か、要領を得ないことが起きているような感じだ。

「む、もう巳の刻時か。存外眠りこけてしまったわ」

 朝九時を示す時計を見て、”僕”の声が時代錯誤な口調でそう言った。自分で言うのもなんだけど、自分自身の声がそんなこと言うなんて滑稽で仕方なかった。時計から目を離すと、”僕”はベッドから這い出ると立ち上がり、おもむろに箪笥へと向かって服を着替えた。

(どういう、こと……だよ……これ)

 着替えた”僕”は部屋を出て迷うことなく一階のリビングへと降りていった。

「あら、おはよう。今日はゆっくりなのね」

(お母さん)

 久しぶりに見た母の顔に僕は自然とそう言った。しかし、なぜかその声が”僕”の口から出ることはなく、代わりに――。

「少しばかり寝過ごしてしまった。母上こそ、今日は休日だからゆっくりすると昨晩言っておったではないですか」

 またも時代錯誤な言い回しで”僕”の声がそういった。

「まあねぇ。私たちもさっき起きたばっかりだけど」

 休日だからいいわよね別に、と母が笑った。向こうに新聞を読んでいるのかテレビを見ているのか、どっちつかずの父の姿もあった。

(おかしいだろ……なんなんだよ、これ?)

 ”僕”は、僕の思っていることとは全く違う時代錯誤な言い回しを続けたまま、僕の両親と何気ない会話をしている。といっても、どことなく両親、もっというと父はよそよそしい感じがしないでもなかったけれど。

 母は意外なほど、初め驚いてるくせにともすれば次の日には当たり前のように接してたりする、ある意味で凄い人だから理解できないでもなかったが……。とにかく、普段絶対にしない言い方をしている”僕”に、平然としている。

 とにかく、僕の意思とはまるで違う行動言質を取るこの”僕”は一体何なんだろう。それにあの日、あの夜起きたことはどうなったんだろうか。僕は今こうしている経緯を記憶を頼りに思い起こしてみた。

 確かあの日、Y県の山奥へ二泊三日の勉強合宿へ行ったその最終日の夜、クラスメイトはもちろん、他のクラスメイトたちと共に、男女合同の肝試しをやろうと合宿所裏手の山で起こったのだ。

 その途中、瀬名川悠里がグループから離れてしまい、皆で探そうと夜の山道を探すことになった。そう、そうだ。それは良く覚えている。

 その際、合宿最終日の明け方まで降っていた雨でぬかるんだ地盤に足を取られて、底まで転げ落ちたところで彼女――瀬名川がいたんだ。多分、僕と同じ足を踏み外したんだろう。そこで二人救助を待っていたところに、突然起きた大きな揺れ……。

(確か僕はあの時……)

 突如起こった地震で、雨で緩んだ山の地盤が崩落し始めて思わず瀬名川を――。

(そうだ、瀬名川を助けようとして突き飛ばして……そこからどうなったんだ)

 そこからの記憶がない。何度記憶を掘り起こそうとしても、そこから先の記憶がなかった。それもそうだろう。あの後からの記憶など、たった今起きたばかりの僕にあるはずがない。

(そのはずなのに……)

 そのはずなのになんで何事もなく”僕”は家族と話してるんだ? 普通なら何事もなく済む話ではないことくらい、これまであんな経験をしたことがない僕だって分かる。一体どうしたというのだろう。あの後、僕が気を失っている間に何があったのだろう。無性にそれを知りたくて仕方なかった。

「それで一式揃ったと」

「みたいね。昨日言おうと思ってたんだけど、あんた先に寝ちゃったでしょ」

「では食事が終わり次第、店に行くとしよう」

 また勝手に”僕”の声がそう言った。あの店? あの店ってなんだ。何、当たり前のように母と話してるんだろう。僕にはまるで会話の内容が読めなかった。

 自分の体なのに、自分ではない誰かが勝手に僕の体を操っているような、そんな感覚。自分の意識ははっきりと今ここにあるのに、自分の意思を介すことなく気ままに動く体はまるで、自分は体験型の巨大なスクリーンを前に、誰かの追体験をしているかのような不思議な感覚だった。

 僕は、一応抵抗の意思を示すべく手足を動かそうとするも、動くことはなかった。本来、自分の体を自分で動かそうと命令して動かすことなどない。自分が動こうとする時には勝手に、ほぼ自動的に目的となる動きを果たすものだ。

 なのにその通りになるはずもなく、体は勝手に”僕”に従うように好きに動いている。本当に、体の抵抗にあって意識だけが牢獄にでも入れられて、好き勝手に体が振舞って動いているみたいだった。

 あるいは、意識だけはあるのに動かない、白昼夢の金縛りにでもあっているようにすら感じた。自分の意識はあるのに、全く自由が利かないなんて、気が競って仕方なかった。

 食事をとり終えた”僕”は、すぐに出かける準備も終えて玄関へと向かった。準備とはいっても、せいぜい歯磨きをして部屋から財布を取って、後は靴を履くくらいのものだった。

 靴下など履くつもりはないのか、素足のまま靴を履くのにとてつもなく違和感を覚える。別に自分にその感覚があるわけではなかったけれど、それでもなんとなくそんな風に感じられたのだ。

「あ、お金」

 出かけ様、母はそういって持ってきた財布から五千円札を取り出して”僕”に手渡した。

「む、かたじけない」

 ”僕”はそういって差し出された五千円札を受け取り、財布に強引にねじ込んだ。その様はお札の扱いを良く心得てないように見える。

「やっぱり、お母さんも一緒に行こうか?」

「いや、そこまでには及ばない。母上を煩わせるわけにもいかない。では行って参る」

 かたじけないとか、母上とか、行って参るとか……本当、いつの時代の人間だよと思わず突っ込みを入れた。今時、日本かぶれを間違えた外国人だってこんな言葉は使わない。

 お金の扱いも雑だし、この”僕”は一体何がしたいんだろう。母はまだ何かと心配そうだったけれど、”僕”はそれを意に介せずに外へ出た。

 すかすかと小気味良く歩いていく”僕”は、駅へと向かって歩いているようだった。何となく”僕”が何かやらかしそうな、漠然とした嫌な予感がしてならなかった。





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