009話 楽しい話
三人は話に夢中でマーサが退室することに気がつかなかったが、アランは気配を追っていたため、直ぐに気が付くことが出来た。お礼の意味も込めて軽い会釈をすると、マーサが嬉しそうに微笑んでから出て行った。
目が合っただけでアランは心を乱される。そもそも、マーサを意識する度に昨夜の映像がチラつくアランには、平常心を保てという方が無理だった。
「んで、何処に惚れたわけ?」
自分に聞かれたと思い、アランの心臓はドキッと鳴った。しかし、アルバートはギルの肩を抱きながらギルに向かって根掘り葉掘り聞こうとしていただけだった。
「アルバートさん。まだこの話を続けるんですかー? うぅ……もう俺のことはいいじゃないですかー」
「……いや、何をもって好きだと認識したんだ? そもそも好きになるという感覚がわからん」
アランの突然の質問にセイン王子とアルバートが驚く。
「え? どうしたのアラン。いつもは全く参加しないのに」
「何なに~、アランもやぁ~~~っと恋愛に興味持ったわけ? お見合いだろうがなんだろうが、相手を好きになった方がいいもんな! よ~し、この俺が教えてやるよ」
アルバートは物凄く嬉しそうだ。
「……興味はないが勉強のために聞いておきたい」
そうだ。そしたらこのモヤモヤが何なのか分かるかもしれないと、アランは不本意ではあるがアルバートの言葉に耳を傾けることにした。
「好きっちゅーのは、一緒にいて楽しいとか落ち着くとかもあるけど、もっと一緒にいたいとか、二人きりになりたいとか、こうやってちゅーしたくなるとか――――」
「わあああ! ちょ、アルバートさん! やめてくださいよ~。ダメですって……あああっ! セイン様~助けてくださ~い!」
アルバートが無理やりギルの唇を奪おうと顔を近づけてきたので、ギルはそれを必死に抵抗していた。助けを求められたセイン王子はあははと笑って見ているだけで助けようとはしなかった。アルバートが本気ですることはないと知っていたからだ。
案の定、アルバートはニヤリと笑ってギルから離れる。
「……ってな感じで、更にはだな、この先のこともしたくなるとか~な、セイン?」
アルバートから開放されたギルは、アルバートから少し距離をとって座りなおす。危うく初めての相手がアルバートになるところだった。
「おっと、今度は俺ですか。そりゃーいっぱい触れたくなるよ? んー、あとは好きって認識するのは嫉妬しちゃうとかかなー?」
「はい。しますねー嫉妬……はぁ……」
「くは~! 恋してるね~! がんばれがんばれ!」
今度はギルの背中をバンバン叩く。相変わらずアルバートは楽しそうだ。
「例えば、お酒の勢いでそういうことをした場合はどうなんだ?」
アランはいたって真剣に訊ねた。
「そりゃー、好きっていうのもあるかもだけど、ただやりたかっただけっつーのもあるな。……ん? おぉ? アラン。もしかして昨日やっちゃった!?」
「な、んなわけないだろ!」
相変わらずの鋭さに焦るアラン。この質問はまずかった。
「そうだよ、アランがお酒の勢いでするわけないよ。アル先輩じゃあるまいし。あはははは」
「アルバートさん、そういうことは良くないですよ」
「いやいや、俺は襲うことはしねーよ? ちゃんと同意の上ですっから。いや~、アランはむっつりだからな~、わかんねーよ? 大分酔っていたっぽいし? 朝帰りだったし?」
「だから例えばって言っているだろ? それに俺はむっつりではない」
「んじゃ、全く興味ないわけ? んなこたーねーよな? アランが人並みに興味があるだけで、それは最早むっつり認定だ!」
ビシっとアランを指差すアルバートを、アランは呆れた表情で見つめる。
「あはは。確かに。でもさ、もしアランがそんなことをしたとしたなら、きっとその人が好きなんじゃない? そもそも女の人と一緒にいることが奇跡なのに、そういったことをするまで一緒にいたってことでしょ? アランなんて用事がなければ女の人と話さないもん」
「ぬおお、そうだな! ナイスセイン! で、お相手は誰なんだ?」
セイン王子もアルバートも目を輝かせてアランを見つめている。アランは焦りを隠しつつ、くだらないとでも言うかのように深いため息を吐いてみせた。
「アホか。一般的な話を聞いているだけだ」
アランはアルバートのしつこさは嫌と言うほど知っている。マーサと付き合っているならともかく、付き合っていない以上マーサの名誉のためにも言うわけにはいかない。どうやって話をそらそうかと思案していると、扉を叩く音が聞こえてきた。どうぞ~とアルバートが声をかけると侍女が入ってくる。
「デール王国からジェルミア王子が到着いたしました」
「お、思ったより早かったな。んじゃ、行きますかー」
助かった。この話から逃れられると思い、アランはほっとした。