第十一話 戦争前夜
第十一話、投下します!
アーゾフに到着。
リーサの好奇心がうずき出します。しかし、どこかで常識はずれ……。
がんばれ、天然お姉ちゃん!
ところどころで馬のために休憩を入れたバオルたちがアーゾフに着いたのは、日がすでに高く昇った昼前である。
過去、幾度と無く「空護衛」の脅威にさらされてきたこの都市では、民家や施設はもちろん、大陸屈指の広さを持つ耕地も城壁の内部に取り込んでいるため、単純な面積ではボルドーを上回る。
空からの来襲に備え、上空には都市全体をすっぽりと覆う、クリスタルのドームが展開されていた。それを都市に配属されている魔道士たちが日夜魔力で強化して、砲弾の直撃すら凌ぎ切る耐久力を保っている。
本来は、中が完全に見えない頑丈な素材を利用したかったらしいのだが、作物のために日光まで遮るわけにはいかず、今は内側からは見えても、外側からは見えない隠蔽の魔法を使っているようだ。
都市内部の気温や湿度の調節なども魔道士が請け負っており、環境の整備に魔法をふんだんに取り入れたアーゾフは、商人たちの間では魔法都市と呼ばれている。
「代表補佐官兼、都市部総司令官のファリスだ。シャーマン殿、来訪に感謝する」
新しい代表補佐官のファリスは銀色の髪をショートカットに切り揃え、指揮官用の豪奢な軍服と帽子を身につけた、若い女性だった。その眼光は獲物を狙う虎のように鋭い。
「シャーマンのバオルです。ファリス様は士官学校で優秀な成績を修められ、初の女性代表補佐官に推挙されたとお聞きしております。お目通り叶ったことを光栄に思います」
「お言葉、世辞としてありがたく頂戴しよう。このたびの戦、シャーマン殿には都市に搬送される負傷者の手当て、及び死傷者の葬儀をお願いいたす。なお、あくまで衛生に徹していただき、我々の作戦や戦闘に対する干渉は一切無用。よろしいか?」
「異論ございません」
「開戦は明日の正午。動員法に基づき、明日から市民の外出と物資購入は制限がかかる。所用は本日中に済まされたし。兵舎の一角に部屋をご用意した。御三方には、そこでお休みいただく」
戦を前に神経がピリピリしているのだろう。傲然かつ攻撃的に告げて、ファリスはバオルたちに背中を向ける。用意された部屋を確認して荷物を置いた三人は、都市内の地理と状態を把握するべく、兵舎を後にした。
秋の収穫が終わり、これから肌寒い時季がやってくる。だが、魔道士たちの努力によって、アーゾフの都市内部は春先を思わせる体感温度を保っていた。日が暮れれば、クリスタルドームに設置された照明具が魔力で点灯して、都市内部を照らしてくれる。おかげで今でも昼間のような明るさだ。
リーサにとっては、初めて目にするものばかり。わざわざ魔道士の詰め所や、照明具を作る職人が常駐するギルドにまで足を運んでは、質問してメモし続けたので、アーゾフのメモはすでに十枚以上に及ぶ。アポなしでもみんなが快く答えてくれたのは、男だらけの仕事場に、若い女が出向いたことが珍しかったためだろうか。
ただ、バオルたちの用意してくれた新しいローブを着ていると、落ち着かない。部族にいた頃は泥まみれの生活が当たり前で、泥で身体を洗い、顔に化粧をし、黒髪を固めない日はなかったのだ。
だが二人に、それは外では通用しない風習だから、やめた方がいいと言われてしまう。実際、言いつけを無視して泥だらけで聞き込みをした時には白い目で見られ、一部の人からは変人や物狂い呼ばわりされて、逃げ出されるというひどい有様だった。
「えー、今の当たったよ」
「当たってないったら、当たってない」
いつの間にか、都市の外れにある耕地まで歩いていたらしい。そこでは、田の土を泥玉にして二つのチームに分かれた子供たちが、木の棒を片手に合戦ごっこをしているところだった。
今日は市民にとって最後の外出許可日。思いっきり遊ばせておきたい、という親心だろう。自分も小さい頃には、弟を含めた幼なじみたちと一日中泥遊びをして過ごしたものだ。あの時には、この楽しい日々がずっと続くものだと思っていた。
「お姉ちゃん、何見てるの?」
こちらに気づいた男の子の一人が、声をかけてきた。遊んでいた他の子供たちも、手を止めてこちらを見つめている。無性に身体の奥から、感情がこみ上げてきた。彼らは、自分を拒絶しないだろうか。
「え、ええとね」言いよどんだが、欲求に素直になる。「お姉ちゃんも、混ぜて欲しいかなあって」
子供たちは押し黙った。さすがに引かれたか、とリーサは少し後悔したが、ややあって彼らは歓声をあげる。
「わあ、お姉ちゃんもやるって」
「こんなにきれいなお姉さまが」
「ねえねえ、こっちに入ってよ」
