004話 隠れた気持ち
アランはそこまで思い出した。なんという軽率な発言をしたんだと自分を咎める。さらにその後、無理やりしてしまったのか、同意の上だったのかが思い出せない。まさか自分がお酒に飲まれるとは……。
「アラン様……起きていらっしゃいますか?」
マーサの声にアランの心臓が跳ねる。どんな顔をして振り向けば良いのだろうか。なんて声をかければ良いのだろうか。
マーサが体を起こす気配を感じ、とりあえずアランも体を起こす。
「はい……。おはようございます」
振り返ると更にアランの心臓が跳ねた。マーサは胸を布団で隠してはいたものの、その中は恐らく裸。そして髪を横に流しているため艶やかな肩が見える。しかも当たり前だが、距離が近い。
「おはようございます」
マーサは普段通りに優しく微笑む。そんなマーサにアランは思わず見とれ、昨夜感じた感覚が蘇ってきた。アランは目を逸らすことも出来ないまま、その先の言葉が見つからない。
アランが黙っていたのでマーサから話をふった。
「……以前、エリー様に裸のままで寝てはダメだと注意したことがございましたが、確かに着替える余裕なんてございませんね。肌と肌が合わさったまま眠る方が充実感が増すといいますか、とても心地よく眠ることが出来ました。やはり経験せずに注意をするのはよくありませんでした。アラン様、教えてくださいましてありがとうございます」
「え? あ、いえ。お役に立てたようで……良かったです……」
そうだった。マーサにとって昨夜のことはエリー王女のために必要な経験であって、決して愛を育むためではなかったのだとアランは思い出した。
経験をするため……。
そう思った瞬間、何故か悲しいというか寂しいというか複雑な気持ちが広がった。
「アラン様。こちらでお風呂に入られますか? そろそろ準備をしませんとエリー様のご準備が間に合いませんので」
そんなアランの気持ちも知らず、マーサはいつもと変わらない態度で接してくる。
「いえ、自分の部屋に戻ります……」
アランはすっと視線を逸らし、複雑な気持ちを隠して素早くベッドから降りる。しかし、このまま自分の部屋に戻るべきなのだろうと思うが、もう少し一緒にいたいと感じてしまう。そんな気持ちを伝えられず、無言で落ちている服に着替え始めた。
マーサはそんなよそよそしいアランの背中を見つめ、恐らくアランは後悔をしているのだろうと感じた。それはそうだ。八歳も年上の三十二才の自分と付き合いたいと思うはずがないのだ。きっとあの時の言葉もお酒の勢いで言っただけに違いない……。
――――俺と付き合いますか?
肌を重ねた際に言われた言葉を思い出し、マーサもアラン同様に悲しい気持ちになっていた。
「……部屋、汚してすみません。あと、相談に乗っていただきましてありがとうございました……」
アランは落ちているマーサの服を渡し、無表情でそう告げる。やはりなかったことにしたいのだろう。アランは昨夜のことには触れてこない。
「いえ、解決されて良かったです。それとお酒、ご馳走さまでした。部屋は気にしないでください。大して汚れておりませんし」
マーサも複雑な気持ちを隠して微笑んだ。
「ありがとうございます。では、マーサさんも準備があると思いますので失礼いたします」
アランは一礼して部屋を出て行こうとした時、マーサが呼び止めた。
「アラン様。こちらこそありがとうございました。昨夜のことは……なかったことにしていただいて問題ありませんので……」
マーサはアランが気にしないようにとそう伝えたのだったが、アランもまた、マーサが無かったものにしたくてそう言ったのだろうと汲み取った。
「……分かりました。マーサさん、昨夜はすみませんでした」
アランはもう一度一礼して部屋を出て行く。そのアランが閉めた扉の音が、部屋の中で悲しく響いた。




