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命よ、地を駆け、空を舞え!  作者: つぶらやこーら
第一章 シャーマン・イン・ザ・グレイブヤード
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第二話 師匠と弟子

第二話です。

ボルドーに到着したバオルたち。彼の仕事が明らかになります。

 ボルドーは武力を背景に、他からの介入を退ける、軍事主義の都市だ。近づいて分かったのだが、城壁の最上部には対地と対空のどちらにも適したバリスタが設置され、更に軍隊や巨大な怪物相手を想定した大口径の大砲が何門も取り付けられていた。

 今、バオルと応対している都市部入口の兵も、先端にナイフを取り付けた小銃を背負っている。携行火器を保有する都市は、大陸でも数少ない。

「確認完了いたしました。ようこそボルドーへ。歓迎いたします」

 警備兵は慇懃に頭を下げると、そばの詰め所に引っ込み、紫色のマントを三枚持ってきた。表面にはボルドーのシンボルである鷹のマークと、丸と三角を組み合わせた幾何学模様が編みこまれている。

バオルたちはマントを羽織ると、促されるまま留め金に手を触れた。首筋から足元にかけて、軽い痺れが走る。

「こちらのマントはボルドーにおける要人の証です。これを羽織った者に対する業務妨害、脅迫、暴行などは重罰の対象となります。マントからの痺れは感じましたでしょうか。これにより、あなた方以外の者がマントに触れることは叶いません。触れた者は強烈な電撃により、短い間神経が麻痺します」

 要人保護のシステムも並以上か、とバオルは舌を巻いた。三人は馬を降りて、兵士に手綱を預ける。近くの馬小屋で、出発まで世話をしてくれるそうだ。

 馬に載せていた荷物を担いで門をくぐると、甲冑に身を包んだ十名ほどの兵を従えた、軍服姿の男性が出迎えてくれた。白いものが混じり始めた豊かなあごひげと、頬から耳にかけて刻まれた刀傷は、歴戦の勇士の証だろう。彼もまたバオルに向かって、丁重に頭を下げる。

「シャーマン殿と、護衛の方々でござるな。それがし、このボルドーの代表補佐官を務めるマクドナルドと申す。こたびの来訪をお待ちしておりもうした」

「シャーマンのバオルです。偉大なる領主、バイマン様のご勇名は私も耳にしております。マクドナルド様も数ヶ月前、ロムスからの侵攻を受けた際に、数々の武功を挙げられたとお聞きしました」

「お褒めにあずかり、恐悦至極。当方としましては、すぐにでもバオル殿の力をお借りしたいところでござるが、長旅でお疲れでござろう。今夜はゆっくり休んでいただき、翌日からお願いいたしたい。よろしいですかな」

「痛み入ります」

「宿は正面をまっすぐ二区画進んだところに、ご用意いたした。まだ商店は開いておりますゆえ、バオル殿も護衛の方も、遠慮なく市内をご覧くだされ。当方は明日の準備のため、これにて失礼いたす。しからば」

 マクドナルドは悠然と去ってゆき、その後に兵士たちが続いた。道行く人々も、それぞれ歩みを止めてマクドナルドたちに頭を垂れている。これだけでも、彼の高い人望がうかがえた。

 まずは荷物を置くために、バオルたちは宿を目指す。ボルドーの民家は、しっくいの壁と瓦を使った屋根で作られていた。最近塗り直したばかりのようで、どの建物も真新しい印象を受ける。

この都市に立て札はなく、石の色を巧みに使った石畳が、その代わりとなっていた。石畳にはそれぞれの道路の先に、どのような建物があるかを表す絵が浮かび上がっているのだ。絵の具ではない、純然たる石の色のみで来訪者を導いている。

 視覚情報を活用したこの案内芸術は、リーサにとっても大いに興味の対象だったようで、先ほどからメモに絵と文章を器用に書き分けながら、ペンを忙しく走らせていた。

マクドナルドが用意した宿は、大路に面した五階建てだ。部屋は五階の大部屋。ベッドが自分達の倍の六つもあって申し訳ない気分になったが、大路に面しているのはバオルたちにとってありがたい。

旅の準備をするにも、情報を集めるにも、都合がいいからだ。

「買い出しに行ってくる」

「私も、色々勉強してきますね」

「二人ともよろしく頼む。いってらっしゃい」

 案の定、荷物を置いたとたんハープーンとリーサは自分から外出を申し出る。仕事なのでバオルは止めない。二人は要人のマントを脱いで部屋を出て行った。

 一応、安全面について確認をしたが、市民の生の声を聞くにはこちらの方が都合がいい、というのが二人の意見だ。バオルとしても、多少のトラブルくらい二人ならば切り抜けられると分かっている。