「だめだよ、こっちに決まってるよ」
子供たちに引っ張りだこにされて、自分の心配は取り越し苦労だと気づいた。子供たちには恥も外聞もわからない。ただ彼らは純粋に遊びたいだけなのだ。
リーサはローブを脱いで、下に着ていたキャミソール姿になる。また服を汚して、二人から大目玉を喰らうのはごめんだ。
だが、十歳前後の子供たちには、リーサの白い肌とスレンダーな体のラインは刺激が強すぎた。
「うわ、お姉ちゃん、えっちー!」
「えっちー!」
思わず逃げ出す子。顔を真っ赤にして下を向く子。視線をくぎづけにされて動けない子。
たちまち大騒ぎになったが、リーサは気にもとめない。
「お姉ちゃん本気でいくからね。恨みっこなしだよ」
腕を回しながら、田の中に入っていく。彼女は今この時だけ、幼かったあの頃の自分に戻ることにした。
合戦ごっこが終わると、リーサが買っていた干し肉をみんなでかじりながら、将来の夢を話す時間になった。
パン屋、花屋、兵隊さん、魔法使いさん、とみんなが思い思いの夢を語っていく。
「ぼくはシャーマンがいい」と力強く言ったのは、アイチという男の子だ。「シャーマンはすごいんだぞ。ピカッでドカーンてさ」
アイチは木の棒を杖代わりに振り回しながら、熱弁する。どうやらシャーマンの儀の様子を、彼なりに説明しているようだ。
「じゃあ、あたしはシャーマンを守る人になる。アイチを守ってあげるんだから」
顔を真っ赤にしながら、そう告げる少女はメイリだ。周りの子供たちが「ヒューヒュー」と口笛を吹いてはやし立てる。
今どきの子供はませているなあ、とリーサは思った。
「お、女だからって甘く見ないでね。あたしの魔法で、どんな奴もイチコロよ。だからアイチもがんばって」
「えー、ぼくはシャーマンなんだぞ。ピカッでドカーンなんだ。男だからって、頼りにするな」
二人は木の棒でチャンバラを始めてしまう。それを微笑ましく見守りながら、リーサの心境は複雑だった。
彼らは本職であるバオルやハープーンの苦しみを知らない。表面に出てくるかっこよさに惹かれて、自分の夢を語っているに過ぎないのだ。
いつか、自分が目指すものの嫌なところ、汚いところが見える時が来る。その現実を目の当たりにしても、彼らは同じ理想を貫けるのだろうか。
しかし、元気にチャンバラを続ける彼らの姿を見て、リーサはかぶりを振る。
違う。だからこそ自分たちは彼らにとって、かっこよくなければいけないのだ。どんなに辛くても、子供たちの前で決して折れてはいけない。
例えそれが、命を懸ける闘いであっても、自分たちが求めたものを、子供たちに託すために。そして子供たちに、自分たちの勇気と生き様を、ずっとずっと語り継いでもらうために。
この場にバオルがいたならば、きっとこう言っただろう。「それこそが、死を生かす道なんだ」と。
子供たちが家路に着く。リーサも着替えて兵舎に向かって歩き出した。
しかし、ふと誰かの気配を感じて辺りを見回す。姿は見えない。パトロールの兵士だろうか。だが粘つくような視線が、自分をにらみつけているのを感じる。
――それなら。
リーサはわざと細くて寂しげな路地に入り込んだ。痴漢の類ならあとを追いかけてくるだろう。場合によっては「おねんね」してもらうかもしれない。リーサはそっと泥袋を取り出し、臨戦態勢に入る。
一分ほどたったが、相手は現れない。それどころか先ほど感じていた視線が遠ざかっていく。リーサは不審に思っていたが、ほどなく果実の匂いが漂ってきた。
柑橘類の匂い。女性がつける香水の一種だ。リーサの調べた情報では、これは今流行の香水なのだが。
――くさいわね。二重に。
リーサは泥袋の中に指を突っ込み、念を込めながら、泥で顔に虎を思わせるひげのペイントを施していく。邪念を退けるとされる、泥の民の伝統的な化粧の一つだ。きちんとした道具には及ばないが、巫女の精神安定に効果がある。
――あと、保険をかけておきましょ。
この時、リーサはすでに都市の外にゴーレム鳥を数羽放していたが、内部探索用に更に三羽作り出し、路地の地面に置いた。リーサがこの場を去ってから、時間差で飛び立つようにしてある。
リーサは何食わぬ顔で路地から出てくると、再び兵舎に足を向けた。
気にならないというと嘘になるが、それでも時間が経つにつれて、どうしても知的好奇心の方が勝ってきてしまう。病気に近い、自分の性分なのだろう。
いよいよ明日、自分たちは歴史の証人になる。リーサの胸の高鳴りはベッドに入っても収まらなかった。
現時点では、これで投下をストップします。
半ばトランス状態なので、少し休憩取ります。
次回のアップは、「つぶらやこーら」が回復次第、準備に入ります。




