047話 任務
騎士団第二部隊の副隊長を務めるフィニアスは、滅多に自分の屋敷には帰ってはいなかった。今日もまた城内にある宿舎で寝起きする。副隊長ともなると忙しく、片道二時間の屋敷に帰るのは仕事上困難なため、宿舎にも自分専用の部屋があった。
心がずっしりと重い。
久しぶりに動きたくないと思う体をなんとかゆっくりと起こし、足を投げ出すものの、そこで止まり片手で頭を抱える。
――――私は今、とある方に恋をしております。
マーサの言葉を思い出し、何度も気が沈む。ひんやりとした空気と殺風景な室内に白い息が零れる。十月下旬。すっかり冷え込んではきていたが、今日はいつも以上に寒い。
立ち上がり、ベッド脇にある窓を眺めるが、曇ったガラス越しでは空は見えない。しかし、あまり天気が良くないことはわかる。
窓の外の色は自分の心を表しているかのようで、ついバンっと大きな音を立てて曇った窓を素手で一拭きする。外の景色よりも自分の顔が映し出され、すぐに視線をそらした。
そこにコンコンと音を立てて誰かが訪ねてくる。フィニアスは一度目を閉じてから扉を開けた。
「おはようございます! セロード様より直ぐに執務室に来るようにと伝言をお預かりしました!」
「わかった。ありがとう」
フィニアスは朗らかに笑みを作り、伝言を伝えてきた騎士に礼を伝えた。
呼び出されたフィニアスは、セロードの執務室に入るとそこにはもう一人いた。
「ジェルドさん」
「よぉ。わりぃな、今回はちと手伝ってもらいたくてな」
ニヤリと笑うと白い歯が光る。秘密情報部隊の隊長であるジェルドは、ソファーに座りながら片手を上げる。
手伝いと聞き、フィニアスはおおよその予想を立てながらジェルドの隣に座った。
「おはようございます。お待たせしました。それで、今回はどんな?」
セロードがテーブルに置いてあった書類をフィニアスに手渡す。受け取るとその書類に素早く目を通した。それには貴族の令嬢の名や各地区や各町、村の名称と共に女性の名前と年齢が並ぶ。見たところ、百人以上はいる。
「全員十代の女性ですね。身分や地域はバラバラ。これは何のリストですか?」
険しい表情のままフィニアスが顔を上げると、セロードもまた眉間に皺を寄せていた。
「行方不明のリストだ。アランがデール王国でバッファ家の令嬢を保護したことから、近年で行方不明者がどれだけいるのかをジェルドに調べてもらった」
ジェルドは頷き、身を乗り出してフィニアスの持っている書類を指差す。
「二枚目をみてくれ。数年前から一定の人数が上手い具合にいなくなっている。貴族のお嬢ちゃん方は、つい最近のようだがな。多少ズレはあるものの、これには計画性が感じ取れる。バッファ家のお嬢ちゃんがデールで発見されたってことで、これからデールでの潜入調査を行う。メンバーは三枚目を見てくれ」
そこには秘密情報部隊の各隊員のメンバーが記されている。人数は十五。少ないようにも思えた。
「少ねーだろ? ちょっとタイミングが悪くて人手不足なんだよ。そこで腕の立つ人間を二三人そっちから借りようと思って、セロードに頼んだ」
「俺とフィニアスが入る」
「セロードさんもですか? 珍しいですね」
セロードの言葉にフィニアスは驚いた。王の側近であるセロードがこんな影の仕事をするとは思わなかった。いや、実際にやっているのかもしれない。そもそもこういった任務はたまに入るが、その場合、今回のようにこっそり呼ばれて直ぐに任務に付くことが多い。急に人がいなくなった時は何かの任務に付いたのだろうという暗黙の了解が成り立っていた。上司でも任務の内容は知らない。
「今回は国が絡んでいる可能性がある。どこから情報が漏れるかわからないから、普段やらなそうな人間を選んだ」
「そうですか……そうですね、分かりました。では、いつから行きますか?」
城を離れる任務はフィニアスにとって好都合だった。暫くマーサと会わなくてすむ。それに娘を持つ父親として、この事件が本当に計画的に拉致しているのだとしたら許せなかった。
「直ぐにでも発つ。バッファ家のお譲ちゃんが発見されたことは敵にとっても痛手だろう。警戒を強めているにちげーねえ。もしかしたら尻尾を隠しに入ってるかもな。それでも掴んでやるけどよ」
にかっと笑うジェルドに、セロードとフィニアスは頷いた。




