046話 手紙
フィナの告白から三日後。朝靄がかかる冷えた朝、窓をコツコツつつく音でアランの目が覚める。眼鏡をかけ窓を開けると、アトラス王国のポルポルがすっと部屋の中に入ってきた。
止まる場所を見付けると、その場所に静かに下り立つ。椅子の背もたれに止まったポルポルは、足にくくりつけられた手紙を取って欲しいと言わんばかりに足をつきだした。
「お疲れ。少し休んでいけ」
アランが胸元を撫でてからその手紙を受け取ると、ポルポルは満足そうに目を細めた。
手紙を開き、内容を確認する。アルバートからだった。簡単な状況報告とマーサのこと……それはフィニアスとの仲について記されていた。それを読んだとき、アランの全身が粟立った。思わず天井を仰ぎ見る。
「アランさん、何かあったのですか?」
その様子を見ていたギルが神妙な面持ちで聞いてきた。何かあったかと言われればあった。しかし、個人的なことであったし、正直には言えない。心臓が嫌な音を立てる中、アランは平静を装う。
「いや、問題ない」
「……そう……ですか」
ギルは心配はしたものの、深く追求することはしなかった。しかし、この手紙を受け取ってからというもの、アランの様子はどこか落ち着きがなく、溜め息も増え、苛立ちを露にすることも増えた。それが二日も続いたため、ギルは意を決して就寝前にアランに尋ねてみることにした。
「アランさん。少しいいですか?」
快諾を得て、向かい合ってソファーに座る。アランは何時ものように厳しい表情をしていた。
「このところアランさんは何処かイライラしています。気もそぞろで、セイン様も心配していました。そんな状態でこの国にいるのは危険です。何かあるのであれば力になりますので、なんでも言ってください。こう見えても俺は元聖職者。秘密は守りますし、人の話を聞くのは得意なんですよ」
安心してほしいと言うように、ギルは優しく微笑みを浮かべる。
「……そうか。俺はそんな風だったのか……すまなかった」
「いえ、俺たちはアランさんを心配しているだけですから」
アランはこんなことで自分を制御出来ないと思っていなかった。むしろ、今の今まで出来ていると思っていた。眼鏡を押し上げ、片手で両目を押さえた。周りに迷惑をかけるのは不本意だ。
――一人で考えたってアランには答えは出せねえ。
アルバートに言われた言葉が脳裏を横切る。確かに未だに出せていない。アランは大きく息を吐き、ギルに相談することにした。
「……ギルは、セインのために政治的な結婚をすることはできるか? アリスを諦めてということになっても……」
「結婚ですか……? あぁ……」
アトラス王国を出る前、アランに特定の女性がいるとかいないとかの話をしていたことを思い出した。
「もしも、断れる状況なのであれば断っても良いのではないかと思います。出来ることなら愛のある結婚が理想ですから」
「理想はそうかもしれないが、国のことを第一に考えるのが俺たちの仕事だ」
「そうは思っていても踏ん切りがつかないほどその人を好きなんですよね? そうであれば、そちらを選ぶべきです」
ギルはなんの迷いもなく真っ直ぐと見つめる。既に例え話ではなく、アランがそういった状況に立っているという前提で話を進めた。
「アランさん。でしたら、その損失を自分で補えば良いのではないでしょうか?」
「自分で?」
アランはピクリと反応を示す。
「その結婚をしなかった場合、どういう手でそれを補うか考えてみてください。補えるのであれば何も悩む必要はないのではないでしょうか」
ギルの提案でアランは思考をめぐらす。セイン王子がアトラス王国に王太子として迎え入れられた時、政治がしやすくなるかもしれないだけだ。万が一、動きにくい状況が起きたとしても何とかするのが自分の仕事。補えるかどうかではなく、必ず補う。
こんな簡単なことだったのに、何を何日も考えていたのだろうか。
「……ありがとう、ギル。そうだな。結婚は断ることにする」
「そうですか。フィナ様には申し訳ないですが、愛されてこそ幸せになれます。彼女にもきっとこの先良い出会いがあるでしょう」
意志の固まったアランを見て、ギルは少しだけ悲しい表情を見せた。フィナの告白を見ていたギルは、彼女の気持ちを思うと複雑な思いがした。片やアランはすっきりした表情をしている。
「ギル。相談ついでなんだが、女性に出す手紙はどういうことを書けばいいんだ?」
「手紙ですか……。伝えたい気持ちを書けばいいと思いますよ」
「伝えたいこと……特にない場合はどうしたらいい?」
「え? ないんですか? えええ……。そうですね……では、愛を囁くような詩とかどうですか?」
「アホか。そんなこと書けるわけないだろ」
顔を真っ赤にしているアランを見て、ギルは親近感を覚えた。いつもはどこか一線を引かれているような気がしていたが、急に身近に感じたのだ。
「まあ、俺も恥ずかしくて書けないですけどね」
ギルが笑うと「だろ?」とアランも笑った。
「そうですね……。では、近況をお伝えして、どんなことを考えているかはどうでしょうか? そして尋ねたらいいんですよ、あなたはどうですか? それならやり取りも増えますし、お互いのことを知ることができますから」
「ああ、それなら書けそうだ。いつもやっているからな」
そうしてアランはマーサのために、報告書の作成に早速取り掛かったのだった……。