 二人が宿を出たのを見届けると、バオルは部屋に鍵をかけ、隅にある書き物机に向かった。カバンの中から書状の原紙を取り出し、備え付けの羽ペンとインクで、形式的に文章をしたためていく。

そして書き終えた書状に、そっと杖の先をあてがった。紙は一瞬、淡い緑色に輝く。光が収まると、書状の下部にバオルが書いたことを示す、羽を広げたトビの印が焼きついていた。

 シャーマンが身に付けている技術の一つで、著者本人にのみ書状の印が反応して光るようになっている。シャーマンの特権を、他人に悪用されないためだ。バオルの印は、師匠のシグルドが作ってくれたものである。


 旅を始めて、そろそろ半年。十年間の修行の日々は、今でも昨日のことのように思い出された。

戦災孤児だったバオルは空腹で倒れていたところを、シグルドに助けられたのだ。彼の持っていたパンに夢中でかぶりつき、その見返りとしてシグルドの助手を務めていた。

そしていつの間にか、バオル自身もシャーマンになるための修行を積んでいたのだ。

 正直なところ、バオルは物覚えがよかったとは言えない。通常の見習いシャーマンが一年で修了することに、三年を費やした。

「お前は大した逸材だ。十年に一人出るか出ないかってところだぞ」とシグルドはしばしば痛烈な皮肉を放った。もっとも皮肉と分かったのは後の話で、あの時は作法と技術の習得に必死だったのだが。

しかし修行は半ばで突然中断された。シグルドの病が原因だ。バオルの努力で一時は回復したものの、すぐにまたぶり返し、師は二度と立ち上がれなくなっていた。

「構わない、死病だ」シグルドはそう言って笑っていた。血の気がすっかり失われた顔を、ほころばせながら。「五十年前のあの日から、死んでいたも同然だ」

 バオルには意味が分からなかった。シグルドは自分に泣きつく不肖の弟子に、シャーマンとしての使命を伝えた。

 世界に点在する墓を巡る「墓所参り」を行うこと。国境なきシャーマンとして、出会う人々の力になること。そして、いつか訪れる「世界の死すべき時」を見つけること。

「世界が滅びるということですか?」

 バオルは尋ねる。仕事柄とはいえ、師匠が終末論者だということは意外だった。

「それは自分の目で見届けろ。本当に世界が滅びるかも知れんし、もっと別のことかも知れん。だが『世界の死すべき時』に立ち会うことが、シャーマンの至上の目的だ。ゆめゆめ忘れるな」

「師匠は、立ち会えたのですか?」

 弟子の言葉に、シグルドは答えなかった。代わりに大きく咳き込むと、ベッドの脇に立てかけていた杖を手に取る。霊樹から切り出され、先端がとぐろを巻いた杖。

 シャーマンの証である「不死の杖」だ。

「これを、託す」

 バオルは驚いた。これを受け取るということは、シャーマンの修行を終えたことを示す。まだ半人前の自分ごときが受け取るべきものではないが、シグルドは無理やり押し付けた。

「いいか、もうお前に甘えは許されん。俺は死ぬ。お前はこれから自分の力で歩け。その杖に宿る輝き、全てがお前のものだ。そしてお前の最初の仕事。それは俺を葬ることだ」

「師匠……」

「行け、バオル。『世界の死すべき時』を見つけに」

 それがシグルドの最期の言葉になった。


 いつの間にか涙が頬をつたっていた。バオルは目を袖で拭うと、インクが乾いた書状を、カバンにしまう。ベッドに腰かけ、師匠の形見である「不死の杖」を握り締めた。

 シグルドの語った「世界の死すべき時」。その正体はまだ分からない。この長引く小競り合いが、やがて大陸全土を戦火に巻き込む、大きな戦争となることを言っているのだろうか。ならば多くの犠牲者が出て、シャーマンの力はますます必要となる。

 シャーマンに国境がないことは、諸勢力も理解していた。全ての人に奉仕するためには、一つところに留まり続けるわけにはいけない。

 そのための名目として挙げられる「墓所参り」。それをやり遂げた先に、何が待っているのだろう。

「とにかく、今はやるべきことをやるんだ」

 バオルは自分を励ました。明日からしばらくは、仕事でいっぱいいっぱいになる。

もし不手際があっても、未熟を理由にはできない。この杖を託された時より、自分は万人が認めるシャーマンになったのだから。


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