048話 不調
まだ太陽も昇らぬ暗い時刻、外では冷たい風が吹きすさぶ。この日もマーサはいつもと同じ時間に目を覚ました。どんなに眠くても身体が覚えており、直ぐに行動にすることができた。
しかし、今日は違った。
激しい倦怠感に熱っぽさも感じる。風邪を引いてしまったようだ。体調管理が不十分であった自分をふがいなく思い、マーサはため息を一つ吐く。休むわけにはいかないため、いつもより熱いシャワーを浴び、気合いを入れた。幾分かはすっきりとはしたが、倦怠感は治まらない。それでもマーサはエリー王女のための支度を始めた。
「マーサ……? 具合が悪いのですか?」
エリー王女はマーサを見るとベッドからぱっと体を起こし、身を乗り出して訊ねた。瞳を揺らすエリー王女に心配をかけないように、マーサはマスクの上にある目を細める。
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
マーサはいつもと変わらずテキパキと動いている。それでもほとんど風邪を引いたことがないマーサのことが心配で、エリー王女は落ち着かなかった。
「マーサ、私、自分のことは出来ますので医務室に行ってください」
「ありがとうございます。ですがそんなに心配していただくほど辛くはないのです。このマスクは念のためですから」
本当はかなり体の調子が良くなかった。できるなら今すぐにでも横になりたい。それでも笑顔を絶やさずエリー王女を安心させる。
「もぅ……頑固すぎます……」
エリー王女は小さく口を尖らせて呟くと、くるりと反転し壁にかかる紐を引いた。暫くするとアルバートが現れ、エリー王女は事情を説明する。
「あ~、無理しない方がいいっすよ。どれどれ?」
アルバートはマーサの額に手をかざし熱を測った。その様子をエリー王女は横からじっと見つめている。
「たしかにちょっと熱っぽいっすね~。ほれほれ、エリーちゃんにうつっちゃうから早く医務室行って今日は休んでください。後は俺がなんとかすっから」
「ですが――――」
「だめだめ、うつって迷惑するのはエリーちゃんなんすよ? 苦しませたいんすか?」
マーサを説得しようとアルバートは睨みを利かせる。アルバートの睨みは、ほとんどの人が縮こまってしまうほど恐ろしい。
「いえ……。そうですね……わかりました。エリー様、申し訳ございません」
「ううん。良いのです。マーサは早く良くなることを考えてください」
エリー王女に迷惑がかかると言われてしまっては何も言えなくなり、アルバートに押されるまま部屋を出た。ドアが閉まるとそのままドアに寄りかかり瞳を閉じる。エリー王女とアルバートの優しさに感謝しながら、落ち着くまでマーサは暫くその状態でいた。
大きく息を吐くと、ゆっくりと医務室へ足を進める。城の中はとても広く、医務室までの距離を思うと気が遠くなった。しかし、どこで誰が見ているか分からないため、マーサは背筋を伸ばし何事もないかのように歩く。すれ違う使用人たちに会釈をされれば笑顔で会釈を返す。誰も気が付かないくらい、マーサは自分を隠すのが上手かった。
あともう少し。
マーサは廊下を真っ直ぐ歩く。しかし、急に世界が歪み視界がぼやけだした。立ち止まり、片手で目を押さえる。
気持ちが悪い……。
「っ! マーサさん――――!!」
誰かが名前を呼んだような気がしたが、それを判断する前にマーサの意識は遠のいた――――。




