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「なんだい?一哉。材料でも足りなくなったかい」
笑いながら尋ねてくるアルに、一哉は驚きを隠せない。
自分は何についての相談か、一言も言っていないのだ。
アルはそんな一哉に苦笑いして、答えを教えるかのように手元の紙を叩くと、納得したかのように苦い笑みを浮かべる。
「実は、銀と鈴、あと魔石も残り少なくて。今月乗りきるのは辛いと思います」
「そっか。魔石は特に何が足りないの?」
「特に土の魔石ですね。前回も採集できたの少なかったですし」
魔石は主にモンスターの中から発掘される、魔力を持った石である。
その魔石を用いることで、刀に魔力を与えることができるのだ。
「今の時期だと、北の方かな」
「北の方というと、イワキサ山ですか?」
「うん。東の方は今の時期、良い魔石が手に入らないんだよね」
一哉とアルが採集の話をしていると、下の方が騒がしくなってくる。
「あとは...」
「アルさん。アルさん。」
「なに?他に何か足りないものあるの?」
「いえ、言ったので全部何ですけど...あの、下が騒がしくないですか?」
「......え?」
下には応接室があり、今、まさに、秋が打ち合わせをしている。
すると突然、上の階にも響くほどの怒鳴り声が聞こえた。
「...嫌な予感がする」
「...同じくです」
「...だから、納得が出来ないのでしたら、今回のご依頼はなかったことに」
「はぁ?!ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!!ぶち殺されてぇのか!!?ガキ!!」
下の様子をうかがおうと階段に近づくと、怒鳴り声が聞こえてきた。
あまりのうるささに店内にいるほとんどの人が、彼らの動向に注目していた。野次馬も集まりつつある。
その中に、一哉の後輩の二葉ひなの(ふたば ひなの)がいた。
「あっ!先輩!アルさん!お疲れ様です!」
ひなのの言葉にアルと一哉は片手を挙げることで、返事をした。
「ひなの、何があったのか知ってるか?」
「私もさっき来たばかりなので、詳しくは...」
「そうか」
「先に来ていた人が言うには、打ち合わせでお金の話になったとたんに、怒鳴りはじめたそうですよ」
どうやら、秋は外れの客を引いてしまったらしい。
打ち合わせでは、必ずと言っていいほど料金について話し合う。
完成した後になって、 払えないという状況を無くすためだ。
「さっきからテメェ、何様のつもりなんだよ!!あ"あ"!!?」
「こっちは客なんだよ!お客様!わかるー?」
「それが客に対する態度かよ!!」
打ち合わせで料金について話すといっても、最初はこれ以上は落とせない最低額を伝えるのだが...。
それすらも払えないと怒鳴り散らす男たちの姿はあまりにもクズめいていた。
「...だから、納得出来ないんだったら、さっさと失せろって言ってるんだけど?クズどもが。怒鳴ることしか能がないの?かわいそうに、猿よりひどいね」
秋さんお口が悪いですわよっ!
なんて言っている場合ではない。
秋の怒りのメーターが上がり過ぎて、今にも爆発しそうなのが目に見えてわかる。
「一哉、さっさと止めに行きやがれ」
「うわぁっ!師匠!いつの間に来たんですか!?」
いつの間に来たのか一哉の後ろに東雲がいた。
「そんな無茶なこと言わないでくださいっ!」
あんな修羅場に入っていったら、無事ですまないことはわかりきっている。
行きたくない。
「今日までの遅刻、チャラにしてやる」
「行かせていただきますっ!!」
敬礼をして答えた。即答である。
「東雲。悪い顔してるよ...」
そんな師弟のやり取りをアルは静かに見つめていた。
「あの~。ちょっといいですか?お客さん」
秋と男たちとの論争がヒートアップして、そろそろ殴り合いが始まるのではと周囲に緊張がはしるなか、のんきな声が聞こえてきた。
「......一哉」
「他のお客さんの迷惑になってるので、静かにするか、外でやるかしてもらえませんかね?」
「あ"?なんだテメェ!?」
突然の登場に男たちは驚くが、ここで引くわけにはいかないのだろう。
先ほどまでの元気を取り戻す。
「秋も。こういう時は冷静にって言われてるだろ?」
男たちには目もくれず、隣にいる秋へいつも言われている注意を促す。
もう、秋も男たちに目もくれていない。
一哉の言葉に思うところがあるのか、ふてくされるだけだ。
そんな態度が男たちの気にさわらないわけがなかった。
「くそガキ!!からかうのもいい加減にしろよ!!!」
最初に拳を振り上げたのは、真ん中の男だった。
筋肉でできているのではないかと思われるほど、身体中を筋肉が覆って、身長も2メートルにとどきそうなくらいに高い。
並の子どもが見たら、その場で泣き出してしまいそうである。
一哉は顔を狙って飛んでくる拳を、体を後ろにそらすことで避ける。
「うわっ。お客さん、暴力はいけませんよ~」
周りの客に飛び火したらいけないため、注意するが、相手の怒りを助長するだけだった。
言い方が相手をバカにしているようにしか聞こえないのだ。
実際、バカにしているのだが...。
「っ!テメェ...なめやがって!!」
怒りで顔を赤くして、力まかせに拳を交互に飛ばしてくる。
顔真っ赤。
湯気が出そうだな。
一哉は冷静に一つ一つ避けていく。
その動きはまるで踊っているかのようで、洗礼されたものだった。
相手の拳を避けながら、一哉はある方向に男を誘導している。
「なっ!!」
「なめんなよ!!」
いっこうにやられる気配がない一哉にしびれをきらしたのか、残りの二人も加勢してくる。
数か増えても、当たらないものは当たらない。
時には避けることで、仲間同士の相討ちや、自滅をはかることもやってのける。
あまりにも優劣が目に見えて解るため、周りの客たちは一種の余興を見ているようであった。
男たちは気づかない。自分たちが徐々に店の出口へ向かっていることを。
終わりはなんともあっけなかった。
「...っ!?」
店の出入口にはわずかな段差がある。
階段一段分にも満たない段差で、いつもなら意識せずともつっかかって転ぶことはない。
だが、突然現れるのならば、話は別だ。
突然、地面がなくなった男たちはバランスを崩し、尻餅をついた。
「おや、お帰りですか?お客さん」
偶然にも、男たちは店の外にいた。
無理やり追い出されたのであれば、文句のひとつも言えるのだか、なにぶん自らの足で店を出てしまっていた。
「ご来店ありがとうございました」
ほんの少し、立っている場所が高いだけなのに威圧され、立ち上がることすら許されない。
「またのお越しを...」
遠慮しておきますね。と言外にたっぷりと含めて、扉を閉める。
目の前で閉ざされた扉を、男たちがくぐることはもうない。
本文一部編集しました。