008話 説得
「お見合いはしない」
アランはキッパリとセイン王子に伝えた。マーサはその言葉に安心しつつ、皆の飲み物がないことに気がつきそっと席を立つ。
「んー、気持ちは分かるけど、親父さんのところに毎日ルーシーさんから連絡が来ているみたいだよ? 早く見合いをさせろって。せめてルーシーさんのところに顔を出してあげたら? アラン、全然行ってないんでしょ?」
セイン王子は心配そうな表情を見せるが、アランは眉間にシワを寄せたままだった。ルーシーは遠く離れた郊外で暮らしているアランの母親で、レイを引き取る少し前に家を出ていた。なのでセイン王子もルーシーには会ったことはなかった。
「……お袋の所には一年に一回は行っている。……いや、側近になってからは一回も行っていないな……」
「え? アランさん、それはダメですよ。お見合いはともかく、お母様は大切にしませんと。お一人で寂しい思いをしていると思いますよ。母親というものは――――」
ギルは母親がどんなに大切であるか説教をし始めた。おそらく元聖職者の血が騒ぐのだろう。暫くアランもセイン王子も大人しく聞いていたが、長くなりそうだったので、セイン王子がそれを遮った。
「うんうん、ギルの言うとおりだよ。だからルーシーさんに会いに行って。それだけで安心するから。ね?」
確かにそろそろ行かなければいけないなと、アランは深い溜め息をついた。
「……ああ、分かった。お袋には会いには行くが、お見合いはしない」
マーサがテキパキとお茶を机に並べている姿を見つめながらそう答えた。その瞬間アランはハッとする。もしかしてマーサに伝えているように見えなかっただろうかと一人で焦りだし、それを隠すかのように口元を手で覆った。
「あはは。どんだけしたくないの。別にいいじゃん、会ってみたら素敵な人かもしれないよ? それにアランも俺らと同じ時期に結婚してくれたら、子供も同じくらいの年になるでしょ? その子供が側近をやるってことになったら何か楽しそうじゃない?」
「安易だな」
目を輝かしながら説得するセイン王子にアランを冷たくあしらいつつも、確かにそう思えば結婚も悪くない気がしてきた。チラリとマーサを見るがいつもと何も変わった様子はない。そりゃそうか。付き合っているわけではないのだから。などと考えると気分が沈んだ。
そんなマーサもまた、自分の子供がエリー王女の子供にお仕えすることを想像していた。それがどんなに素晴らしいことかと胸を高鳴らせた。マーサの母親もレナ王妃の女官として仕えており、そういうことにも憧れていたことを思い出した。
「ギルもだよ~。ほら、アリスといい感じじゃない?」
「俺ですか? な、なんで――」
「おお、なんか面白そうな話をしてるじゃ~ん」
突如現れたアルバートは空いていたギルの隣にどかっと座る。
「おい、そこは――」
「いえ、私はこちらをお下げして、そのままエリー様のところへ行きますので。その前にアルバート様のお茶も用意いたしますね」
アランがアルバートを注意しようとしたところ、マーサが笑顔でそれを遮りそのまま席を離れた。
「あ、マーサさん、すみません。ありがとうございます。さすが気が利くっすね~。ああいう奥さんが欲しいな~。な、アラン? エリー様も決まったことだし、俺らもそろそろ考えねえとな~」
名前を呼ばれて一瞬ドキッとしたが直ぐに話が反れたのでアランはほっとした。同意を求められても困る。確かにマーサが奥さんになってくれたら……と想像を膨らませた。ふと我に返り、何を想像しているんだと今度は頭を片手で押える。
「そういうものなんですか?」
そんなアランには誰も気がつかず、その間に話は進む。
「おうよ、この忠誠心は子供に引き継がねーとな。そうやってこの国を安泰に導くっちゅーわけよ。んで、アリスちゃんとはどうなってんの?」
アルバートはギルの問いにそう答え、ニヤニヤしながら先ほど止まっていた話に戻した。
「うわー、その話に戻すんですか? はぁー……俺は好きですけどね。けど、向こうは何とも思っていなさそうですよ……」
ギルは苦笑いしつつも素直に答えた。