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少年は言う。
「誰もがーーになりたいわけじゃない」
*****
朝日がカーテンの隙間からもれる。
その光の先には、毛布に丸まって眠る少年がいた。
柔らかな日の光は、少年の髪を照らす。
黒に見える少年の髪は、光に透けて深い青だということが分かる。
時刻は午前7時28分。
そろそろ起きなければ遅刻してしまうが、すやすやと眠る少年には鳴り響くベルの音は届いていない。
彼が起きるまであと少し……。
「やばいっ!!寝坊した-!遅刻するー!!」
有馬一哉は起き上がってそうそう絶叫する。
始業まで後15分。
家から職場まで徒歩10分。
絶体絶命である。
なんとかなる!……のか?!いや、なんとかするんだ!頑張れっ!ボク!!
いつも通り、火を扱う上で邪魔にならない服を選ぶ。
といっても、いつも体にぴったりとフィットする黒い服を選んでしまうのだが。
仕事道具はいつも念入りにメンテナンスしているし、前日にチェックを済ませているから、確認せずに持って行っても大丈夫。…なはず。
「わああああああああああああ!!うごけえええ!ボクの足いいいいい!」
全速力で町中を突っ走る。
風になびく髪すらも、うざったい。
自分の足が、今までに動かしたことがない速さでまわる。
いつもの見慣れた景色が、とてつもない速さで眼の端をかすめてゆく。
頼むから、いつも行っている店のおじさん、和やかに手を振らないで欲しかった。
このままいければ、ギリギリ間に合うっ!!
少し先に職場である鍛冶屋が見えてきた。
ギリギリではあるが間に合ったみたいだ。
安堵で体が軽くなる。
あと少し、そう思っていると店から二人の人影が出てきた。
「か~ず~や~!!」
「げっ」
どうやらお怒りのようである。
「一哉。遅刻、今日で連続3日め…。」
店から出てきたのは、江川秋・雪の双子の姉妹だった。
同時期に入門した同期でもある二人が、門番のように道をふさいでいた。
「毎度毎度、どうして、あんたは遅刻してくるのよ!」
秋から小型のナイフが飛んでくる。
彼女の細腕からは、想像できないほどの速さで飛んでくる。
「うおっ!あぶねえ!」
「あ!避けるんじゃないわよ!このバカ!!」
「バカは余計だ!バカは!」
一哉は秋との距離を一気に縮め、懐に入る。
そして、体を反転させ、秋の脇を通り過ぎた。
「っ!雪っ!!」
「がってーん」
秋は自分が交わされたことに驚いたものの、すぐに後ろにいた雪に合図をおくる。
「そこをどいてくれっ、雪!お前とは争いたくないんだ!」
「だめ、だよ。これは、仕方のない、こと」
雪のレイピアが一哉の鼻先をかすめる。
「一哉!観念しなさい!」
「しな、さい」
「くっ!それでもボクは、諦めたりしない!!」
三人が互いの隙を探り合う。そして、同時に地面を蹴り出そうとした。
「うるせー!!!店の前で何ゴチャゴチャやってんだ!」
「げっ!」
「師匠!」
三人は真横から、怒鳴られた。
いつの間にか、店の入り口の前まで来てしまったらしい。
さび付いた歯車のように首が回る。
向かないといった選択肢は、初めから存在していないのだが。
店の入り口に、鬼のような形相で立っていたのは、師匠であり鍛冶屋の長である、東雲であった。
隙間からのぞく店内には、あきれた顔で苦笑いする、多くの同僚の姿が見える。
「店の前で、つまらねえ茶番してるんじゃねえ!さっさと、働けっ!!」
三人はそろって「はいっ!」と返事をした。
「さっ!雪お仕事だよ!今日も頑張ろうね!」
「うん。そうだね、秋」
そそくさと店に入っていく双子に、一哉も続いて入っていく。が…
「まて、一哉」
「ひぃっ!!」
恐ろしい笑みを浮かべた東雲に止められてしまった。自分の血の気が引いていくのが、ありありと感じられる。
「お前は先に、楽しい楽しい説教だ」
「いやあああああああっ!」
「ははっ、こってり絞られたねぇ。大丈夫かい?」
アルベートは笑いながら、ぐったりとしている一哉を眺めていた。
「心配なんてしてないくせに…。途中で止めに入ってくれても、良かったんじゃないですか。アルさん」
「それじゃあ、つまらないじゃないか」
「ですよね……」
目の前で爽やかに笑うアルベートを見る。
自分の先輩であり、この鍛冶屋で東雲の次に権力を持ち、皆にアルと呼ばれ慕われるこの男が、無害な美青年の皮を被った腹黒い男であることは、今までの付き合いか身にしみるほどであった。
優しい所もあるんだけどね……
いつもならアルに対し、もう少し生気のある返答をするのだが、先ほどの説教に加え、今日の個人依頼が無く、この上なく落ち込んでいるのである。
「おや、落ち込んでいるみたいだねえ。そんな君に良いものをあげよう」
「何ですか。変なものならいらないですよ……」
「そうかい?朝一で来た君への個人依頼なんだけどなあ」
アルが一枚の紙を見せつける。
「いります!いります!アルさん大好き!」
「ん。素直でよろしい」
一哉は笑顔をはじけさせながら、その紙を受け取った。
「ありがとうございます!ボク、仕事してきますね!」
「うん。いってらっしゃい」
うきうきと鍛刀部屋へ向かう一哉の姿を、アルは静かに見つめていた。
「アル、優しい~!」
「やあ、秋。仕事は終わったのかい?」
「午前は打ち合わせだけなんだけど、まだ相手が来ないんだ~」
振り返って秋と話していると、雪が近づいて来るのが見えた。
「あっ!雪~。どうしたの?」
「...これ、無条件の依頼。一哉に渡そうと思って...」
雪は一哉を探す素振りを見せるが、今一哉がいるのは鍛刀部屋であり、もうその場に姿はない。
「ああ、さっきオレが別の依頼を渡してしまったんだ。ごめんね、雪」
謝るアルに気にしていないと雪は首をふる。
「それにしても不思議だよね。同期の中で一番、刀作るのがうまい一哉が、まだ見習いなんて」
この鍛冶屋では、二種類の依頼方法がある。
ひとつは、職人を指名し、打ち合わせを重ねることで自分にぴったりとあった、オーダーメイドの刀を依頼する方法。
職人を指定するため値段が高くつき、時間もかかる。
また、職人によっては、10年先の予約まで埋まっているということもある。
しかし、中堅以上の冒険者ともなると、憧れか体験からなのかは分からないが、この依頼方法をとる者がほとんどである。
そして、ほとんどの冒険者が、職人の固定客となる。
もうひとつは、作ってほしい刀の形状のみを指定し、その他は無条件で依頼する方法。
この依頼のほとんどは見習いの鍛冶師が受ける。
まだ、職人として未熟であるため、値段が安い。
そのため、駆け出しの冒険者がよくこの依頼方法を利用する。
また、刀を打ったものの名前は依頼者には伝えられるため、見習いたちにとっては、将来の固定客を捕まえるチャンスの場にもなっている。
一哉は見習いとして十分なほどに名を売っている。
秋や雪たち同期の目からしても、職人として一人前と認められた自分たちと同じ、はたまた自分たち以上の実力を持っているように感じられた。
十分な実力を持つのに認められない。
何が足りないのか、何が間違っているのか。
疑問に思わない者はいなかった。
「...ところで、秋。お客様が、さっき到着してた」
「はあ!?ちょっと!そういうのは、もっと早く言ってよ!!」
応接室へ駆けていく秋に続こうとして、雪はアルを振り返り、手に持っていた依頼書を押し付けた。
「一哉に、渡して...」
「わかった、渡しておくよ」
アルの言葉にうなずいて、秋の後を追う。
アルは手元の依頼書を見て、端に小さく「一哉指名」と書かれているのを見つけ、笑みを深める。
一哉が認められている、一つの証拠のように感じられた。
「アルさん。ちょっと相談したいことが...」
一哉がアルのいる方へ近づいてくる。手元を見ると、刀をつくるのに必要な材料が書かれた紙が見える。
本文一部編集しました。